ASD、ADHD、ボーダーって、人を記号で分類せんといて

どうも、どうも。

そろそろ梅雨が近づいてくる今日この頃。みなさん如何お過ごしでしょうか。
僕はとっても気が重いです。というのも、雨が大嫌い。雨が降る日はなるべく外に出たくない。低気圧のせいか体調も悪い。

なんて。
さて、今日はちょっと身内の話から。ウチの娘の話です。
ウチの娘、現在、小学三年なんですけれども、だいぶん変わり者です。いや、僕が言うのもなんなんですけどね。
美術や音楽が好きで、しかも自然が大好きで、そういう感性に優れてるところは、親バカかもしれませんが、まあ良いところだよね、と思います。

でもね。
学校生活的には、だいぶん困ったさんです。
ちょっと、「ADHD」、つまり多動的傾向。

まず忘れ物がめっちゃ多い。かなり注意しないと、いろんなものを学校に忘れてくる。
時間内に課題がだいたい終わらない。テスト中、「なんか想像してた」せいで半分以上白紙とか平気でやる。
体育の時間、みんなが着替え終わっってグランドに出てるのに、一人教室でなんかゴソゴソやってる。
宿題にえらい時間がかかる。ドリル1ページやるのに、2時間も3時間もかける。。。。
学校公開に見学に行ったら、授業中一人机に突っ伏して寝てる。。。。。。。
等々、いろいろとやらかしてくれてます。

ときどき、一応こういう商売ですから、勉強というか宿題を一緒にやったりするんですけれど、まあほんと僕に似て多動的。
すぐに何かいらんこと始めるし動いてないと思ったら意識どこかに飛んでっちゃってるし。
結構なストレスです。教えてると。

まあね。
考え事に集中するあまり電車乗り過ごしたり駅に荷物全部忘れて電車に乗っちゃいそうになる僕が言えたことではないんですが。
いや、そうなんです。
つまり、全部僕に似てるってことなんですよね。ひどいことに。

でもまあ、やっぱり親としては心配なわけです。
もちろん、こんなのは大した「症状」ではないですし、種類傾向は違えども、もっと重要深刻な悩みを、いろんな親御さんが抱えているのは百も承知。
僕自身そんなに心配してない、っというより僕自身が立派かどうかはともかく何とか大人になってるんでまあ大丈夫でしょう、と思っています。が、やっぱり妻はいろいろ心配してます。

大丈夫! それがヒトとしての個性なんだ! 素晴らしいじゃないか!
と、きっと他人はいうでしょう。実際、みんなそう言います。
でも、ね。

そういうことじゃ、ないんですよね。親の心配ってのは。
勉強なんて、どうでもいいです。
ちゃんと大人になってくれることも、疑ってはいません。
そうじゃない。
心配なのは、「今」、なんです。

学校ってところは、良い悪いは別にして、日本社会の縮図というか、つまり「村」みたいなところです。
その村的共同体の中で、そういう「変わり種」の子は何かヒドイ目にあうんじゃないだろうか。いや、いま既にあってるんじゃなかろうか。
自分たち自身がヒドイ目にあってたような気もするんで、よけいにそう思うんですよね。
きっと、そんなことはないんだろうし、いやむしろ、ヒドイ目にあうことで、子というのは成長するんだろう、と頭で判っていたとしても、です。

これは、きっと「その子」の親でなければ判らないのでしょう。

でも、ね。
おかげで僕は、いろんなお母さんたちが、自分の子どものことで心配している気持ちに共感できます。痛いほどに。
「この間、学校公開行ったら、授業中なのにずっとこっち見て喋ってくるんですよ」
「お友達に混じらず、ずーっと一人で消しゴム削ってるんです」
「出かけると必ず何か忘れ物をしてきます」
「先生の話をまるっきり覚えていません!」

大丈夫です。何も心配いりませんよ。他の子と変わらず、楽しくやってますよ。

僕も、そう言いますし、それは事実です。
でも、そんな「言葉」だけでは、心配はどこかに行ってくれませんよね。

僕には一人、印象深い生徒がいます。
今からもう十年以上前の生徒です。
当時、彼は小学生。とにかく国語ができない、ということで依頼を受けました。
ですが、レッスンをやってみると、国語ができないというより、まず物語の登場人物の気持ちが全く理解できない。さらに言えば、こちらが想定もしていないような、突飛な読み方をする。
レッスン中もずっとゴソゴソしていて、内容に集中できない。
と思えば、関係ない話を、自分の関心のまま、喋りたいだけ延々と話している。

当時はまだ「ASD」も「ADHD」という言葉も「ボーダー」なんて言い方も、今ほど一般的ではなくて、一体どういうことなんだろうと悩んだものです。

でも、ね。
彼はずっと楽しそうでしたよ。
何をするのも。
折々に自分が集中できるものを見つけて、一生懸命それに取り組んでいました。
もちろん、勉強も。
国語は最後までそんなに好きじゃなかったと思いますが、英語が大好きになって、留学もしていないのに、高校生の頃には、ほとんどペラペラになっていました。

そう、彼には小学校から大学受験まで、ずっと勉強を教えました。
いや、勉強を? 単に彼の話し相手になってただけかもしれませんが。
繰り返せば、彼はいつも楽しそうでした。
もちろん、人間関係に悩んだこともあります。その相談をされて、涙を流す彼を必死に慰めたことだってあります。
でも、それでも。
自分が「変わり種」であることを自覚しても、「でも、それで何が悪い?」と言って、彼は、自分の好奇心のままに毎日を、人生を楽しむことに一生懸命でした。ほんとに。

彼は名門と言われる私立大学に進学しました。
今は会計士を目指して、頑張っているそうです。

「言葉」で心配はどこにも行きません。
でも、それでも、僕たちは「言葉」で言いきかすしかありません。その、よくわからない「心配」を。
こんなふうに。

「でも、それで何が悪い?」

今日はこの辺りで。
それでは、それでは。