吾輩はニートである。

どうも、どうも。こんにちは。
梅雨のシーズンに入っていよいよ蒸し暑くなってまいりました。そのせいか、なんだか最近、朝起きると寝汗がひどくて、血のドロドロ感も春先よりひどくなってる気がしています。とっても体調悪いです、マジで。

さて、それはともかく、最近、私の授業では、何人かの生徒に対して、一緒に物語を読むということを短い時間ながら行っております。
これは本人や親御さんからの希望などもあれば私が生徒の特性をみて行っているパターンもあるのですが、まあゆくゆくは読書をあんまりしない生徒相手の小説読書版リベラルアーツみたいなものに発展させていければ良いなあなどとも考えていたりするものです。
今のところ授業では、ほとんど短編しか取り上げていないんですが、ほんとはできれば長編小説なんかも取り上げてみたいと思っています。
そこで、というわけでもないんですが、このブログでも、授業でほんとに取り上げるかは別として、実際、中高生あたりとなら一緒に読んでもいいかな、と思える長編小説について、ちょっとレビューめいたものでも書いてみようかな、と。
でもって、もちろん取り上げる本も記事内容も、完全に私の趣味全開のものになりますので、時間を無駄にしたくない方は、この辺りでページを閉じて諸々の作業に戻ることをおすすめします。

『それから』夏目漱石

 誰か慌あわただしく門前を馳けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄が空から、ぶら下っていた。けれども、その俎下駄は、足音の遠退に従って、すうと頭から抜け出して消えてしまった。そうして眼が覚めた。
枕元を見ると、八重の椿が一輪畳の上に落ちている。代助は昨夕床の中で慥かにこの花の落ちる音を聞いた。彼の耳には、それが護謨毬を天井裏から投げ付けた程に響いた。夜が更ふけて、四隣あたりが静かな所為かとも思ったが、念のため、右の手を心臓の上に載せて、肋あばらのはずれに正しく中る血の音を確かめながら眠に就いた。

夏目漱石の作品って、けっこう作品ごとに文体や物語のテイストも変わっていて、ものすっごい有名な割には、漱石作品なら何でもすすめてよし、ってわけには結構いかない作家です。
あんまり近代文学に馴染みのない人が『草枕』とか書き出しが有名だからって読み始めちゃったりしたら、途中で挫折すること間違いなしです。
一方で、初期の『吾輩は猫である』とか『坊ちゃん』なんかはライトな読み物だと思ってボーッと読むと、その深みというか切なさがわかりません。両方ラストがけっこう切ないんすよね、マジで。

その点、『それから』と『こころ』は文体もなんというかスマートですし、内容的にも読みにくいところはありません。ただ『こころ』は高校教科書に載ってるせいでテストを思い出してイヤな気持ちになる人がいないとも限りませんが、『それから』にはそんな心配もありませんから、漱石読んだことない人にすすめるには一番ぶなんな作品じゃないかなと思います。

で、冒頭に引用した書き出しにも登場する代助というのが物語の主人公なわけなんですが、いわゆる資産家の次男で親のスネをかじって結婚もせず定職にもついていません。
高等遊民などとこの時代に言われておった人種なわけです。

……うん? 親のスネをかじって結婚もせず定職にもついていない?

あっ、これニートのひとやんか。

っなどと、現代人の皆さんは思われるかもしれません。
実際、さっきちょっと検索したら、「代助」スペースで、すぐに「代助 ニート」と変換候補が出てきました。高等遊民ってニートやったんか。

いや、正確には代助さん、東京帝大出てますし親も資産家でそもそも働く必要無いやんって感じの生活環境ですし、明確な思想的意志をもって俗な実社会に対して距離を置いているって感じなので、なんかいろいろと挫折して鬱的になってニートってのとはやっぱり意味が違うような気もします。つまり、

