フリースクールにだって簡単にゃ行けんさ

どうも、どうも。
東京は今日も雨。めっちゃ雨。いよいよ僕の天敵たる梅雨の季節がやってきた模様です。っていつもより早くない?早すぎない?
いやー雨は大嫌いなんですよ。濡れるのが嫌い。見るのも嫌い。思春期のころ雨が降ると天パの髪が湿気のせいですぐフニャフニャになってムカついたトラウマのせいなんでしょうか。農家の人には悪いが梅雨ほど嫌いなものはない。そうだ、北海度に移住しよう。

などと、雨が嫌いとうことだけで、すでに一定の文量を消費してしまっている駄目ブログですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

さて、本日のテーマ。
それは「別にフリースクールに無理に通わせようとせんでもええ」。

お、なんだ、この自己否定的なテーマは。
先日の記事で書いた通り、せっかく自分でフリースクールを始めて2年が経ったっちゅうのに、なんでそんなこと書くんや?
というか、「フリー」なスクールなんやから通わなくていいのは自明でないのん?

おっしゃる通り、「フリースクール」は当たり前ですが、通っても通わなくてもいい場所です。
まさしく、そこは「自由」な学校のはず。

ところが、最近、公私ともに相談ないし質問等受けるものに、以下のような話があります。要約すると、
「息子or娘が中学校に行かなくなった。それはもう仕方がないが、せめてフリースクールに行けばどうかとすすめるのだが、これを息子or娘が断固として拒否する」
ってな話です。

これ、親として、気持ちすごくわかる。
僕自身、自分が不登校だった経験から、あまり学校制度自体には重きをおいていませんが、自分の娘&息子が平日の昼間っからちゅどーんと家に居られると、「ヘイYOU! お前さんの少年少女的ニチジョーはマジそんな感じでダイジョーブなのかYO! せめて太陽の光サンサンと浴びてセロトニン出す生活してみたらどうだってばYO!」って口走りたくなります。

だから、とりあえず我が子の「不登校」という現実を受け止めた親御さんたちは(こうなるにも相当の修行が必要ですよね)、「学校以外の通う場所」を見つけてあげたくなります。
いや、別に家に子がいてくれてもいいんですが、特に都市部に暮らしている人間としては、せっかく学校以外に色々な「学び場」があるのだから、そういう場所を利用した方がこの子の人生の可能性が広がるんじゃないの? そう考えてしまいます。いや、「しまいます」と書きましたが、それが至極フツーでしょう。

また、他者と関わらない少年時代を送ることで、大人になったとき一定程度必要な、社会性が身につかないのではないか、という心配もあるかと思います。

ただ、ね。
上の要約文に、あえて「中学生」と書きました。
というのも、やはり中学生以上の年齢の子にとって、場合によっては「フリースクール」に類するものは結構ハードルが高い。
なぜか。
これは以前、記事にした記憶もあるのですが、中学生ぐらいの年齢の子どもたちは、ただでさえ自意識がめっちゃ発達している。というか、大人から見るとヘンテコに発達している。
「え? そんなこと気にするの? 君の寝グセなんか誰もみてないよ?」と言っても寝グセひとつで世界の全体が自分を嘲笑しているかの錯覚に陥るのが14歳の少年少女。エヴァンゲリオンに乗れる子どもたちの条件なのです。ATフィールドは心の壁なのです(すみません)。

だから、彼・彼女らは、できれば「ふつう」でいたい。
大人である親以上に「ふつう」からはみ出すのが「怖い」のです。

いや、もちろん、そんなふうには決めつけられない。そうじゃない成長期のお子さんだっているでしょう。
あくまで、これは相対的な話です。
ただ、少なくとも、「俺はフツーなんて大嫌いだぜ! 変人呼ばわりけっこう! 俺はそこらのフツーの大衆とは違う生き方をするんだぜ!」などとシャウトできるのは大人の中二病患者だけです(僕とか)。
まあ、多くの場合、少なくとも高校生以上ぐらいの年齢にならないと難しい。

ともあれ、仮に「ふつう」からはみ出すことを恐れる自意識に苦しんでいる中学生くらいの少年少女がいたとして、彼らがいわゆる「不登校」の状態に陥っていた場合。
学校には行けない。でも、そんな「ふつうじゃない」自分がイヤだ。じゃあ、どうすればいい? やっぱり学校に行こうか。でも朝起きると、やはり学校に行くことは「不可能」になる。でも、それはきっと「ふつうじゃない」……。
この堂々巡り。
この、どうしようもない心理的隘路から抜け出すのにすら、子どもによってはかなりの時間がかかるものです。

