教育ホニャララ学ってネーミングはそろそろやめた方がいいと思う。

どうも、どうも。
なんと本日はブログ二本立てです。受験の結果報告だけじゃ、「そんなウチワの話はどうでもええわい」とか言われそうですからね。
まあ、フツーはそういうウチワの話をもっと大々的に宣伝とかに使うんでしょうが、まあ何というかV-netの先生はそういうのを嫌うヘソマガリが多くて……。誰か代わりに宣伝してくれませんかね?

それはともかく、まずお知らせです。
さっきのブログの最後にも書きましたが、3月27日に恒例のパーティーを開きます。
そのうちHPの「お知らせ」にのると思いますが、今回は松永先生の講演つきです(「文科省政策から見た、この国のこれからの教育方向性」)。
また、子供たちの英語発表会やキャロム大会、そして教師たちによるバンド「ブイネッツ」の演奏と、盛りだくさんの予定。
私もベース弾きますので、おヒマがあれば、ぜひご参加を(ちなみに無料)。

さてさて、やっと本題。
まあ私はこういう商売ですから、別に自分の子どもに心配がなくとも(いや実はめっちゃ心配なんですが)、教育本関係の書籍については目を通す機会がそれなりにあるわけです。
そんな中で「へえなるほど」と思うこともあれば「なんでやねん」と思うことも多々あるわけですが、まあ基本的にはみなさんと同じでイイトコ取りするような感じで役立てばいいかなあ程度の気分で読んでます。

今回、読んでみた本も、まあそんな感じの一冊なんですが。
タイトルは『「学力」の経済学』。まあ、めっちゃ売れてるみたいですねえ。
で、こいつをちょっと松永さんに借りたんで読んでみたわけですよ。そしたら……。

めっちゃコレ、わしらにケンカ売ってますやん。。。

だってさ。とりあえず目次みただけの感じだとさ。
「少人数学級とか意味ねーしー」とか「テレビとかゲームとか禁止すんの、マジ頭カテーじゃん?」みたいなことが羅列されてるんですもん。
こういうことって、松永さん筆頭にけっこうボクらが言うてることやんねえ。。。
しかも、「教育、主観で語ってんじゃねーよ、コラ。マジ、データが全てだろーがよ」みたいなケンカ腰だし。。。
け、経験とか全無視なんでしょうか。。。そうですか、すみません。。。

で、これはね。ちゃんと読んでね、いっちょ反論かまさなやってられんわい、と一瞬ヒートアップしそうになっちゃったわけなんですが、そんな折に前田先生から、
「いやいや、兄さん、そんなん炎上商法の一種ですやん。おもクソひっかかって、どないしますのん?」
という冷静なツッコミを受けまして、まあ、これは目くじら立てるようなもんでもないのかなあとも思ったりもしたんですが、せっかく目を通したわけでもあるので、以下、2点についてだけでも感想を述べておこうかなと。

①「テレビとかゲームとか叩き壊す親とかマジねーわー論」について。

某バイオリニストの方のことではありません。念のため。
さて、この件についてなんですが、ちょうど本書の52ページから書かれている内容で、副タイトルは「テレビやゲームは子どもに悪影響を及ぼすのか」といった反語を予想させるものや、「テレビやゲームをやめさせても学習時間はほとんど増えない」といった挑発的なものになっております。
当然、私は「なんだとコノヤロー」っと完全ヤクザモードで読み進めたのですが、意外や意外、その中で書いてある内容は、はっきり言ってフツーに無難なことでした。完全、肩透かし。
私はてっきり「ゲームとかガンガンやればいいんだよ! どんどんアタマよくなるぜい! ヒャッホー!!」みたいに煽ってくるのかと思ったのですが、さにあらず。
多少はそういうことも書いてありましたが、むしろ結論としては、
1日1時間程度、テレビを観たりゲームをしたりすること」には問題ないですよ、というようなことが書かれてあるだけ。

……あれ? それって……。

当たり前じゃないんですか?

