想像力について

子ども読書道場(夏休み)どうもどうも。7月もまだ半ばだというのに、えらい暑さですね。
さて、今回はいきなり宣伝です。この夏休み、「子ども読書道場」という短期レッスンを行います。
小学生用のリベラルアーツ、とまではいかないんですが、子どもたちと私が選んだ「古典的」ながらも「おもろい」と思えるような小説を一緒に読んでいこうという企画です。
で、インプットするだけじゃなんなので、ついでに小説のレビューという形で短い作文も書いてもらいます。

普段、そんなに本を読まない小学生や、読書は嫌いじゃないけれど他に忙しくてなかなか本に手が伸びないといった子どもたちに、授業で小説の「読み聞かせ」を行うことで、少しでも読書の面白さを知ってもらいたい。
まあ、そんな思いから生まれた企画なんですが、せっかくなんで、このブログでも読書や小説に関わる話なんかをしたいと思います。

日本語能力、というか言語能力を涵養するのに、読書は最も手軽で効果のある方法です。まあ、これは皆さん、耳にタコができるぐらい聞かされてきた話だと思います。
でも、実は読書の効用というものは、それだけじゃあないんですね。

例えば、一つは集中力です。
没頭して活字を追うこと。30分でも1時間でも、ひとところで本を読み続けることは、集中して頭を使い続けることの訓練になります。
もちろん、こうしたことは他の作業でも身につくでしょうが、注意が必要です。
テレビを見たりテレビゲームをしたりして集中する、というのでは逆効果。これらはむしろ、アタマを散漫な状態にしてしまいます。
絵を描いたりパズルを解いたりするのは同様の効果が得られるでしょうが、やはり手軽さ、ということでは読書が一番なのではないかなと思います。

ですが、実はそれよりも私が重要だなあと思うことが読書にはあります。
それは想像力の涵養です。しかも二種類の想像力。

一つは言うまでもなく、「物語」を想像する力です。
つまり物語の世界を想像し、その登場人物などに感情移入する能力です。
こうした力の涵養は、他者の立場になって考える力を養い、また当然、何かを創造表現する源となります。

もう一つがーーある意味同じ力なのかもしれませんがーー現実を「異化」する想像力です。
「異化」とは、もともと文学理論の概念なのですが、現実をそれまでとは全く違ったものとして見させることを言います。
例えば、「春はあけぼの〜」といった文章を読むことで、普段、大して気にも留めていなかった日の出の風景を、特別な感興とともに眺められるようになる、そうした力です。

どちらかというと、私は後者の「想像力」こそが重要だと思っています。
普段、当たり前に見えていることに、全く別の意味を持たせる力、新鮮な驚きを感じさせる力。
こうした力は現実に対する知的関心を養い、また批判する力をも養います。
つまるところ、学問的な「知」の力の根本を養うわけです。

そこまで大げさに言わなくとも、現実に対して想像力を働かせることは、子どもたちの世界への好奇心を、より豊かなものへとしてくれるでしょう。
私自身、子どもの頃、読んだ物語のおかげで、見知った学校の裏山が小さなコロボックルの住処であるように思えたり、誰も言ったことのない火星や海底の世界に憧れを抱いたりしたものです。
繰り返せば、こうした想像こそが、やがては「世界」をもっと知りたいという知的な好奇心へと結びついていくのだと思います。

子どもたちだけではありません。
読書の体験は、私たち大人にとっても、いつでも「世界」を、「社会」を、新しい角度で、新鮮なものとしてみることを教えてくれるのです。

今回はこんなところで。
それでは、それでは。