そこに。
「もう学校行きたくないんなら、行かなくていいよ。それより、〇〇っていうフリースクールがあるから、ここに通ってみること考えてみない?」
という親からの提案。
それは、まだ心の整理のついていない彼・彼女からすると、「いやいや待ってくれYO! まだ俺その段階じゃないから!」ってなっちゃいますよね。


つまり、「フリースクールに行く」という選択は、「不登校の自分」=「ふつうじゃない自分」を認めることになりかねない選択なのです。それを受け入れるには、まだ準備が足らない。
そして、場合によっては、そのような提案をしてくる親は、自分のことを「ふつうじゃない」と見ているんだと思い、傷つき反発します。

いや、保護者は悪いんじゃない。
お父さん、お母さんだって悩んだ末に、子の「不登校」を受け入れ、そういう提案に至ったはずです。ただ、大人である僕たちと、子どもたちとでは、心の時間の流れ方も違えば、色々なことを整理するやり方だって違うというだけです。
(ついでに言うと、「保護者が悪いわけじゃない」ということ。これは何度も言っておきたい。
子どもが「不登校」になると、特にお母さんたちは、「私の〇〇が悪かったのでは?」「あのとき、こうしておけば良かったのでは」と自分を責めます。その心理も痛いほどわかります。
でも、「素晴らしい子育て」なんて、みんなできるわけがない。
誰にとったって「親」になることは初めての体験なのです。
そして、子が「不登校」になったことは、貴女の「失敗」などでは断じてない。それは、その子にとって、必要な「成長のプロセス」なのです)

さて、ではどうすれば良いのか?
もちろん、それは一人ひとりの子どもによって違います。ケースバイケース。
ただ、それでも大まかに言って、いくつかのモデルケースはあるかと思います。

まず、大前提として、その子ども自身がある程度、「動き出す」兆候をちょっぴりでも見せてくれるのを待つ必要があります。
繰り返せば、まだ上記のような心理的悪循環の中にいる状態、言葉を変えれば、「エネルギー不足」の状況で、親がいろいろ提案をしたって、「シャッター」を下されてしまうのは、目に見えています。
あくまで、彼・彼女が自分のココロと折り合いをつけるのを、ある程度待たなければいけない。

その上で、彼や彼女が、少し前向きに、「外」に出ても良いかな、といった素振りを見せてくれたなら。
例えば、高校受験をどうするか、なんて話を子どもの方から、ふと振ってくることがあったなら。そんなことを考えられるだけの「エネルギー」が満ちてきたなら。

そのとき、初めて色々な選択肢があるという話をしてあげれば、良いと思います。
高校には必ずしも行かなくとも高卒認定試験などの制度があること。
通信制の高校だってたくさんあること。
そして、もし今、人と交わっていく気持ちが少しでも芽生えてきたのなら、フリースクールのようなところに通うことだってできること。

何も目的は高校なんかじゃなくてもいい。
僕の知っている子は、ただ何となく何も勉強していないと不安だから、と塾に通い始めた子もいます。
好きだった絵なら、習いに行ったっていいと言って画塾に通うようになった女の子もいます。
それどころか、なぜだか突然、旅行がしたいと言って、自転車で全国をめぐるようになった少年もいます。

フリースクールは一つの「手段」にすぎません。
どんな形になるかはその子次第です。が、必ず子どもたちは、自分に合った、「外」の世界との向き合い方を見つけていくはずです。

もちろん、この話は中学生だけのことではありません。
早熟な小学生高学年くらいの子であれば、中学生と同じように、自意識からくる苦しみを感じている可能性が高い。
特に近年は不登校の低年齢化が進んでいます。
とはいえ、やはり小学校の低学年、中学年くらいの子であれば、まだフリースクールや、その他のオルタナティブ教育に、親がすすめるままに乗ってきてくれることも多いでしょう(もちろん、これだってケースバイケースです)。
そして、そんなふうに自意識がまだ育ちきっていないからこそ、学校以外の場所であっても「他者」と触れあうことの効用は大きいと言えるでしょう。