いや、別にゲームとかテレビとか良くないよ派の人たちだって、息抜き程度に小一時間、テレビ見たりすることまで完全には否定してないと思うんですが。。。
ゲームをあまり好ましくないと考えるお母さんたちのなかにも、時間制限つきでやらせてるという人は多いんじゃないかと思います。
つまり、もともとゲームやテレビを疑問視する論者(私も一応、そこに含まれます)が問題にしているのは、それを無制限にダラダラやってしまうことなんですね。
テレビ、というか特にゲームには、ある程度の中毒性があるようにも思えます。したがって、ゲームをダラダラと続けて止めることができない場合、これは勉強以外にも、いろいろと弊害が生まれてくるんじゃないかと思ってしまうわけなんですよね。
そういうリスクがあるものが、テレビであったりゲームであったりするんだよ、と。
だから、ある程度、教育に携わる人間や子供を育てている人間は、リスクがあるものとして警戒しておく必要がある、ということです。
そして、そのリスクについては、実はこの本の中でもちゃーんと認めておるわけです。

「私たちの研究では、テレビ視聴やゲーム使用の時間が長くなりすぎると、子どもの発達や学習への悪影響が飛躍的に大きくなることが示されています。(中略)1日2時間を超えると、子どもの発達や学習時間への負の影響が飛躍的に大きくなることが明らかになっています。」(本書57p)

いや、2時間を超えてゲームやっちゃう子どもが多いので、皆さん悩んでるんじゃないのかなぁ。
まあ、以上のこととは別に、やっぱり子どもを読書好きにさせたいと願うような場合は、あんまりテレビやゲームをさせない方がいいのではと私は思いますけどね。
読書もある意味「暇つぶし」ですから、その「暇」な時間が他のものに占有されれば、その分、本に回される時間は少なくなります。これは「データ」ではなく「論理的」に。
まあ、本書にもあるように、確かにゲームやめたけど、めっちゃスマホ見てる、じゃ一緒ですけどね。

ということで、以上、この「テレビやゲームはほんとにクソなのか」論についての本書の主張は、実はすごく無難な、教育者なら誰でも言いそうなことでありました。
で、次行ってみよう。

②「少人数学級とか金ばっかしかかって意味ねーんだよ」論について

これについてはまず、論点が二つあると思います。
まず1点目ですが、それは「少人数」というものを、どれくらいでイメージしているのか。
この点で本書の著者が最初に出してくるのが、財務省の研究で、「少人数学級」を35人としています。
まあ、この時点で「そんなん40人とどうちゃうん???」という疑問が湧くのは当然ですよね。
ふつう、「少人数」というと、多くても20人以下、私なんかのイメージだと、10人以下なんですが(さらに言えば、私は10〜15人の教室に、授業進行の教師と、生徒の状態を観察チェックする指導教員の、二人がいれば理想だと考えています)。

とはいえ、著者も財務省の研究出して終わりってことにはさすがにしません。そのあと、20人学級の研究データも出してきます。ただしアメリカの学級ですけど。
すると何と、こちらのデータでは実際に効果があったと著者自身が認めちゃってるんです。
やばい! これじゃ少人数学級はやっぱり良いものってことになっちゃう! これじゃ財務省に顔向けできない(おっと。。)、それどころか炎上本になんないじゃん!
と、著者が焦ったかどうかは知りませんが、そこで著者は珍妙な解決策を持ってきます。
「少人数学級よりもっと良い(お金のかからない)学力向上の方法がある! それは子どもちに学校でこう言うのだ! 高卒と大卒では生涯年収1億違うんだぞ、とな!!」

……まあ、当たり前ですが、そんなことは学校の教師、特に小中学校の教師には言えません。ふつうにクレームがきます。
しかも、このアイデアが正しいとする「エビデンス」として本書が提示するのが、マダガスカルをはじめとする開発途上国のデータなんですよね。
日本人の子どもとマダガスカルの子どもたちとのメンタリティを、本気で比較できると著者は考えているのでしょうか?

