コロナ禍と「学校」

どうもどうも。
皆さんチョーお久しぶりですが如何お過ごしでしょうか。僕は中学生以来三十年ぶりの引きこもり生活が快適すぎてヤバイです(いや半分ウソです。焚き火やハイキングはしたいです)。

さてさて、どうしてこんなに更新が空いたのか。忙しかったのか? いやコロナでそんなはずない。じゃ、何してたの?
なんと空気も読まず一心不乱にヒルネットのHPを新しく作り変えてました
ゲームやってる中学生と変わらん。。。
まあ、もし興味があったら、こちら覗いてみてください。って無いかな?

いや、実際はそんなに暇なわけでもなかったんですけれどね。
この間、ヒルネットの活動はへこたれずにオンラインで頑張る(その様子はこんな感じ)。
個人レッスンもオンラインで継続。5月からはグループレッスンも始めました。
まあ、PCスキル人並みな僕が、そういう環境、状況に慣れたり慣れなかったりしているうちにあっという間に時間が過ぎたということもないわけではなかったかな、と(などと言いながら溜めてた映画を見まくる時間はあったという謎)。

しかも、実は、この間一本は記事を書いていたのですよ。
しかし、結構ふざけて書いてたら、たまたま下書き内容をもれ聞いた奥様から絶賛炎上案件になるからやめときという中止の勧告を受けましてね。。。
え? 何を書いたんだって? もちろんフツーの内容です。

また、さらに書こうと思って途中でやめてしまった記事も何本か。
オンラインの教育の問題点だとか9月新学期制の是非だとか。
そんなテーマの記事をいくつか書こうとしてました。
でも、途中でどうも気分が乗らなくなっちゃったんですよね。

なぜか。
一つは僕自身が、新小6と新小1の子どもを持つ親だから。当事者性が高すぎて、あまり客観的に意見を書けない。
いや、客観的な意見なんかこのブログでは一度も書いてきたことないやんけという真っ当な批判はともかく、これらの問題は「対象となる子どもの年齢」によって大きく考えが変わってしまうもんだと思ったんですよね。

中高生にオンライン授業は可能でも(可能じゃない子もたくさんいるけど)、低学年男子にはちょっと難しい。
いや、例えば小1男子の親である僕なんかが求めてるのは、正直そんなもんじゃなくて(つまり勉強なんかじゃなくて)、友達とたくさん遊ばせてあげたいとか進級進学したという心理的プロセスを経験させてあげたいとか、まさしく「体験」による学びの部分が大きいわけです。
その部分にオンラインはあまり役に立たない(まあ、ゼロじゃないですけどね)。

9月新学期制の議論はもっとややこしい。
正直、グローバル化がどうとか言ってる奴にはアホかという言葉以外ないんですが、これも今、公立小学校に通わせてる親の感覚と、中高生や大学生、未就学児を抱える親とでは、見える世界が全然違う。
僕個人のFacebookに流れてくる知人友人の母親たちの意見も、全然違うんですよ。
そういう色んな視点を考えているうちに、まあ書く気を失ったという感じでした。

でも、実は。
実は、2番目の理由の方が大きい。

その理由というのは、そもそもオンライン学習にせよ9月新学期制にせよ、その他諸々のコロナによる現今の問題を、既存の学校制度を前提として考えることが空しいということ
これが、1番の理由です。

ヒルネットの活動はもちろん、個人レッスンなどでも、種々様々な個性、異年齢の子どもたちに接していると、同じ年に生まれたからって成長の度合いも個性も違う子どもたちに同内容の授業を一斉に行うってことが、いかにナンセンスかってことがわかってきます。
半年や一年の学習の遅れなんてナンボもんじゃいって感じです。自分から学ぼうと思いさえすれば、そんなの「遅れ」のうちに入りません。
オンラインで学べる子は、学校なんかなくても、いやそもそも授業なんてなくても、自分でどんどん学びます。

そう。
実際、今回のコロナ禍で一番気づかされたことは、おそらく多くの人に自明だった「学校」という場所の役割が、本来どういうものであるかということだったんじゃないでしょうか。

学校は「勉強」をする場所。
今でもそう考えている人もいるかもしれない。学校がなくて「勉強の遅れが〜」と心配する人はそうでしょう。
でも、オンライン教育で十分なら、別にわざわざ学校行かなくてもよくない?
ましてZoom等により双方向で行うならまだしも、配信授業や課題提出型のオンライン授業なんてyoutubeと一緒やん。いっそ教師もAIでええやん。

ウソです。
それで十分なんて子どもはそんなに多くはありません。
多くの子どもは「退屈」な授業なんて黙って聞いてはいられません。それこそ昭和の昔から。
また、そのうちの何割かの子は「ツマラン」ことには耐えられないし集中できない。別の「オモロイ」ことを次々思いついちゃう「個性」を持ってる。
普段、教室でなら、「ツマラン」授業に耐えかねて外に出て行ってしまったり、友達と悪ふざけをしたり、あるいは脳内の自分の小部屋で「想像」に興じたりしてしまう。
そんな子たちに、配信型のオンライン授業が、「オモロイ」と思ってもらえるでしょうか? いや双方向型でも、40人とかの授業で「画面」の前に座ってられる?