逆に言えば、中学生くらいまで「学校」の中で「他者」に囲まれ自意識をすり減らしてきた経験のある子どもが、たとえ「不登校」となり数年間「孤独」に過ごす経験をしたとしても、再び「外」の世界に出ていった時に社会性を取り戻すのに、そんなに時間はかかりません。子どものころ自転車に乗れたなら、数年乗らずともすぐ感覚を取り戻すのと同じです。

ですから、まずは「待つ」ことです。
いろいろと子どものためにしてあげたい。提案したい。問題を解決してあげたい。
わかります。その気持ちは、痛いほど。
しかし、その「解決」は、ひょっとしたら、子どもの「不安」を解決してあげるためのものではなく、自分の「不安」を「解決」しようとするための手段なのかもしれない。

「待つ」ことは本当に辛い時間です。
ですが、子どもを信じてあげてほしいと思います。
何もせず、ボケっとゲームばかりやっている息子の少し大きくなった背中を見ながら。一日ソファから動こうともしない娘のソファの端からはみ出た足を見ながら。
でも、彼も彼女も、本当はボーッとしているわけではないのです。
心の中で、さまざまな声と戦いながら、時に怯え逃げながら。少しずつ少しずつ、心の幹を育てているのです。
それは大人から見れば、とてもゆっくりな足取りでしょう。
それでも、確実に、彼も、彼女も、半歩ずつでも、足を前に進めようとしているのです。
自分の人生を歩む「力」を蓄え続けているのです。

それでは、それでは。


「成長」のための居場所

どうもどうも。
ちょっと肌寒い日もあることながら、桜もだいぶんと前に散っちゃって、いよいよ春本番(誤用)といったここ最近の日々ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。この書き出し久しぶりやね。

いつもいつも無駄にダラダラと文章を書き連ねておる当ブログですが、今月は少々短めの記事。ちょっと、ここ最近いろいろ疲れとんねん。

で、疲れておるにも関わらず、忙しいなか、何でこの月1ブログを今日書こうと思ったか、いや書かねばならぬと考えたのか。
それはちょいヒルネット(僕のやってるフリースクール)のことを書かねばならぬと思ったからなのでありました。

そう。
なんと、この4月で、ヒルネットも活動を開始してマルっと2年。
活動開始、2周年を迎えることとなったのであります!

おお。我ながら感慨深い。
。。。というほどでも実はないのだが、やはり節目にこういう記事を書いとくのも大事かな、と思いましてね。

でも、活動開始して1年を記念するとかならわかるけど、なんで2年?
そう思われる方もおられるでしょうが、ちょうど今から1年前は、いわゆる「緊急自体宣言」のさなか。バタバタしておって、落ち着いてヒルネットの記事をあげとる場合ではなかったんですな。
(おっと、そういう今も緊急事態宣言のさなかなわけですが、やはりガースーやコイケ女帝がいろいろ言っても一年前とは全然違っちゃうわけですよね)

ということで、コロナについては、今もおさまっておるわけではありませんが、2年経ったここいらで総括記事を少しく書いてみたいなと思ってみたりしたわけです。

いやー、いろいろあったよねー。
ま、そんな「いろいろ」をいちいち記事にしとったんでは、キリがないどころか永遠に終わらない。
でも、何よりこの2年間、僕が痛感したことは、


子どもたちに勝手な「教育」を押しつけてはいけない

ということでした。
まあ、これはフリースクールに限らないのかもしれませんが、とりわけ子どもたちの意思や自由を尊重した環境づくり、居場所作りに腐心してきた身としては、特に強く感じたことでした。

いや、ね。
ヒルネットを始める前は、こう見えても、いろいろ考えとったわけです。
こういう感じの教育を実践してみよう、こんなふうにすれば子どもの好奇心や探究心は芽生えて行くんじゃないのか云々。
それはブイネットの個人レッスンやグループレッスンで培ったメソッドも色々ありましたしね。

でも、違うんですよ。
ヒルネットを始めてみて、すぐに気づきました。

僕のところに、少なくともヒルネットに集ってくれた子どもたちが求めているのは、そんな「大人が理想とする教育」なんてもんじゃない。

ヒルネットを頼ってきてくれた子らは、皆、とても感性が豊かで、想像的で、物事の変化に鋭敏な子どもたちです。
でも、だからこそ既存の「学校教育」のなかで、何らかの形で傷をおわされてもいます。それゆえに僕みたいなひねくれたオッサンのところにわざわざ足を運んでくれたのです。