高学歴のボンボンで理論武装して「働いたら負け」って思ってる人。

こんな面倒くさいムカつくニートが代助さんです。ほんまかいな。

まあマジの話を書いときますと、「それから」の書かれた明治末って、それ以前の支配的イデオロギーだった「立身出世」的志向が崩れ始めた一方で、産業資本主義化が進行し、人々の生き方が多様化し始めた時代でした。
「立身出世」ってのは、要するに「ちゃんと勉強して国家の役に立つような人間に僕はなるのだ!」という考え方で、明治国家が近代国家になるための人材を育むうえでは大変重宝された思想でありました。ところが、これが日露戦争でめちゃめちゃ戦死者出たわりに大したお土産もなかったことから、「あれ、国家って、あんまし僕らのこと考えてくれてないやん」となり、以後の若者からはあまり支持されなくなっていったわけです。
一方で、産業資本の発達は第一次大戦時にピークを迎えるんですが、好景気を呼び込むとともに多数の成金を生み出します。この成金って言われた人たちのイメージを現代風に翻案すると、たとえばホリエモンさんとかミキタニさんとかユニクロの社長だか会長だかやってる人みたいな感じになります。
まあ、私の勝手なイメージですけど、こういう新自由主義的な人たちって、なんか「この世は金がすべてなんじゃい文句あっか」的な感じがしますよね。これがまた帝大出のインテリには嫌われたわけです。まあ、インテリがこういう人種を嫌うのは今でもそうですよね。

で、立身出世もイヤ。成金に雇われるのもイヤ。
その結果行き着くものが高等遊民だったわけです。まあ、代助さんがお金もらってる父親や兄貴は、典型的な成金なんですけどね。

また一方で、この時代は帝大出インテリの世俗化というか大衆化が進行した時代でもありました。
物語には代助さんの友人かつ恋敵的役回りである平岡という人物が出てくるんですが、そのキャリアは、大学卒業後に銀行に就職するも失職、いろいろと職を探した上で、結局新聞社に再就職というものになっています。で、これが今からみると面白いんですが、この新聞社に職を得るということについて、平岡本人も周囲もなんだか微妙な反応なんですよね。
というのも当時、新聞記者というのは、一般にはマトモな職業とは見なされておらず、「ゴロツキ」同然の稼業と見なされていたようです。(だからこそ、漱石が帝大の先生をやめて朝日新聞の専属作家になったことは世の中に衝撃を与えました)

で、何が大事かっていうと、この時代、この平岡のように帝大出でも、いわゆる「エリート」になれないような人が出始めていたってことなんです。
これ以前の時代、東京帝大出てたらやっぱり皆、官僚になるのが当たり前だったんですよね。企業に勤めること自体、「落ちこぼれ」と見なされていました。
それが官僚どころかマトモな職にもつけない。

これって、何となく現代に似ていると思いませんかね?
従来の社会通念が崩壊し始め、多様な生き方が求められるようになる一方で、いわゆる「いい大学」を出たからって以前のような安定が必ずしも得られるとは限らない。
こうした現代における社会の不透明感と同じような時代感覚が、実は『それから』の物語の背後にはあるわけです。
だからでしょうか。『それから』は今読んでも、それほど古臭い「古典」といった感じがしないと思います。まあ、これは私が勝手にそんな気がしてるだけかもしれませんが。

さてさて、物語の内容に戻りましょう。
上に紹介した平岡、この人物の妻である三千代という女性が、実は代助さんのかつての想いびとであったことから、物語はがぜん盛り上がっていきます。
三千代と再会した代助さん、焼けぼっくいと何とやら、なんと平岡から三千代を奪い取る決意を固めていっちゃうんですね。
そして、ついに代助さんは、三千代に自分の心の内を告げます。
この小説で、一番盛り上がる場面ですね。以下は代助さんが、「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ」と熱い告白をした続きの場面です。

 代助は三千代の手頸を執って、手帛を顔から離そうとした。三千代は逆おうともしなかった。手帛は膝ひざの上に落ちた。三千代はその膝の上を見たまま、微かすかな声で、
「残酷だわ」と云った。小さい口元の肉が顫う様に動いた。
「残酷と云われても仕方がありません。その代り僕はそれだけの罰を受けています」
三千代は不思議な眼をして顔を上げたが、
「どうして」と聞いた。
「貴方が結婚して三年以上になるが、僕はまだ独身でいます」
「だって、それは貴方の御勝手じゃありませんか」
「勝手じゃありません。貰おうと思っても、貰えないのです。それから以後、宅のものから何遍結婚を勧められたか分りません。けれども、みんな断ってしまいました。今度もまた一人断りました。その結果僕と僕の父との間がどうなるか分りません。然しかしどうなっても構わない、断るんです。貴方が僕に復讎している間は断らなければならないんです」

いや、やっぱそれは勝手なんじゃ。。
「ずっと君が好きだったから結婚しなかったんだよ! どうしてくれる!」って急に言われても返事に困ってしまいます。そんなん知らんかったしな。
だいたい3年結婚しなかっただけだし。「罰」ってのえのは、やっぱり言い過ぎですよね。10年くらい独身ならともかくね。。。
しかも、代助さんのセリフ、「貰おうと思っても、貰えないのです。」ってやつが、

ニートだったからなんじゃないの?