さて、さて、じゃあそんな彼らにこそ学校は必要なのか?
ところが当の学校は、今ではそういう子どもたちの「居場所」としては機能しなくなっている。
最悪の場合、「追い出す」ようなことまでやっている。
この点については、当ブログでも詳細を書いてきた通りです。

実は学校は「勉強」を教えるところではない。
というのが言い過ぎにしても、とりわけ高学年においては、その機能を少なからず失っていることは、ずいぶん前から言われてきたことです。
そうでなければ、学習塾などの教育産業の隆盛はありえない。

じゃあ、ふつうの親は、あるいは子どもたちは、そもそも学校に何を期待していたか?
はからずも上で僕が息子に関することで書いている通りです。

それは学校という場所を通じて、友だちと遊んだり、その友だちとこすれあい、嫌なこと含めて種々の体験をすることです。
体験を通じて成長のための「学び」を得ることだと思います。

ところが。
今では、そうした「居場所」としての機能も、学校は失い始めている。少なくとも、そう感じる子どもが増えている。

これは、この30年間、子どもたちのありようにあわせて、そのシステムをアップデートしてこれなかったことのツケがまわってきているためだと言っていいでしょう。
四十人の詰め込み学級や規律重視の集団行動、そこからくる同調圧力を生みやすい共同体性。
オンライン教育の不備だとか色々言われますが、その根本には、こうした学校制度の古い古い体質があるように思われてなりません。

つまるところ。
このコロナ禍であらわになったのは、既存の学校制度の存在する意義が薄らいでいるという事態だと思います。
なにゆえに「つまらない」学校に通わねばならないのか?

そうは言っても、この休校期間が終われば、多くの子どもたちは、学校に戻るのでしょう。
もちろん、そこで楽しく少年時代を過ごす子どもたちもたくさんいるでしょう。

しかし、確実に、それに疑問をもつ子どもも増えていく。
おかしいと思う親たちも増えていく。
学校が自分にとって、自分の子どもたちにとって「楽しい居場所」でないのなら。
そこでの体験がそれぞれにとって素晴らしい学びにつながらないなら。かえってそれがネガティブな体験になってしまうのなら。

そうであれば、学校以外の「居場所」を見つけたっていい。

フリースクールやオルタナティブスクールなど、日本には学校以外の「居場所」が、たくさんあります。
このコロナ禍を一つの契機として、徐々に徐々に、そういうオルタナティブな「居場所」を主体的に選んでいく子どもやその親御さんが増えていくかもしれません。

ともあれ。
今般の情勢では、来週いっぱいで休校期間は終わり、再び学校が再開しそうです。
再開を喜び、楽しく学校に通い始める子どもも、もちろんたくさんいるでしょう。
ですが、その一方で、長い「休暇」の反動から、今まで以上に学校という「場所」を窮屈で不快なところと感じてしまう子も出てくるでしょう。
そして、そうした子どもたちは、無条件に学校に通うことを、今まで以上に疑問に感じるに違いありません。

もし、そんな兆候をお子さんが見せたなら。
どうか、学校とは違う居場所を見つけてあげてほしい。
「エネルギー切れ」の状態になる前に、彼彼女がのびのびと「学び」を体験できる場所を探してあげてほしい。
そう願わずにはおれません。

それでは、それでは。

 

疫病と流言蜚語:あるいは世間の「空気」と教育について

どうも、どうも。
皆さんどんな感じでお過ごしでしょうか。

珍しくもブログをまめに書いている。あ、さては例の「休校要請」によって暇になったんだな。
と思った貴方。
あにはからんや、僕はいつもと変わらず子どもたちと良くも悪くも忙しい「日常」を送っています。
つまるところ僕の運営する少人数フリースクール、ヒルネットもいつもと変わらず平常運転、「日常」の活動を粛々と続けております。

何ということだ、この国家の一大事にけしからん、とお怒りの方がもしいたら、こちらをお読みください。そうなった理由について書いてます。

で、ヒルネットのことは上で書いてしまったので、今日は共通するテーマを扱いつつも、もうちょっとだけ幅広いお話を。
いや、まあ、そんな大した話じゃないんですけどね。

 

つい先日、西荻窪の駅を降りると、目の前の薬局に長蛇の列ができておりました。
こりゃまたどうしたんだろうマスクの一斉入荷でもあったのかなと思い少しばかり観察を続けていると、どうやらそうではない。
皆、抱えているのはティッシュの箱にトイレットペーパー。
そう先日、話題になってた「ケツ拭き紙買い占め騒動」の一端に出くわしたわけだったんですね。

あれ? でも、ティッシュとかがなくなるとかって噂はデマだったんじゃなかったっけか?と思っておったら、その翌日か翌々日、奥さんから聞いたのは、スーパーに行ったら、米がなくなっていたという話。
さらにさらにその翌日には乾麺までなくなってるじゃあないか。

そこで僕は確信したわけです。
なるほど。新種の肺炎ウィルスが流行っていると聞いたけれど、これはどうやらそうではない。そうじゃなくてこれはマジやばいやつであれだ、感染ったらみんな気色悪いゾンビに変異して人の脳味噌とか食べたくなっちゃうやつなんだそうだそうに違いない、だからみんな家にこもってゾンビと戦うべく買いだめしてるんだな!

もちろん冗談です。
不謹慎? そうです、残念ながら僕は人が深刻そうに真面目な顔してると何だか笑いがこみ上げてきて仕方なくなり葬式中吹き出しそうになってしまったりする大変不謹慎な人間なんですね、どうも生まれてきてすみません。

 

まあそんな僕の歪んだ性格は別として、このパニックは何でしょう。

思い出したのは、およそ10年前の出来事でした。
デマの驚くべき拡散や、あるいはデマをデマと知りながらも自己防衛に走らざるをえない人々のありよう。そしてもちろんその原因となっている政府による情報の出し方の「細切れ感」。

そう、僕が思い出したのは、3.11のときのことです。

といっても、これは被災地である福島や、そこから遠く離れた名古屋や西日本の人々には当てはまらない。厳密にいって、311の折の東京周辺の人間、世論の反応です。

あの時、東京では、人々が「放射能汚染」を恐れ、外出を控え、子どもたちの姿は公園から消え失せ、インスタント食品は買い占められ、ガイガーカウンターが飛ぶように売れました。
「絆」とかいう軽薄な言葉を合言葉にやっぱり自粛自粛自粛と騒ぎ立てたのもあの時でした。

 