さらに、「少人数学級」については、もう一点だけ述べておかねばならないことがあります。
それは、本書ではおそらくデータ化する必要もあってでしょうが、原則的に学力の向上の多寡を効果の目安としていることです。
しかしながら、巷間、少人数制が言われるのは、学力の問題からのみではありません。
儒教的価値観の希薄化や核家族一人っ子家庭の増加により、学校のような空間で集団生活を強制することは、いじめや学級崩壊の例を見るまでもなく、年々難しくなってきています。
こうした状況を改善するためには、本来なら、生徒ひとりひとりへの細やかなケアやフォローを要請していくべきでしょうが、それはもう教師個人の能力を超えて、不可能であると言えます。
つまるところ、少人数学級とは、こうした現代における学校集団教育の不全という状況への対応として出てきたのであって、学力はあくまでその一要素に過ぎません。
にもかかわらず、効果の多寡を学力に限って検証しようとする本書の議論は、やや見当外れであるような、あるいは何か別の意図があってわざとそうした議論に話を絞っているように感じました。

と、まあ、いろいろと書いてきましたが、要するにこの本も、「サブタイ的にはめっちゃ煽ってくるけど、中身はけっこうフツーに無難」というタイプの本でしたね。あと、エビデンスが大事という割に、データの引用の仕方が学問的作法として、けっこう微妙。

まあ、本書の売れ行きを見れば、著者というより、見事に炎上本に仕立てた編集者の勝利っていうことなんでしょうね。

以上、一気に書いてまいりました。やっぱり1日2本もブログ書くとしんどいな。。

そういうことで、まだまだ書きたいことが他にもあったような気がするんですけど、今日はこのくらいにしておきたいと思います。

それでは、それでは〜。

スリーカード

どうもどうも、受験シーズンもひと段落、というか受け持ち生徒に関しては無事終了、ということで、やっと少しばかりのんびりした日々を送れているわたくしですが(それはそれで良くない)、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて、その受験です。今年もシーズン終了ということで、一応のご報告を。

近年、私が国語をみている生徒は、その多くが、第一志望か第二志望に合格してくれておりまして、まあたまたま私が有望な生徒にあたっているだけなのかもしれませんが、本当にありがたいことだと思っております。
去年なんか、いったん志望大学を落ちた生徒が、このブログでもそう書いた後に、補欠で合格したなんてこともありましたからね。
そこで今年の生徒なんですが、これまたおかげさまで、なかなか素晴らしい成績をおさめてくれました。

何より嬉しかったのは、小4から面倒をみているSくんが、なんと慶応義塾高校、慶応志木高校、早稲田本庄高校、そのすべてに合格してくれたことです!

最近の傾向ですが、「音読サイコロ道場」をやっている影響なのか、個人指導に関しても、小学4年生とか5年生くらいから始めてくれる生徒さんが多くなっています。
直接的な受験対処法だけでなく、きちんとした国語力を早期から着実に身につけていってほしいと思う親御さんが増えてきている故なのでしょうが、実はSくんもそういう生徒の一人でした。

特にSくんは小3までアメリカにいたおかげで、英語は問題ないものの、日本語については、やはり普通に日本で育った子どもに比べて、かなり心配な部分がありました。
特にその心配は彼が成長するにつれ、つまり読み解く必要のある文章が難解になるにつれて、どんどん大きくなっていました。要するに、日本語として耳にしたことののない言葉が、通常より非常に多かったのです。
これは実はSくんだけの問題ではありません。
通常、帰国子女というと、「英語ができていいなあ」というイメージがあるかもしれません。
しかし、ずっと海外で暮らすならともかく、日本に帰ってきて日本社会でやっていく場合はメリットばかりではないのです。
どうしても国語力が不全になってしまう。記述力、読解力、そして何より語彙力が圧倒的に足らないのです。
帰国子女であるが「故に」、非常に苦しんでいる生徒を私は何人も見てきました。