と、代助ニート説をとると思えてきて、何ともシリアスな笑いを誘います。
いや、ほんとは見合いとかあって結婚しようと思えばできるんだけどね。

ともあれ、三千代から「仕様がない。覚悟を極めましょう」と0Kの返事をもらってしまった代助さん。しかし、当然この時代、今と違って人妻奪っちゃったら、いろいろと報いがあります。
なんと代助さん、ついに実家から勘当されちゃうんですね。
以下、実兄から勘当を告げられた後に続く、この小説のラストシーンです。ちょっと長いんですが、良いシーンなので。

 兄の去った後、代助はしばらく元のままじっと動かずにいた。門野が茶器を取り片付けに来た時、急に立ち上がって、
「門野さん。僕は一寸職業を探して来る」と云うや否や、鳥打帽を被かぶって、傘も指ささずに日盛りの表へ飛び出した。
代助は暑い中を馳けないばかりに、急ぎ足に歩いた。日は代助の頭の上から真直に射下した。乾いた埃が、火の粉の様に彼の素足を包んだ。彼はじりじりと焦る心持がした。
「焦る焦る」と歩きながら口の内で云った。
飯田橋へ来て電車に乗った。電車は真直に走り出した。代助は車のなかで、
「ああ動く。世の中が動く」と傍の人に聞える様に云った。彼の頭は電車の速力を以て回転し出した。回転するに従って火の様に焙ほてって来た。これで半日乗り続けたら焼き尽す事が出来るだろうと思った。
忽ち赤い郵便筒が眼に付いた。するとその赤い色が忽ち代助の頭の中に飛び込んで、くるくると回転し始めた。傘屋の看板に、赤い蝙蝠傘を四つ重ねて高く釣るしてあった。傘の色が、又代助の頭に飛び込んで、くるくると渦を捲いた。四つ角に、大きい真赤な風船玉を売ってるものがあった。電車が急に角を曲るとき、風船玉は追懸て来て、代助の頭に飛び付いた。小包郵便を載せた赤い車がはっと電車と摺れ違うとき、又代助の頭の中に吸い込まれた。烟草屋の暖簾が赤かった。売出しの旗も赤かった。電柱が赤かった。赤ペンキの看板がそれから、それへと続いた。仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと焔の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行ゆこうと決心した。

と、三千代と引き換えに現実社会で生きていかざるを得なくなった代助さんですが。。

めっちゃ焦ってますやん。。。

なんか世界が真っ赤に燃えて見えるくらい焦ってますやん。ブツブツ独り言つぶやいちゃったりして。。。ていうか、若干、あぶない人になってますやん。。。ニートの職探し、マジでやべーな。

と、まあこれは冗談です。
実際は、別に代助さんは職探しに焦ってこんなになってるわけではありません(いや、そう思いたい)。
むしろ、なぜラストで世界が真っ赤に燃えるイメージが描写されるのか。それをいろいろと考えることが、この小説の面白さにつながっていくとも言えるでしょう。
私なんぞは、最初に『それから』を読んだときは、先の告白シーンと、このラストの場面ばかりが印象に残ったものです。
この世界を覆う「赤」が現実社会に対するある種の不能感を象徴しているとは言えそうです。
ですが、その不能感の向こう側に、先に述べたような社会的価値観の不安定性があるとするなら、それは代助(=漱石)個人の問題を超えた、当時の人々の、そして或いは現代人の「生きづらさ」を表しているようにも思えます。
こうした社会の不安定性が、やがて大正デモクラシー期の政治的激動へとつながっていき、その大正期のエリート的運動では十分発散されなかった政治弱者の怨恨が、ついには昭和の革新運動へと結びついていく……。
もちろん、そんな時代を漱石自身が目にすることはありませんでしたが。

では、今回はこの辺で。
それでは、それでは。

文系学問って、そんなに無駄でしょうか?