当時、僕は清水幾太郎という戦中戦後の社会学者の『流言蜚語』という本を、とある理由で読んでいました。
311の折の「流言」の拡散に嫌気がさしていたせいだったか、全く別の理由だったかは思い出せません。

清水はこの本の中で、「流言蜚語」が飛び交い、しかもそれが一定以上の力をもつ状況として、一般の人々が限定的にしか情報の与えられぬ事態に遭遇した場合を挙げています。
その上で、その限定的情報の中で、さらに一見すると辻褄の合わぬいくつかの情報が示されることにより、人々が情報と情報の間の「溝」ないし「矛盾」を、それぞれの「利害」に即応した想像によって埋めてしまう結果、「流言」が力をもつようになると述べています。

政府の出す情報への信頼が揺らぎ、一方のマスコミ報道も不安を煽るばかりで正確性に欠けるように見える。そして代わりに、人々はツイッター等のSNSで、断片的、かつ相互に「矛盾」するような情報を発信する。
それを受け取り読んだ人々は、それぞれが自分の「信じたい」ように「情報」を繋ぎ合わせ、また新たな「流言」としてそれを発信する。

311の折、清水の分析がまるで当時の状況について書いたもののように感じたことを覚えています。
そして、その感触は、今、奇妙な既視感とともに蘇ってきています。

 

しかし、重要なことは、清水幾太郎の分析内容自体ではない。
むしろ彼がそれを書いた時期こそが重要です。清水が「流言蜚語」に関する文章を最初に書いたのは、2.26事件の直後でありました。

2.26事件。
それは1936年に陸軍の皇道派と呼ばれた青年将校たちの起こしたクーデター未遂事件です。
この事件の翌年に日本は日中戦争を開戦、やがて太平洋戦争へといたる戦争の時代へと突入していきます。

クーデター未遂事件と、おそらくはその後に飛び交った「流言蜚語」。それを一つの契機として、一層、大衆の世論が、陰鬱かつ攻撃的なものへと深刻化していった時代。
つまるところ、清水の著作はそうした時代を撃つものでした。

では、そんな時代に書かれた本を読んで共感してしまう311後の東京とは、どんな場所だったのでしょう?
そして再び、その書を読み返すことになった今日の事態は?

 

念のために言っておくと、僕は人が未知のものに対して不安を感じること、それ自体を責めたいわけではありません。
当たり前ですが、置かれた状況いかんによっては、その「不安」は実体のあるものでもあるだろうからです。
今回のウィルスの件で言うなら、例えばもし自分が種々の基礎疾患をもつ家族を抱えていたならば。不安にならない人間などいるはずがないでしょう。

そして、また一定の条件下で「流言」が飛び交う事態も仕方がないことなのかもしれない。
実際、上記の清水の著作は、それが必然的に生じる状況について分析した本でした。

 

ですが、だからと言って、いやだからこそ、その結果、特定の誰かがどこかで音楽のライブを決行したからといって、それを過剰に責め立てるような「蜚語」を許してはならないと思います。
「身勝手な芸術家たち」が舞台に立ち続けられるよう願った演劇人を叩くことで「正義」の側に立ったかのような陶酔に浸るべきではないのです。

「蜚語」によりパニックを煽られた結果、「世間」なるものが同調圧力を強め、例えば過剰に「自粛」を求めるような「空気」を作り出してしまうこと。
その「空気」に反する行為をとるものを「非国民」「売国奴」などと罵る輩が出てきてしまうこと。
そのような動きに対しては、少なくとも僕自身は、やっぱり断固として抗う必要があると思っています。

なぜなら、そのような「空気」こそが、おそらくは1930年代の清水幾太郎が感じていた「空気」だからです。
その「空気」が、日本をかつてとんでもなく無謀な道へと走らせたからです。その「失策」は為政者が無能だったからだけでは決してない。

 

どうも最初に書こうと思っていたことから脱線して、妙に政治社会的な記事になってしまいました。
最初に書いたように、僕は葬式中に吹き出しそうなるような「不謹慎」極まる人間です。
「前ならえ」と言われたら、後ろを向く方が正しいんじゃないかなと思ってしまう捻くれ者です。
そんなだから学校のような集団行動にもついていけなかったのかもしれません。

でも、ひょっとすると。
本当にひょっとすると。
僕が、何の因果か、子どもたちの「教育」に少しく携わることになった理由。
それは「世間」の「空気」に抗うような、そんな「不謹慎」な人間を一人でも多く育てたかったからなのかもしれません。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

中高生と不登校

どうもどうも。
気がつけばすっかり春の陽気に花粉も飛んですっかり冬も終わりという雰囲気になってまいりましたが、皆さん如何おすごしでしょうか。

さてさて、全くもって月一回ペースとなりつつある、このブログ。
これじゃいかんと思いながらも、一週間の疲れが休みに残る今日この頃。怠け癖がついてしまっております。
そうはいっても3月末には、なんとかかんとかやってきたヒルネットの活動も一年。その感想記事なんかも書かんといかんよなあと思い、その前に溜まっている書くべきことを消化せねばなどととも思って、今日月曜(休み)も夕方になって思い腰を上げてパソコンの前に座ってみたわけです。
ちなみにさっきまでは読書のWSで読む短編小説と絵本を図書館に物色に行ってました。やっぱ忙しすぎるYO!!