ですから、Sくんの受験も決して楽な道ではありませんでした。
しかし、彼は非常に努力家でした。
何度も私の厳しい言葉に、時に涙を目にためながらも、必死に難解抽象語文を読み解いておりました。ぎこちない記述回答を叱責され、何度も何度も文章を書き直しておりました。
しかし、それほど頑張っていても、私はSくんのお母さまには、記述問題を多く出題する慶応系列の高校を受けるのは、正直、難しいのではないかと伝えていたのです。
なんとか勝負できるかもしれない、と考えるようになったのは、本当に試験直前、1月の半ばごろでありました。

ところが、フタを開けてみればびっくり! なんと志望校ぜんぶに合格するという3カードの達成なんですもの!
こんなに嬉しいことはありません。
今では私よりもすっかり背が高くなった彼が(昔は私の肩ほどまでしか身長がなかったのに!)、この間の頑張りを忘れないで、さらなる成長を遂げることを期待してやみません。

さて、次にびっくりしたのが、小6受験生だったNくん。都立中高一貫を第一志望に、私立巣鴨を第二志望にしていました。
残念ながら都立中高一貫は得意の理数系問題でポカをやらかしちゃったらしいんですが、それを補う私立校受験の結果。
なんと滑り止め含め、受験した3校全部に受かってしまいました!
こちらも見事な3カードです。

私が面倒を見るようになったのは、去年の秋頃からだったのですが、それまでは私立を受けるか都立を受けるかで、勉強方針自体、ふらついていたNくん。
最初にご両親を交えて面談した折には、私としてはベストを尽くすものの、そういう感じだと、都立ももちろんですが、私立の理科や社会の勉強が間に合わず厳しいですよ、とお話ししておりました。
実際、過去には、国語教科や算数教科がせっかく伸びても、中学受験の場合(というか、まだ幼さの残るタイプのお子さんの場合)、理社の暗記などが間に合わなかったというケースが散見されました。
ところが、そんな杞憂を吹き飛ばし、むしろ私立受験で大成功をおさめてしまいました!

もっとも、実際に教え始めてからは、上記のような問題は、ひょっとして杞憂かも、という予感はあるにはありました。
というのも、Nくん、実に大の歴史好きだったからです。
その歴史についての関心の高さと知識については、社会も教えている私からみても、素晴らしいものがありました。
その延長で、彼は社会科目については、最初からよくできる子どもだったわけです。

結果、もともと理数教科を得意としていた彼は、都立の作文対策なども通じて、苦手だった国語教科の実力をどんどん高めていけたことで、問題なく中堅私立中学に合格する実力を養えていたというわけだったのです。

さて、受験シーズンは終了なんて言いましたが、実は国立入試組はちょうど今、2次試験に向けて猛烈な頑張りを発揮していることでしょう。
今年はなぜか担当したのが理系センター対策組ばかりだったので、2次対策に私が関与することはありませんでしたが、なんとか頑張ってほしいと思っています(しかも、私が担当した生徒たちは皆、旧帝大や難関医科大の受験者という。。ほんとに頑張ってほしい!)。
そして、もう実は来年度の受験に向けての生徒たちとの対策も始まっています。
東大受験予定の者、文系私立難関志望の者、すでにエンジン全開な生徒もいれば、なかなかエンジンがかからないでいる生徒など、いろいろといますが、どうか彼らからもまた、来年の梅の花が咲く季節に素晴らしい報告を聞きたいものと思っております。

では、今日はこの辺りで。
それでは〜。

追伸。
そういえば、3月27日の日曜、年度おさめの毎年恒例V-netパーティーをひらく予定です。
今年は松永先生の講演「文科省政策から見た、この国のこれからの教育方向性」がもれなく付いてきます。
また、子供たちの英語発表会やキャロム大会、そしてだんだん本格的(?)になる教師たちによるバンド「ブイネッツ」の演奏もやります。
無料ですので、もしおヒマがあれば、ぜひご参加くださいませ。