そんな彼・彼女らが求めているのは、大人が勝手に考えた「教育」なんてものじゃない。何かの枠組みじゃない。
そうではなく、もっと言葉にはしにくい、ある種の体験や学び、成長こそが大切なんじゃないか。

例えば、まずはそこが、その「場所」が、ちゃんと自分を受け入れてくれる居場所であるという実感。
そこで他の子どもたちと、ときにこすれ合いながらも、ともに過ごし成長していくという体験。
今までの自分が知らなかった場所が、世界が存在するという体験。
その世界の中で、自分の意思で、自由に何かに挑戦できるという実感。
上手く言葉にできない、そんな「実感」「体験」の方が大切なんじゃないか。

だから、最初頭にあった「僕の考えた最強の教育」的なものは、捨てました。
そうではなく、集ってくれた子どもたちの個性に合わせて、自在に形も方法も変えられるようにしよう。それこそ「ひるね」ができるような、子どもたちが気持ち的にのんびりできる場所となっていこう。

週一回のフィールドワークも、最初は「学習」に目線を合わせていましたが、今ではハイキングでも川遊びでも、ある意味で何でもありです。
教室でのWorkとしては、なぜか今では折り紙が流行っています。あるいは一日絵を描いている子だっています。
逆にお弁当を食べるために行っていた公園までの「散歩」は、1日の欠かせぬ「行事」になりました。

ところが。
そのような、まさしく「自由な学び場」であろうとするなかで、むしろ僕自身にも、子どもたちがある種の「学び」を得て、また「成長」しているのではという、それこそ「実感」が湧いてきたのです。まさに親ならぬ「教師無くとも子は育つ」状態。

では、それはどういう「学び」か。「成長」か。
これまた、簡単に言葉にするのは難しい。

例えば、いつも自分の気持ちが優先してしまってそれを注意されると塞ぎ込んでいた少年が、他人を労り他人に感謝し他人のためにできることをしようと思うようになった。
歳下の「子ども」が嫌いだった彼が、年長者として「ちびっ子」たちの世話をしてくれるようになった。
自分一人で電車に乗れず「お出かけ」先に興味もなかった彼や彼女が、東京のいろんな場所に興味を持つようになった。
ちょっと「散歩」に出るだけで疲れていた少女が、どんな山でも登れるようになった。

「言葉」にすると、それは本当に些細な変化に過ぎないかもしれません。
でも、僕は強く「実感」します。

その、言葉にすると些細な行動の内側に、とてもとても大きな「成長」があるのだと。
「勉強」とは違う、ささやかな「学び」が、彼・彼女の人生の大切な指針の一つになるのだと。

思えば、自分自身がそうだったではないか。
ろくすっぽ「勉強」などしなかった10代。大切だったのは、フリースクールや大検の予備校で知り合った知人友人と過ごした「時間」そのものだった。
何かを「学んだ」記憶も実は定かではないけれど、そこで彼らと、彼女らと、過ごすなかで起こった様々な出来事が、最悪なことも含めて、僕自身のココロの幹を少しずつ太くしていってくれた。
やがて、「勉強」とは違う「学問」を学びたいと思わせるココロを形作っていってくれた。自分がどんな人生を歩みたいかを「学ばせて」くれた。

今、ヒルネットという場所が、そこに通う彼や彼女にとって、そうしたココロの幹を太く強くできる居場所になっていてくれればと思います。それぞれの人生のカタチを学べる場であればとも思います。
そして、この2年間の経験は、そして子どもたちが見せてくれた「成長」は、そういう場所にヒルネットがきっと「成長」していけるに違いないと実感させてくれるものでした。

ヒルネットは、これからも水が自在に変化するように、子どもたちのあり方に合わせて形を変えながら活動をしていきます。
教室では自由に学び、遊びます。いろいろな場所や世界を探検します。

子どもはもちろん大人でも、「ひるね」するように、ちょっと休憩したいときは、いつでも立ち寄ってみてください。
それでは、それでは。



自分の人生のカタチ

どうもどうも。
あれ、三月も半ばになるけどブログの更新ないし、イマンモのオッサン、いよいよ記事書くの疲れ果てたんかなーなどと思っていたかもしれない皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
いや、わたくし記事をアップするのをサボろうと思ってサボっていたわけではございません。いや、結果、サボることになっていたんだけれども、少なくともワザとじゃない。