 

ということで、最近受ける相談。
相変わらずシリアスなものから、そこまででもないものまで種々の教育相談を、特にヒルネットを始めてから受けておるわけですが、今日特に書きたいのは、中学生について。

不登校の現実は種々様々、以前書いたように、一見、「原因」らしきものが見当たらないものから、低学年のケースに顕著なように、むしろ学校やクラス・担任先生のキャパ不足から、実質的に不登校に「追いやられている」ように見えるケースまで、まあほんとにいろいろとあるわけなんですが、総体的に言えば、年齢が上がれば上がるほど自意識との葛藤は深まる傾向にあるわけです。
(逆に低学年のお子さんの場合は、本人にその意識がなくとも、直接的間接的「原因」が、心理的なトラウマを作っているケースがあります)

どういうことかというと、「学校にいけない自分」「いかない自分」を恥ずかしく思い、親や周りの人間が何も言わずとも「ふつうじゃない」「落伍者」といった自罰的な枠組みで責めるようになってしまうのです。

繰り返せば、問題は、親や周囲の大人が、少なくとも意識した言動としては、そうした態度を取ったり言葉を口にしたりせずとも、自分自身でそう思ってしまう。
十数年の間に染み込んでしまった「ふつう」という名の「枠組み」がそう思わせてしまうのです。

そして、無理して通学し続けるうちに、「エネルギー不足」の状態へと陥ってしまう。。。

 

「そんなにしんどいなら学校なんかいかなくてもいい」
「いじめられるような場所になぜ無理して通うのか?」
「人生には多様な生き方があっていいんだ」

僕たち大人は、こういうことを簡単に言います。
もちろん、僕も言います。
そして、少なくとも社会的にはそうしたメッセージを発し続ける必要があります。
それこそ、クソみたいな「ふつう」という「枠組み」を壊すためには。

しかし、それを直接聞かされる中学生の感想は、

「うるせーよ」
というものかもしれません。

 

当たり前ですが、口で「学校にいかずともいい」と言いながら、どこかに「ふつう」の幸福を親が望んでいるとしたならば、それを子どもは鋭く見抜きます。
「きれいごと」は通用しないのです。

しかし、心底、「学校なんていかなくてもいい」と思っていたとしても、そういう大人の言葉を子どもは素直に受け取ってくれないかもしれません。
例えば、十代の子どもたちの多くは、過剰に心配されたくありません。特に両親には。
大人と子どもの境目である彼・彼女らの自意識にとって、親の「保護」は、自分を「弱いもの」と見なす視線と同義に思えるものです。
したがって、「心配されている」という状態自体が、すでに彼・彼女らの自尊心を大きく傷つけてしまうのです。

 

では、どうすればいいのか。

もちろん、いつものことですが、一概に通用する答えはありません。ケースバイケース。
しかし、それでも、一つのざっくりとした答えは、すでに上に書いています。

そう、心配しないこと、です。

心配されるのが嫌なら、心配しなければいい。
「多様な生き方」を認めているのなら、学校に行こうが行くまいが、どっちだっていい。勝手にさせる。
無理に「学校にいかなくても道はある」なんて言わなくてもいいんです。
「学校以外の道」は彼・彼女が自分で見つけます。
まして「学校にはいかなくてもいい(けれど、◯◯にはなってほしい/◯◯になってほしくない)」なんて思ってはいけない。
どこにどんなふうに転んでいっても、それが彼・彼女の人生なのです。

 

学校に行かず昼まで寝てる息子や娘をみても、「ああ、今日は学校いかないのね」ぐらいに思っておく。
逆に学校に行ったら行ったで、何も言わない。
何だか日々をぼんやり過ごしているようでも、そういう時期もあるさぐらいで済ませておく。
逆に何かを始めたいと思っているようなら、そのとき初めて手助けする(できることなら)。
つまり、少なくとも、それらの日々を「特別」なことではなく、緩やかな「日常」の「出来事」として受け止めていく。

いやいや、そんな最初から「悟り」の境地に達せられたら苦労はせんわい、と思われるかもしれません。
実際、僕だって自分の子のことでは、いつも既に「煩悩」のなかにおります。。。
けれども、少なくとも「理念」としては、頭のなかに持ってはいたい。

そして、そんなふうに覚悟を決めてはじめて、「人生いろんな生き方があるよな!」という言葉に、「心配」ではなく、「信頼」のメッセージがこもるんだろうと僕自身は思います。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

ぼーっとする時間を大切に

どうもどうも。
皆さん、明けましておめでとうございます。ってもう全然正月気分も遠くなってるわけですが、そんな遅ればせながら的なことを書くのも、このブログの毎年恒例ということで。

さてさて、というわけで本年初めのブログ記事。本来なら今年の抱負とか何かを書くべきかもしれないんですが、残念ながらというか別に残念でもなんでもないんですが、特にそうしたものはパッとは浮かばない。
というか、そんなこと考えて一年の初めを迎えたことなんて、これまで一度もなかったんですが、ふつうはやっぱり多少なりともそんなことを考えながら年を越したり迎えたりするもんなんですかね? いや、でもほんとにほんと?

でも、まあ他の人のブログとかネットの記事とか見てると、そんな内容のものがちらほら目に入ってきて、そうか、じゃあせっかくなので俺だってなんか抱負的なものを述べたいなあなんてことを思って思って考えながら、結局、今日に至る。
昨年の反省を生かしつつ、抱負とまではいかずとも今年一年少し大切にしたいなあというようなものはないもんだろうか。
で、昨日あたり、思いついたのが、これ。今年の抱負。というか、まあ少し大切にしたいこと。

それは、ほんの少し「ぼーっとする時間」を今年はつくる。
ゆっくりする。休む時間をつくる。

 

いやいや世間一般の皆さん、とりわけ比較的ブラックな環境で働いている方々なんかと比べれば、僕なんか全然働いてないですし、むしろもっと働けよ的なプレッシャーを日々我が家の勘定奉行兼総理大臣でもある奥さんからかけられておるわけなんですが、それでも主観的には昨年ずうっと忙しかった。
というわけで、今年は少し怠けたい。
っという本音は別にして、僕が言いたいのは物理的に休日を増やすとか仕事をセーブするとか、そういうことではないんですね(ただ繰り返せば、本音では怠けたい)。

