いまんもレッスン日記③ 「学び」と「場所」

前田先生も書いているんですが、最近、V-netの「作文道場」では、ちょっとした実験的メソッドを試しています。
http://blog.livedoor.jp/tokyosawyer/archives/10634820.html

作文は音読やサイコロ計算以上に、「自分から何かを書こう」という主体性が必要です。
ところが、子どもたちはなかなか「文章をガツンと書く」面白さに目覚めてくれません。それどころか、学校などで「いやいや書く」クセをつけられている子までいる。
これを何とかしようと、これまでも前田先生と、2人で色々と試してきたものです。
そして、今のところ行き着いたのが、これ。
教師が無理に指導してやらせようとするのではなく、生徒同士がインタビューをし合うことで「文」を「作」っていく。
一週間にあった出来事を書いてもらったり、特定の課題について書いたりと色々ですが、ともかくも一時間で一本の「作文」を仕上げてしまう。
詳しくは上の前田先生のブログも読んでほしいのですが、今のところ僕たちが何も言わずとも、皆スラスラと集中して書いてくれています。

これは子どもたち全員が、一つの「場」に参加できるように、と知恵を絞った結果でもあります。

子どもたち自身が「思考」し「創作」する空間をつくり、運営する。
一人ひとりが勝手に自分の課題を「仕事」でもするように進める・やらされる空間ではなく、大学・大学院のゼミのような主体的な場にしたい。そういうふうに考えました。

どんなことを学ぶにしろ、それを行う「場」の雰囲気は重要です。

振り返れば、作文に限らず、「音読サイコロ道場」全体にしても、単に音読や計算の方法を伝授する「場」以上のものにしたいとの思いで、これまでやってきました。
ゆくゆくは個人指導で本格的にレッスンを受けていくにせよ、まずその入り口として、V-netがどんな場所なのか知ってもらいたい。
そして、そのV-netという「場」そのものが、「個」性の活性化を目指す場であるということを、知ってもらいたい。

そう、僕たちがいつも考えているのは、子どもたちを、いかに活性化させるかということです。
子どもたちの本来のエネルギーが、「勉強」等で必要以上に失われるのを防ぐこと。
いやむしろ、もっと活発になれるよう、教師を含めたそれぞれがエネルギー交換できる場であること。

つまるところ、教師含め、オモシロイ人間たちが集う「場」であること。

それはお題目ではなく、一人ひとりの「個」を認めるということです。
学校その他の社会で、どんな「問題児」であろうと「アスペルガー」であろうと、その「個」のオモシロさを大切にすることです。
そもそも「教師」である僕たち自身が、社会全体から見れば「問題児」であり「アスペルガー」なのですから。
「多様性」とは、そういうものだと思います。
もちろん、ガツンと怒るときは怒る。「教師」だって「大人」だって、腹がたてば怒るのは当然です、でも、そのオフザケがちょっと「悪い」ことでも、面白ければ、ついぷっと吹き出してしまうこともある。それもまた、人間です。

僕は、何かを「学ぶ場」というのは、あくまで「人間」がつくるものだと思っています。
「教師」や「大人」が教えて、「子ども」が従う場ではない。
あくまで一人ひとりの「人間」同士が交感し、共感していく中で、つくっていくものです。

「教育」とは本来、誰かの行いに、他の誰かが共感し真似をする、
そんなささやかながらも奇跡的な交流から、生まれるものだと思うからです。

それでは、それでは。
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