確定申告まじ辛かったでござる

そう、2月の終わりから日曜月曜の休みは、この作業に追われておったのでござるよ。。。
何でだろーなー1年前も同じことしてるはずなんだけどなー全く記憶に残ってないんだよなー
っと、中間期末テストのときだけ勉強して受験時にその記憶がどこにいったのか脳みそにフルリサーチかけるも情報が完全に断片化していることを知って絶望の淵に立たされる学生の気分でごわした(無駄に長い比喩)
オレの頭のデリートキーを何とかしてけれー

さてさて、ふざけている場合じゃない。いや、いつもふざけているけれども。
こんな完全にその場のノリでのみ書き散らかしているブログでも、何かしらの心の慰めにしてくれているという声も聞こえてくる昨今。何か書かねばならないのである。
(あ、関係ないけど、最近、悩んでるんすよねー。このブログ、無料版ワードプレスで作ってるんですけど、やっぱもうちょいメジャーなブログ媒体で書いた方が良いのか。いっそnoteとかで書くのもありなのか。。。広告とか出てくるのもウザイし、どういう形がいいんだろ? 詳しい人教えてください)

と、また関係ないことを書き垂れ流しておる。。。

で、今日は何を書こうか。
実は書く余裕のない時に限って、色々書きたいネタってもんは出てくるもの。おいらはフリースクールをやってるけれども、公教育もやっぱり頑張ってもらわないかんわなーとか、いろいろシステムや選択肢はあっても教育ってヤツは結局「人」だよなーとか、この間、いろいろ考えておりました。

そんでもって、結局、今日のテーマ。
それが今日のタイトル。「自分の人生のカタチ」を見つけること

さらに言えば、そこには修飾句を足して「楽しく生きるための自分の人生のカタチ」、でも良いかもしんない。

お、なんかカッコええこと言うとるやないかい、っとお思いでしょうか?
いや、そんな難しいことを言いたいわけじゃないんです。

要するに「自分に合った人生ってどんなものだろうか?」「自分はどんなふうに、どんな場所で生きると良いんだろうか」ってなことを漠然と意識するってことです。
これは「夢」を持つ、とか、有意義な人生とは何ぞや、とかっていう「高尚」な話とは別のことです。具体的な職業とも違う。

例えば、極度に人見知りで他人とコミュニケートを取るのが非常に不得意な少年がいたとして。
その少年にとって、大学に進学して会社員か何かになって、大規模な組織の中でいろいろと人間関係のストレスを溜め込みながら生きていくのって、幸せな人生でしょうか?
いや、大多数はそんなの我慢して「大人」として生きてるんだよってのは判りますが、判った上で、あえていうと決して幸せじゃないですよね?
ましてや、その子が人見知りどころか、「皆と一緒」的な共同性や同調性に従うのが極端に苦手だった場合。
「フツーの会社員」になるのが幸せだとは思えない。
でも、じゃあ彼にとって「幸せな人生のカタチ」はどんなものなんだろうか?

そういう「どういうふうに生きるのが自分に向いているか」「どんな人生を送ると自分はけっこう幸せか」って問いと向き合うことって、10代の少年少女にとって、いやそれどころか30歳くらいまで、人間にとって大切なんじゃないでしょうか。
そして、そうした問いに気づける「経験」が必要なんじゃあないかな?

またまたホントに恥ずかしながら、個人的な話をします。あくまで一例として。
ここで何度も書いている通り、僕は中学2年以後、不登校に陥り、一般の高校生活を送ったことがありません。
では、もし僕が不登校という状況を経験しなかったら、どうなっていただろうか?
こんな「 if 」ははっきり言って無意味ですが、時折、想像することがあります。

現在の僕は、おそらく知人の皆さんから見れば、比較的快活で人付き合いもよく、何よりよくしゃべるオッサンという印象でしょう(え、そんなことないって?)
まあ相変わらず「鬱気味」の時は人に会うのも嫌な性格ではありますが(「ゾンビモード」と呼んでます)、少なくとも比較的「明るい」、イマドキの子の言葉で言えば「リア充」です。ま、そうじゃないと、教師なんかできませんしね。

でも、少なくとも少年時代の僕は、全くそんな性格ではありませんでした。
先の言葉で言えば、常に「ゾンビモード」全開でした。

人見知りが激しく、何事をするにも自信が持てず、他人に嗤われることを恐れてかえって「笑われる」キャラを演じるようなタイプの子どもだったのです。

そんな僕がもし「不登校」に陥らなかったなら。
今と同じような人格になっていたでしょうか?