実際、ヒルネットの活動を今年はますます頑張ろうとか、そのためにまた各所に見学研究に出かけようとか、読書WS等の土曜グループレッスンも盛り上げていこうとか、仕事への意欲は変わらず旺盛でありたい(が、しつこく言えば、もう少し怠けたい)。

 

ただ、一方で、頭の中に、どこか無駄なスペースというか、何も働いていない部分というか、意識的にボーッとするゆとりを持っていきたい。
次から次に何かに追われまくるのではなく、というか追われまくる部分もあっていいんですけれど、そういう中でも、一部はしっかりと休んでいる、頭の、あるいは心のゆとりみたいな部分を持っていないとダメなんじゃないかなあと思うわけなんですな。

ぼーっとする時間。

これ、実はけっこう大切な時間だと思うんですよね。
いつだったか昨年、ネットの記事で、おおたとしまささんという教育ジャーナリストの方が、子どもにたくさん習い事をさせるのもいいけれど、実は子どもの才能や能力、その創造性を花開かせるためには、子どもにぼーっとしている時間、休憩している時間を持たせてあげることが大切だ、というような記事を書いておられました(この方は松永先生の知人でもあるので、時折ご著書など拝見させていただいているんですな)。

これは実際、大人も子どもも等しく当てはまることなんじゃないかなと思います。
何もすることがない時間。
いや、実際には「何か」やらなくてはいけないとしても、日常の中でふと、目の前の現実から離れて、どうでもいいようなことに「アタマ」を向ける時間。

電車の中でスマホなんか見ずにぼーっと車外の風景を眺める時間。
お風呂で湯につかりながら、そこはかとなく取り留めのないことを考える時間。
仕事帰りの夜道に何となく星もない空を見上げる時間。

こういう時間を大切にしたい。
なぜなら、実はこういう時間にこそ、様々なアイデアや、物事への好奇心や、何かを作ろうという想像力が生まれてくるからです。本当に。

自由な発想や好奇心、そして創造力が、目の前の現実に追われまくっていて生まれるわけがない。
目の前の現実に対処するのにいっぱいいっぱいの脳ミソに、そんなことを「思いつく」ゆとりはない。
だから、たとえどんなに忙しくても、想像力や好奇心を大切にしたいならば、あるときそうした「現実」を括弧にくくって、全然違うところに脳ミソを持っていく必要があるんだと思います。

そういう意味での、「ぼーっとする時間」を、忙しい中でも大切にしていきたいと思うわけです。

 

そして、繰り返すなら、これは子どもたちを取り巻く環境についても言えることだと思います。
しかも、子どもたちに関して言えば、この「ぼーっとする時間」はもっと長くてもいい。
日常のふとした時間なんてものじゃなく、一年とか、二年とか、そんな長いスパンでの「ぼーっとする時間」があってもいい。

たとえば一年間、勉強に、あるいは習い事やスポーツに一生懸命だった年があったなら、そのぶん別の一年は、「ぼーっとする」一年であったっていいじゃないか。僕は最近、そう思います。

その一年は、はたから見れば「何もやってない」一年に見えるかもしれません。
しかし、子どもたちにとって、その時間は、自分の人生を生き抜いていくためのエネルギーを貯める大切な期間なのかもしれない。
新しいチャレンジに必要な養分を吸収し、新しい想像力をはばたかせるのに必要な一年なのかもしれない。

もちろん一年でなくともいい。人によっては、その「休憩」が3年、4年と必要なのかもしれない。
学校で、塾で、勉強で、あるいは人間関係で疲れた少年少女のアタマや心に、新たに感受し想像する力が宿るためには、人によってはそれぐらいの時間が必要かもしれません。
実際、恥ずかしながら僕なんて、十代のほとんどを「ボーッとして」過ごしておりましたから。

 

ともかくも。
今年一年は、こうした「ぼーっとする時間」、現実とは違う何かに目を向ける時間の重要性を考えていきたいですね。いや本当に。

それでは、それでは。

 

 

 

「集団行動」って何?

どうもどうも。
いよいよ寒さも厳しくなり年の瀬も押しせまりつつある今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は疲労がチョーやばいです。めっちゃ寝ちゃいます。

いよいよ最近、このブログも月一連載みたいになってきましたが、決してサボっているわけではない。いや、サボっているのですが、ヒルネットの活動記録を書きながらブログも書いてチョー大量に押し寄せるメールの大群と格闘もしていると、なかなか更新の時間を取れないのでありますよ。

と、更新が少ない言い訳から始まるのもお約束になりつつある今日この頃。今回はちょっとおふざけ気味に行きたいと思います。
そんな今回のお題は、「集団行動」。

どうでしょうか、皆さん。集団行動、好きっすか?

ちなみに僕は嫌いです。大嫌いです。
思わず太文字になってしまうくらい嫌いなんですよ。

この四十数年間を、いかに集団行動を取らずに生き抜くことができるかを最大のテーマとして生きてきたと言っても過言でないくらい嫌いです(大袈裟ではない)。
バリバリの就職氷河期世代でロストなジェネレーションですが、最初から「就職なにそれオイシイの?」的学生だった僕には最初からロストするものなど何も存在しなかった。ある意味で無敵の人です。

ところが、そんな「集団行動」をめっちゃ金科玉条のごとく言ってきやがる場所がある。
それが、日本、の、「学校」。

今から数年前、僕の娘が何かやらかした案件で小学校に妻とともに参上した折のこと。
その際、担任の先生の口から繰り返し出た言葉が、これ。
「〜集団行動を考えると。。」「〜集団行動を守らせる上で。。」等々。

ギャーッヤメローヤメテケレーッ!
その言葉は俺を100年石化させた上で美女に接吻されても今度は醜男に生まれ変わらせてしまうような強力な呪いの言葉なんだ!!(意味不明)

いや、誤解なく言っておくと、その担任の先生はめっちゃいい先生で、その後も娘が十二分にお世話になった理解ある先生でした。
ただ、そんな先生からも、特に違和感を感じておられぬ様子で飛び出してくる、その言葉。

そんなに「集団行動」って、大事なんでしょうか?