どうも、こんにちは。またまた更新期間がずいぶんと空いてしまいました。なかなか時間がない、というのはやっぱり言い訳なんでしょうね。
まあ実際、ブログなんて、そんな時間かけて書くもんじゃないんですから、それくらいの時間いくらでもあるだろうと言われれば確かにそうなんですが、それにしても毎週毎日更新するような継続性を維持するのは、なかなか大変なことだと思います。世の中の、ブログ発信を主要なメディアとして活用してる人には、頭が下がります。いや、ホント、FaceBookでさえ、よくみんなあんなに更新してるなと。

さて、それはともかく先月の末頃、文科省がこんな通達を出しました。

国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小へ転換 文科省が素案提示
文部科学省は27日、全国の国立大学に対して人文社会科学や教員養成の学部・大学院の規模縮小や統廃合などを要請する通知素案を示した。理系強化に重点を置いた政府の成長戦略に沿った学部・大学院の再編を促し、国立大の機能強化を図るのが狙いで、6月上旬に文科相名で大学側へ通知する。

詳しくはリンク先を見てほしいんですけれど、まあやっぱり文科省としては国立文系を廃止と言わずとも縮小していきたい、少なくとも予算はなるべく削りたいってことなんでしょうね。
この流れは昨年ごろから急速に加速してる印象なんですが、まあ今すぐどうかなるわけじゃないにしても、現在の小学校低学年くらいの子ども(私の娘もそうですが)が高校生になる頃には、実際、国立文系(あるいは下手すると私立も?)の選択肢は、ひょっとするとだいぶん少なくなってるかもしれませんね。
もちろん今のところは反対意見も多いんですが、そこはやっぱり巧いもんで、こういうニュースを観測気球としてあげておいて、世論が段々こなれてきたころに、するっとことを進めていくつもりなんでしょう。

先に言っておくと、私はこうした文系廃止ないし縮小論には反対です。
いや、正確には学部がどうのこうのというより、その背後にある実学重視、いや功利的な効率重視の志向が、教育・学問にはそぐわないと思っています。

とはいえ、一方で、こうした施策は日本の大学、文系学部自体が招き寄せたものでもあります。
たとえば、学科横断型の超域文化系学科の乱立。
総合ホニャララ学部とか、そういうやつね。まあ、私自身そういう研究科の出身なんで、あんまりえらそうには言えないんですが、やっぱりちょっと増えすぎだよなという印象です。
人間環境ホニャララとか、外から見れば、何やってるかさっぱりわかりませんよね。
もともとこういう学科横断型の分野・学科の創設は、1980,90年代のポストモダン思想の潮流とも相俟って、既存の学部学科の学問的閉鎖性・硬直性を打破しようという試みのもとにつくられたものです。
ですから本来はイレギュラーな存在であり、法学や文学といったオーソドックスな学問体系があってはじめてその独自性も光るというものだったはずなのですが、いまや別にそれってもとからの文学部や法学部でもやれてたよねって分野にまで新奇な名前をつけて新学科を創設しちゃうありさま。
そりゃ、新奇な名前で人集めようってのもわかるけど、もうちょっと整理縮小できちゃうんじゃないの? と突っ込まれちゃっても仕方がない状態になってたわけなんですね。

他方、大学で学ぶ学生はというと、これは何もいまにはじまったことではありませんが、何でその学科学部を選んだのかよくわからない完全モラトリアム型の学生が、それなりの数、存在します。
まあ、これは文系の学生だけの話ではありませんし、日本人のライフコースにおいては、この大学期におけるモラトリアムの中で学ぶことも多いわけですから、一概に否定する必要もないと思います。
ですが、やっぱり専門学部に関連する著作どころか本そのものを全く読まないような学生は、本来、文系学部には居てはいけないんではないでしょうか。
さらに言えば就職活動があろうがなかろうが、3年生以降のゼミはそこが学問の場である限り、決しておろそかにすべきじゃないし、卒論をいい加減に書くような態度も許すべきではありません。教員側も個別の事情をもとに変な温情はかけるべきではないでしょう。
いや、そんな原理主義的な物言いは実情に合わない、就職活動はほんと大変なんだとかって、もし言うのであれば、それはもう文系学部が、いや日本の大学自体が「就職予備校化」していることの証左なわけですから、そんなもんはやっぱり文系だろうが理系だろうが少子化のなか予算も足りないんであれば、当然、縮小されても仕方ないんだと思います。
だって、もうそこは文学や法学や社会学を学ぶ場ではなくて、単に就職するための通過儀礼の場にすぎないんですから。学問の内容なんて関係ないんですから。
などと書いていたら、またちょうど、こんなニュースが入ってきました。