おそらく、なっていなかったのではないかと思います。

「不登校」に陥って以来、しばらくの「冬眠」を経てから、「外の世界」に出た後の僕は、自分と合わないような人間とは一切、付き合ってきませんでした。自分と波長のあう、価値観のあう少人数の仲間とだけ青春を過ごしました。仲間は「変わり者」と言われる連中ばかりでした。
そもそも「大規模」な集団に属したことはありません。大学や大学院には長々と通いましたが、ご存知の通り、大学は集団生活を行う場ではありません。それぞれが個別に学び過ごす場です。

「自己肯定感」という言葉があります。
これを養うには養育環境その他の要因があるでしょうが、僕の場合は、これら10代の仲間と過ごした経験も大きいように思う。
僕は、それら小規模な集団、「変わり者」たちと過ごすなかで、「こんな自分でも良いのだ」と感じることができるようになりました。
学校に通っていた頃、翌朝を迎えるのが嫌で眠れなかった僕が、初めて「明日はこんなことをしよう! 彼と、彼女と、こんなことをして遊ぼう!」と翌日を待ち遠しく思えるようになりました。

そして、漠然とながら学んだことがあります。いや、少なくとも、後日了解できたことがありました。
僕が自分に自信がなかったのは、「学校」という共同性を強く求める大規模集団に属していたからなのだ、と。
他人にうまく合わせることができない、(おそらく多動的だったために)人の話を最後までちゃんと聞けず、他の子どもたちと同じ行動が取れない。そんな子どもだった僕にとって、学校生活は自信を失う出来事の連続だったわけです。

そういう場所から身を離すことで、僕は自分がどんな人間で、どんな人生を生きるべきか、次第に学んでいったわけです。
自己を肯定する心を養うとともに、自分にどんなことが向いているか、どんな場所で生きていくべきか、徐々に徐々に、人生の「カタチ」を見出していったのだと思います。

もちろん、これは僕のケースです。
「不登校」という経験が特別に必要だと言いたいわけでもありません。人によっては、一見「平凡」に見えるかもしれない学生生活を楽しく過ごすのも良いでしょう。
ただ、どんな青少年時代を送るにせよ、その中で、自分がどんな場所で、どんなふうに生きていくのかを見つけていくことは大切でしょう。

それは「夢」を持つこととは、全く別のことです。
そうではなく、自分にあった人生を模索することです。


お、なんかビミョーに当たり前なことを書いている気がするな。
誰だって人生模索しとるわい、って感じもする、、、

でも、ね。
実はこんなことを書いたのは、やっぱり今、自分を「平凡」だと見なせない子どもたち、ある種の「挫折」を感じているかもしれない子どもたちとその親御さんのことを考えているからなんです。
僕の耳には、本当に、本当に、毎日のようにそうした「悩み」の声が届きます。

いま、実際に「不登校」を経験している子どもたち。
子どもの「発達」に関して、なんらかの心配を抱えていらっしゃる親御さんたち。

彼・彼女たちはひょっとすると、お父さんやお母さんと似た人生を送ることはないかもしれない。就職はしないかもしれない。大学にも行かないかもしれない。
しかし、彼・彼女は、その現在の境遇に悩みもがく中で、自分の人生の「カタチ」を見つけようとしているのかもしれません。
自分自身と向き合う中で、人生を生きるための「チカラ」を養っているのかもしれません。
そして、そうした誰の人生とも似ていない「自分の人生を生きる」ことができたなら、それは彼・彼女にとって幸福なことに違いありません。


今でも、僕は「小規模な気の合う仲間」としか、仕事をしていません。
V-netが、そうです。
そして、ヒルネットという、かつての自分と同じかもしれないような子どもたちが集える場所も作りました。

そしてヒルネットの子どもたちが、「こんな自分でもいいんだ」と思えた上で成長していってくれれば良いなと思っています。

それでは、それでは。