まあ、この日本で普通に会社員になったり公務員になったり、もっと言えば普通に「社会人」になる上では、ある程度、必要でしょう。いや、必要だったのでしょう(僕はよう知らんけど)。

ですが、大昔から、そんな社会人的集団行動だって苦手だった人はいる。
いや、むしろそうした「集団」に馴染めなかったからこそ成功を収めた人だってたくさんいるわけです。

さらに言えば、現在の日本社会はもうすでに「集団」に合わせることがそれほど重要な社会ではなくなってきている。
少なくとも「横並び」に「みんなと同じ行動」をとっていれば安穏と人生を渡っていけるような社会ではなくなってきていることは衆目の一致するところなわけでしょう。
いや、よう知らんけど。

ところが、あかん感じの学校でだけは、相変わらず古臭い「集団行動」を是としておるわけです(「あかん感じ」じゃない学校もだんだん出来てきてますけどね)。

そもそも「集団行動」とは何じゃろか?

皆と同じように行動することが集団行動なのか?
皆と同じ時間にホウキ持ってホース持って「掃除の時間」を演じるのが集団行動?
皆と同じ時間に体育着に着替えて皆と同じ時間に指定の場所にいけるのが集団行動?
皆と同じスピードで給食を食べ終わるのが集団行動?
皆と同じように「空気を読んで」45分間「良い子」でいるのが集団行動?

ウソだろそんなの後100回生き返ったってやっぱり出来っっこないって感じだぜっ!!

。。。という僕の社会人失格的言動は別にしても、それってやっぱり本当の意味での「集団行動」ではない気がします。

本当に必要なこととは、自分とは大きく異なる他者とでも、会話し協力しお互いを気遣い一人の力では出来なかった何事かを成し遂げられるような力を養うことではないでしょうか?
つまり他者と「コミュニケート」し「コラボレート」する力の涵養。

「他者」とはただの「他人」とは違う、自分とは考えも知的文化的背景も全く異なる存在のこと。
日常的に言うなら、「空気の読み合い」なんてものが通じないような人のこと。

しかし、現実の「社会」では、そうした他者との間とでも協力関係を結べないことこそ問題であるはずです。
そして、そんな他者と関係する力を養うのが「集団」を模倣する力であるはずがない。「掃除の時間」のわけがない。

そうではなく、全く年齢や生育環境の異なる子ども同士が、一つの遊びや課題を一緒に行うことができるか? 必要な気遣いができるか? まったく共通の話題がない中でも会話し協力できるか?
折々にそうした「協力行動」の機会を設けることこそが、「みんなと同じ」ことよりもよほど大切なんじゃないかと思います。

そんでもって、そういう「コミュニケーション」「コラボレーション」をすることなら、「集団行動」が苦手な子どもにだってできないわけじゃない。
むしろ異個性・異年齢の子どもたちが「協力」して事にあたる姿を、ヒルネットやV-net焚き火会などで、たくさん見てきました。

そしてまた、そういうことなら少なくとも、「集団行動」には呪われてる子どもの頃の僕にだって出来たんじゃないの?とかって思わないでもないわけです。いや、どうかな。。

それでは、それでは。

 

 

 

当たり前だが「義務教育」は子どもの「義務」ではないんだぜ。

どうもどうも。
完全に夜になるともう寒くってコートとか必要だなあなんて思うことも多くなった今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は忙しくて死にそうです。

そう、マジで忙しすぎです。
ヒルネット朝からやって夜は夜でヨルネット(V-net)の個人レッスンで遅くまでレッスン。
なんとか週休二日は確保してるもののそのうちに1日はたまったメールを処理したりヒルネットの活動記録書いたりしてるうちに1日が終わる。
誰がこんな忙しくしたんだ!
自分です。
そう、全部自分が決めたこと。
なので、ブログぐらいサボろうってなことで暫く間が空いちゃった訳ですね。

ということで、以上、ブログ全然更新してへんけど死んでたんちゃうんか説に対する言い訳でした。
でもほんとマジでしんどいYO!

 

さて、うって変わって今回のお題。
シリアスなテーマ。
改行挟んで、突然、深刻な話題に行きます。

 

さてさて、これはつい最近、妻から聞いた話。
妻の息子幼稚園保護者友人から聞いた話。

ある朝、妻の友人が子どもを学校に送り出し、玄関前でなんやかんや用事をしていた所。
学校への登校時間がすぎた頃なのに、ランドセルを背負った小学生の女の子が、母親に連れられてマンションの廊下をとぼとぼと歩いていたそうです。

とぼとぼ、というのは印象論ではない。
実際、その足取りは遅く、顔は終始、俯き加減。
お母さんにせっつかれるように歩いていたということです。

やがて、エレベーターに消える親子。
数分後、母親だけが再びエレベーターから姿を表します。
おそらくマンションのエントランスまで娘を見送りに行ったものと思われます。

が。そのまた数分後。
なんと女の子の方がランドセルを背負ったまま、再びエレベーターから出てきてしまいました。
そのまま自宅の方まで戻って行ってしまいます。

ああ、もう余程、学校には行きたくないんだろう。
妻友人は思ったそうです。
そこまで行きたくないなら、1日くらいは休ませてあげたらいい。

ところが。
再び数分後。
先の少女が今度は母親に強く手を引かれながら、引きずられるようにして、歩いてくる姿が見えたそうです。
少女はずっと俯いたまま。
母親は決死の表情で娘を引きずってエレベーターへと姿を消しました。
その後、戻って来る様子はなかったそうです。学校までそのまま娘を引きずっていったのだろうか。。

どうでしょうか。この話。
話を聞いた際、僕は未だにそんな現実が、しかも東京であることに、正直、びっくりしました。
「不登校」については、そうは言っても、比較的「啓蒙」が進んでいるとばかり思っていたもので。