大学を「職業教育学校」に…19年度実施方針
政府は、実践的な職業教育や技能訓練を行う高等教育機関として「職業教育学校」を設置する方針を固めた。
高校卒業後の進学や、社会人の専門知識の習得を想定している。学校は新設せず、希望する既存の大学や短大などに職業教育学校へ転換してもらう考えだ。4日の政府の産業競争力会議(議長・安倍首相)で原案が示され、月内にまとめる成長戦略の柱とする。

こちらは今度、私学の話ですね。
以前、G大学(グローバルな人材を育てるエリート大学)とL大学(ドメスティックな産業の労働者としての技能を身につける大学)の提言について書きましたが、こうしたある意味、露骨な学歴による階層性の形成をよしとする考えも、大学の実情をみていると、意外と問題なく世論にも受け入れられていくんじゃないかと思ってしまいます。
実際、日本は大学が多すぎて、ほんとは教員の職業確保のためにこんなにあるんじゃなかろうかと思ってしまほどの数ですから、その一部が「職業訓練校」になったとしても、それこそ困るのは、そこを職場にしていた先生たちなんじゃないかとも思うわけです。
ただ、おそらく問題は、実際の「職業訓練学校」を卒業した人たちが、この学歴社会の日本では、とうの「職業」につける可能性が、ものすごく低いということなんですね。
おそらくL大学という名前にせよ、「職業訓練学校」という形式にするにせよ、地方の私学や、やや偏差値の低い学校が、そういう形に鞍替えするとしたら、単純に今以上に学歴差別の対象にされてしまうだけなんじゃないかなと思います。

 

話を戻して、国立文系の問題。
繰り返しますが、以上のように現在の大学にいろいろな問題があるのは百も承知で、それでもなお私は文系廃止・縮小論に反対です。
もちろん現在の学部学科が再編成されたって構いませんし、その結果、存在意義の疑われるような教員や学生が放っぽりだされても知ったことじゃありません。
けれども、その理由が、文系の学問の多くが実学でないから、つまり「一文にもならない学問」だから、というものであれば、これは許すべからざることです。

それは文系学問の根本にある機能が――哲学はもちろん歴史学や政治学、そして文学でさえ――ものごとを意味づけ、評価すること、あるいはそれを学ぶことにあるからです。
たとえば、なぜ我々は歴史を学ぶ必要があるのか。それは別段、この国の由来を知るためだけではありません。
我々が歴史を学ぶ必要があるのは、過去を知ることによって現在を意味づけ、評価するためです。
現代の社会がどのような経緯で成り立っているのか、その経緯をどう評価し、その先にある現在未来をどう意味づけるか。過去を通して現在を考えるのが、本来の歴史学です。
このように現代を意味づけ評価するということは、哲学や社会学においても根本は変わりません。文学でさえ、ある文学作品を通して人間社会を考察するものなのです。

こうした学問を学ぶことを「意味がない」と考える社会とは、どのような社会でしょうか?
それは現状に対しての批判精神を欠いた社会であると言わざるをえません。
何となれば、ものごとを意味づけ評価するとは、ものごとを批評し場合によっては批判することにつながるからです。
人々が現状に対して何ら批評的な眼を持たない、何の異議申し立てもしない社会というのは、私には恐ろしいものに思えます。
そして、おそらくはそうした批判を受けやすい対象である行政権によって、教育の場から、そうした学問が排除されてしまうというのは、やはり健全なことではないのではないでしょうか。

ちょっと中途半端ですが、今回はこんなところで終わっておきます。
この話題は、また機会があれば取り上げたいと思います。

それでは、それでは。