高卒認定試験について

どうもどうも。
さて本日は朝から朝刊を読んでみると、「大学入学共通テスト」とかいう例のセンター試験の後継テスト、あれのモデル問題がでかでかと載っていたんでその話題を、とも思ったんですが、どうせなら生徒の反応を見てからの方が良かんべな、ということで当該話題は次回。

じゃあそんな重要な問題を次回に回して今日は何の話をするかというと。
ズバリ、「高等学校卒業程度認定試験」。
略して、高卒認定試験。

何じゃそりゃ聞いたことないなあ、っとあまり耳に馴染みのない方もいらっしゃるかと思いますが、じゃあこう言い換えたらどうでしょう。
大学入学資格検定。つまり、大検。

高卒認定ってのは、要するに、この大検のことなんです。
2005年から旧大検は廃止されて、この高卒認定試験に替えられたんですな。
そう、つまるところ高校を卒業せずとも、高校卒業と同程度の学力を認められる(つまり大学とかに進学できる)、あの資格試験のことです。

で、どうしてまたこの話題を当ブログでするのかというと、実は僕の受け持つ生徒にはこの試験を受けるって子どもが結構多い。
昔、いわゆる不登校についての記事を書いたことがありますけれども、そういう不登校だった生徒のみならずオルタナティブ・スクールに通っていた生徒なんかが、何の因果か以前から、受け持ち生徒にじわじわ増えていたからです。

何の因果か、と書いたのはもちろん、僕自身がやはり大昔、昭和から平成に切り替わる頃の不登校児だったからです。
僕自身が、中学二年から学校に通わなくなり、当然高校にも行かず(というか正確には入学してすぐ中退し)、ぷらぷらしつつもやっぱり労働するより勉強した方がいいなと思い直し、それでもって大検を取得し大学に進学した人間だからです。
それで今、似たような(といってやっぱりみんな境遇は違いますが)ライフコースを歩む子どもたちを教えることになってるんですから、人生は不思議なもんですよね。

で、この高卒認定。
だいたい8〜10科目の試験を受けて全てパスできれば高校卒業程度の学力を認めるというもの。
いわゆる英数国の三教科に社会系科目の世界史と日本史(もしくは地理)、理科系選択科目を2科目ないし3科目、あとは「現代社会」とか「倫理」「政治経済」なんかを取っちまったら終わりです。
試験は一年に二回。8月と11月。一度合格した科目の成績記録については次回試験に引き継げるので、何年かけて取得したって構いません。
合格最低点は発表されていませんが、だいたい50点〜60点。59点以下受験者平均点によっては、それより低い点数でも合格可能性があります。

さて、この試験を難しいとみるか簡単とみるか。
個人してには、少なくとも試験だけ見れば、それほど難しいとは思いません。
何と言っても複数回受験できるのが大きい。しかも今では年二回。
僕が旧大検を受験した時は確か8月の一回だけだったはずですから、そこからみてもチャンスは広がっています。
ですから、確かに一回の試験で全科目合格しようと思ったら、それはハードル高いですけれども、まあ二年越しくらいの計画でやれれば、問題ないように思います。
しかも最低合格点も決して高くはありません。60点となると、まあまあですが、実際のところは50点前後で合格できるのでは、と巷間言われております。

でも実のところ、これでも僕が大検を受けた時に比べると、制度的にもしっかりしていて、やや難易度も高くなっているのかもしれません。
おそらくこの25年くらいの間に、受験する子どもたちがずいぶん増え、また多様化したからでしょうね。
僕が受験した時なんかは、まだ「保健・体育」とか「簿記」なんて科目がありましたからね。どんな問題だったかさっぱり覚えてませんが。
また「簿記」なんて科目があることからもわかる通り、大検受験生が大学に進学することなんて想定されてないんですよ。せいぜい専門学校くらいでしょってな感じです。だったら帳簿付けぐらいできた方がいいよねってことだったんでしょうね。
実際、試験会場もメチャクチャで、誰も受験番号順に会場座席に座ろうともしない。試験中でも平気でベラベラ喋っちゃう。
まさにフリーダム。いや動物園状態。受験者の半分くらいはチンピラ風の人たちでしたよ実際。
(注:いやあくまで僕の個人的な体験ですからね。そうじゃなかった年度や会場もたくさんあったと思いますよ)

まあ、その頃に比べれば、今はずいぶんマトモな制度になっていると思います。
ただ、受験生に関しては変わらないこともある。

それは勉学に対する、ある種のコンプレッスクスです。

僕の現在の生徒たちも含めて、色々な事情で高卒認定を受ける子供達は、やはり一定程度、「ふつうの勉強」からは離れていた時期があります。
したがって、当然、同年の子どもが知っているような勉強についての知識を、まるで持ち合わせていないことが、ままあるわけです。
もちろん、例えば僕の生徒たちなんかは、「ふつうの勉強」はともかく、自分の興味ある分野に関してはとても優秀です。それは以前のブログでも書きました。政治思想・運動を自ら学ぶもの、史的知識を貪欲に吸収するもの、創作教養の研鑽に日々励むもの等々、実に魅力的な人物が多い。

しかし、そんな彼らでも、例えば「英語」の基礎的な文法がわからない。いや、そもそも知らない聞いたことがない。
あるいは数学の公式がわからない。社会の歴史をまるで知らない。
そして、その事実を恥じてしまうわけです。十代の自意識がそれを「恥」と感じさせてしまう。
大人なら、恥ずかしがることなんてないさ今からでも遅くないさわっはっは、てなもんでしょうけど、思春期の感受性に優れる彼らはそうそう鈍感にはふるまえません。
やはり、コンプレックスに感じてしまうわけです。
そうすると、ますますその分野の学習が進まない、遅れてしまうわけです。

僕の場合は英語と数学でした。
「復帰」後、初めて英語の授業を受けた時「I have been〜」という完了形の文章を見て「私は豆を持ちながら。。。???」という恐ろしく頓珍漢な訳文を考えたことがありますがそれも今では良い思い出です。嘘です。今でも身をよじります。
僕の場合はなんとかその後コンプレックスの克服に成功しましたが、このコンプレックスの「壁」を破ることが、なかなか大変なんですね。ほんとに。おそらくふつうに学校に通っていた人には想像ができないほどに。
僕の場合は英数でしたが、人によっては社会科目や理科科目なんかでも、同じようにしんどい思いをすることがあるでしょう。

繰り返すなら、高卒認定の試験自体は、それほど難しくないかもしれません。
しかし、こうしたコンプレックスと戦いながら、ある教科を基礎から学び直すことは結構大変かもしれません。

とはいえ。
僕自身がそうだったように、そんな「壁」も必ず破れる時が来ます。
高卒認定をクリアしてやがて大学受験に向かい大人になる中で、ああそんなこともあったなわっはっはっとオッサン的鈍感さを身に付けることも可能です。
そうなった時、少しの間、「ふつうの勉強」を休んでいたことがかえってプラスになる。
もとより知識欲は盛んな子どもたち。休んでいたぶん、まだまだ十分空きのあるアタマに新しい知識を吸収することに、他の人より夢中になれるはずなんです。
実際、恥ずかしながらも僕がそうでした。
まあ僕の場合はそれに夢中になりずぎて、ちょっと長く大学に通いすぎましたけれども(正直、それはあんまりすすめません)。

ともかくも。
8月の試験日までおよそ3ヶ月。
今年、高卒認定を受ける生徒も、また来年以降にそれを考える生徒も、皆が皆、自分の中の「壁」を打ち倒して、未来の可能性に向けてまた一歩、足を踏み出していってもらいたいと思っています。

それでは、それでは。