もちろん、これは知人からの又聞きです。
また、その親子に本当はどんな「現実」があったのかも、皆目わかりません。
あるいは、僕はびっくりしましたが、そうではない受け取り方もあるでしょう。

ただ、いずれにせよ、東京で、大阪で、あるいは多くの地方の町々で、きっと似たような出来事が毎朝起こっているのでしょう。
それは僕個人の経験と併せて言えば、30年前から今日まで変わらぬ光景なのかもしれません。

さて、それとは別のエピソードです。
これはいくつかの話を混ぜ合わせた話です。

その少年は確かに少し変わった少年です。
教室に45分間、なかなかじっとしていられない。
頭は悪くない。いや、むしろ賢い方だ。
だからこそ、自分が知っていることを教師が長々解説しているのに耐えられない。

それよりグランドで走り回ってる方が楽しいじゃないか。
草花に止まる昆虫を観察してる方がためになるじゃないか。
図書館で本を読んでる方がずっとマシな時間になる。

そう思ったら、もう彼は止まりません。
教室を勝手に出て行ってしまいます。

当然、教師は問題視する。
集団行動に反することだと言い、彼を叱責する。

いや、そこまでは良いんです。
いや、良いかどうかはともかく、「昭和の昔」からよくあることではありました。

ところが、彼の場合はそれで終わりませんでした。
まず、親が呼び出される。
呼び出された上、こう告げられる。

お子さんはウィスクのテストは受けられましたか?
発達に障がいがあると告げられませんでしたか?
お薬は飲ませていますか?
すみませんが、お母さん、毎日お子さんの様子を見にきてくれますか?
それができないなら、今度の催しに、ご子息を参加させるのはご遠慮願えませんか?

上に書いたように、これは個人のエピソードではありません。
いくつもの、僕が直接相談を受けた方の話を混ぜ合わせています。

ですが、逆に言えば、同じようなケースが、まさに「いくつも」存在しているということです。

どうでしょうか。
こちらの話も、そんなことには縁遠い保護者の皆さんはびっくりするかもしれません。
実際、全ての小学校がこんな状態ではない。
しっかりとした教育理念をもつ校長先生がいらっしゃる学校では、こんなことは起こりません。
ただ、こうしたエピソードもまた、現在に日本の教育現場では、今日も明日も「いくつも」起こっている出来事なのです。

 

さて、ところで今回、この二つの対照的な話を紹介したのには、わけがあります。
一つ目の話は、「学校に行きたくないのに無理に行かせられる子ども」のお話。
そして、もう一つは「学校の側が子どもを排除しようとしている」お話です。

一見、対照的な二つの話。
ですが、双方に実は共通点があります。
それは、子どもの心を大人がなんの躊躇もなく土足で踏みにじっているという点です。

そう、実は僕は猛烈に怒っています

さっきは嘘を書きました。
どんな事情や現実があろうがそんなこと知るか。
どうしても学校に行けない子どもを引きずって学校に連れて行くのは「親」の「仕事」ではない。しつけでもない。暴力だ。
ただ、その子どもの心に暴力的な「傷」を追わせるだけの行為だ。

教室にじっとしていられない子どもを簡単に「障がい」扱いするな。
「ちょっと変わってる」からって、それを排除するな。見放すな。
そしてあからさまに「見放してる」と親に告げるな。そのことで涙を流す母親の気持ちがどんなものか想像できるか。
たった一人の、愛する我が子を「邪魔者」扱いされたときの親の気持ちがあんたらにわかるか。

 

「義務教育」という言葉があります。
これは教育基本法第四条の「国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う」との条項をもととします。
さらに、この教育基本法第四条は、憲法第二十六条「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」という内容に基づいています。

ここからもわかる通り、たまに勘違いしてる人がいますが、「義務教育」とは「子どもの権利」を保証したものです。
子どもには適切な教育を受ける権利がある。
そして、保護者にはその権利を保護する「義務」がある、というわけです。

こうした規定ができた理由は、近代以前の「子ども」というのが安い「労働力」であったためです。
特に貧困層の子どもに教育を受けさせず、労働を強いる大人、環境が存在したためにできたのが「義務教育」の理念だったのです。

だから、当たり前ですが、子どもを無理に学校に行かせるのが親の「義務」なのではありません。
そうではなく、子どもがちゃんと「能力に応じて、教育を受けられる」環境を整えてあげることこそが親の「義務」なのです。
それには学校以外の場所だってたくさんあります。

ましてや、子どもを「見放す」のは、「義務教育」を司る機関としては、決してやってはいけないことです。
いや、それは本来、子どもたちと関わるあらゆる「大人」の「構え」としてあってはならないことのはずなのです。

にもかかわらず、どうしてこんな事態が三十年経って今なお続いているのか?
どうしてこんな「排除」がまかり通るようになってしまったのか?
まして、後者は近年になって明瞭に現れてきた事態と言えるでしょう。
それが「原因」となって不登校に「させられた」子どもたちすら存在する。

頭が痛い、悩ましい、などと呟いているだけでは変わらない「現実」がここにあります。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

ヒルネット活動報告・すぎなみ舞祭

どうもどうも。
台風が去りすっかり涼しくというか肌寒くなりつつある東京ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。僕は喉がずっと痛いです。

さてさて、本日はいつもとはちょっと趣向を変えて、僕が代表運営しているヒルネットの活動報告を記事にしときたいと思います(なおヒルネットの正式名称は「自由な学び場 HIRUnet」といいます。ローマ字にしてるのは、そのほうが単にかっこいい気がしてるからです。。)。

前回の記事でも少し触れていたんですが、実は昨日の10月20日、ヒルネットでは活動の一環として、参加する子どもたちと一緒に「すぎなみ舞祭」というお祭りに屋台を出店してきました!

まさにこれこそ「Work(仕事・取り組み) & Experience(体験)」!
などと言うとカッコいいですけど、まあ正直、7月くらいに子どもたちと、

「なんかお祭りとかみんなでやったらオモロいんちゃう?」
「は? またティーチャー、思いつきで言うとるやろ?」
「思いつき? アホか。人生はみんな思いつきから始まるんや」
「そんなアホな」
「人生は旅であり冒険なんやで。ふと思いついていつもと違う道を曲がってみるところに新しい出会いがあるんや!」
「カッコええこと言うて誤魔化さんとき」
「でも、オモロそうやん? 準備とか。みんなでやろうやあ」

と、なんとなくノリで決めちゃったわけなんですね。
出店することとか。
7月の段階では、だいぶ先の話って気分でしたし。

しかーし、実際はけっこう大変でした(当たり前)。
だいたい9月の末には、別の「Work」として、皆で「坊ちゃん文学賞」という賞に応募するために小説も書かなきゃならんかった。
実質、準備は10月に入ってから。

そこから皆で企画を考えたりアクセサリーを作ったりバスボム(入浴剤)作ってみたり。。。
かなり最終盤までバタバタしてましたね。
なんせ初めての「体験」です。僕にとっても。
前々日ぐらいからけっこう緊張してました。

そして当日。
朝の8時ごろから開店の準備を開始。
子どもたちは8時半ごろ別に集合して、会場の「下高井戸おおぞら公園に集合」。
別にアクセサリーを作ってきて参加してくれた女子高生Mちゃん。
当日バイトの男子高生I君も参加してくれて、なんとか9時の祭り開場に間に合いました。

僕たちの店は子どもたちが各自で作った「手作りアクセサリー」が一つ目のメイン商品。
これのためにわざわざ日暮里までフィールドワークにも行きました。

そして、もう一つのメインがキャロム。
これは、まあ物珍しさに寄ってきてくれるといいなあと思ったのもあります。

同時に、僕たちヒルネットの活動はもちろんですが、このキャロムというゲームの面白さをみんなにもう少し知ってもらいたいなあという動機もありました。

 

しかし、張り切って始めたものの、果たして売れるのか?
子どもたちは別として、僕にはそんな不安もちょっとありました。
いや、別に売れなくともいいんですが、なんか自分たちの店だけ盛り上がらない感じになるのは嫌だなあと。
予想に反して(?)子どもたちはみんな楽しみにしていたみたいなんで。

で、結果はどうだったかというと。。

全然、心配することなかったですYO!

もちろん商品がバンバン売れるなんてことはなかったですけど、ちゃんとお客さんがたくさん寄ってきてくれました。
こうなると、子どもたちも「商魂たくましく」盛り上がっていきます!

件の女子高生Mちゃんが高級百貨店売り子のように丁寧かつ断りきれない感ハンパない販促を行っているかと思うと、我らが少年エリート営業マン、サクチャンマンも負けていません。
「お、そこのお姉さん、この髪留め気に入っちゃった? さすがお目が高い。なんとこの商品、一個100円のところをなんとセット! 二つセットで100円にしちゃうよ」
「え? このお守り? このお守りみたいなやつは何だって? いや、これはおいらもカンニングペーパー見ながら言うわけなんだけどさ、これなんと、この世に二つとない、手作りのお守り。ゴッドアイってえインディアンのお守りなのさ。部屋に飾って良し。持ち歩いても良し。幸運をたった100円で買えるんだから、これを買わないって手はないですよ、お姉さん!」

と、実際、あまり誇張してないんじゃないかと言うぐらいの見事な営業トークでどんどん商品を売りまくっていました。
彼の話が面白くて「いい商売人になれるよ!」などと声もかけられるぐらい。マジですごいぜサクチャンマン。

 

一方、キャロムの方も途中からけっこう人が集まってくるようになり、繰り返しゲームに挑戦する子も。

お祭り用のゲームとしては、ストライカーを10回売って、どの色でもいいから3個入れられたら勝ち、というもの。

キャロム経験者からすると、「え?簡単じゃない?」と思う人もいるかもしれませんが、あにはからんや、けっこうムズイ。
特に未経験者には至難の技なのです。

それでも約2名がゲームに勝利して、レイ先生手作りの、キャロムのコマに革紐を通した特製ネックレスを奪って行きました。

それ以外にも、純粋にゲームを楽しんでくれた子どもたちもチラホラ。なかには僕たちとの対戦を希望する少年少女もおりました。

 

そして、あっという間に夕方の4時。
お祭りも終了です。

かなり多く用意したアクセサリー類も、けっこう少なくなっていました。
子どもたちもだいぶ疲れたご様子。
4時20分から撤収を開始し、5時に解散となりました。

 

いや、事前の心配はまったく杞憂で、チョー楽しい「体験」となりましたよ。

また、Mちゃんやサクチャンマンもそうですが、子どもたちがそれぞれの「個性」を発揮してくれたのもすごくよかった。
不器用ながらも一生懸命アクセサリーを作ってくれたコータ氏や、祭り直前に僕の「準備不足」を色々指摘してくれたエカチェさんも。
直前までアクセ作りを頑張ったエマさん、それに皆のお兄さん役をやってくれたI君。

また、これからヒルネットに参加してくれる予定の子どもたちがたくさん「応援」にやって来てくれたのも嬉しかった。
来年、また「すぎなみ舞祭り」に参加できたなら、今度は是非一緒に店をやりましょう!

最後に。
ヒルネットに直接関係なくとも、店に遊びに来てくれた、V-netの生徒それに保護者の皆さん。
本当にありがとうございました。
おかげで子どもたち皆、とても貴重で楽しい「体験」ができたと思います。

 

さてさて。
上にも書きましたが、来年。
これはなかなか癖になる「体験」だったので、また挑戦しちゃおうかな。

それでは、それでは。