「子ども読書道場」を奥多摩でやってきましたよ

どうも、どうも。
いよいよ8月ももう終わりというなか暑いんだか涼しんだかようわからん天候が続いておる東京ですが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。9月もやっぱり暑くて雨なんでしょうか。

さてさて、そんな中、先週金曜日、「子ども読書道場」を奥多摩の「囲炉裏教室」で行って参りましたよ。
参加者は四人。
小6、小5、小4、小3と見事に年齢がばらけてしまいまして読む本に色々迷ったんですが、ここは鉄板、シャーロックホームズものにしました。
中心的に読んだのは、「最後の事件」と「空き家の冒険」。
ホームズが宿敵モリアーティ教授と対峙して、「ホームズ死んでしまったん?」と思わせながらの、無理やりの展開による復活!までを読みました。

男の子はやっぱりこういう探偵もの、冒険ものが「好物」ですよね。
合間にこの後の展開がどうなるか、犯人や動機は何かなど、ちょっとばかり話す機会をもうけるんですが、「僕はこう思う」「いや、意外とこうかもしんない」っと、大盛り上がりで話をしてくれました。
読書には、一冊の本を寝食忘れて一人読みふけるという楽しみ方ももちろんありますが、同時に同じ本を読んだ者同士がお互いに感想を言い合ったりして盛り上がる、という楽しみ方もあります。
「読書道場」では、そういう「読書家同士が色々ものを言い合う楽しさ」みたいなものも、ちょっとだけ体験してもらえればという意図もあったりするんですよね。

さて、午前中2時間半ほど一緒に読書し昼食後は、前田先生のサマースクールと合流。川遊びに興じました。
まあ、遊ぶ遊ぶ。泳ぐ泳ぐ。
相変わらず冷たい奥多摩の川水も何のその、いつものように河原で焚き火も始めると、川水で冷えた体を数分乾かし、再び川への繰り返し。
まあ、かくいう僕も、ついに河原の暑さに耐えきれず、服のまま川で泳いじゃいましたが。

その後、後半戦。
3時半から再び、読書と作文。
件の「空き家の冒険」を読み終え、いやーやっぱりホームズ生きてたねえ良かったねえでもちょっと展開が無理やりだったねえなどと感想を言い合いつつ、でも実際、作者のコナン・ドイルは先の「最後の事件」でホームズものを止めようとしてたんだけど苦情が殺到、今風に言えば「炎上」しちゃったせいでこの「空き家の冒険」を書いてシリーズを続けることにしたんだぜ的なウンチクを僕が述べた後、それぞれ作文を書いてもらいました。

作文の時間は前回の反省を生かして(前回はだいぶ時間がおしてしまったんですよね)、十分に時間をとりました。
サマースクールから合流のY君は「おいらは今毎日作文書いてるからメモなんかいらんぜ!」っとメモなしで作文に突入。他の3人は僕がインタビューする形で簡単なメモを作ってから作文を書き始めました。
その日の結果だけみると、やっぱり簡単にでもメモを作っておくと、「見取り図」があるぶん、実際に原稿に書く段になると早いし簡単みたいですね。
一人、「作文やだー面倒だー苦手だー」とのたまわっておった小4I君も、出来上がって見れば、けっこうちゃんとした、おもろい作文に仕上がっておりました。
皆さん、インタビューからメモ作っての「作文道場」式の作文法は、一見めんどくさいかもしれませんが、やっぱりけっこう有効でっせ。

そんな四人の感想で、共通していたのがホームズの「性格の悪さ」。
モリアーティの部下を「雑魚」と読んだり、自分より頭悪い連中を明らかに見下していたりと、圧倒的に「傲慢」なホームズのキャラクターを新鮮に感じたみたいでした。
これはその作文を読んだお母さんも同様だったみたいで、ホームズって意外と「英国紳士風」に思われてるんですね。

そして今回、個人的に嬉しかったのが、前回7月の「読書道場」に参加してくれていた子どもたちの反応です。
先のY君や、合流したサマースクール組の中の何人かが前回の「読書道場」参加者だったのですが、彼らが一様に前回読んだ「怪人二十面相」を「めっちゃおもろいよ!」と言って他の子にもすすめてくれたりしていたんですね。
特にそのうちの一人、G君は知らないうちに続編の「少年探偵団」を自分で購入し、サマースクールにまで持ってきて読んでいました。
こういうふうに「本を読むのってオモシロイな!」って思うようになっていってくれたら、僕としても「読書道場」をやっているかいがあるってもんです。

ということで、次回以後も、今度は休みの期間じゃなくても開講していきたいなあと思っております(時間がうまく調節できれば。。。できるのか?ほんとに?)。
で、できればほんとはもう少し、登場人物たちの心の動きというか、心理的な深みみたいなもののある物語を読みたいとも思ってるんですがね。
ただ、なかなか短編や中編で、しかも文句なくおもろい!といった感じのそういう小説が、僕が無知なせいか児童向け小説では見当たらないというか思いつかない。まあ活発というよりほぼ野蛮という形容がふさわしい男子諸君を念頭においてるせいもありますが。。。
もし、これ読んだ方で、こんな小説どうでっか?というものがあれば、今田までご一報ください。

それでは、それでは。

8月焚き火 in 奥多摩

どうも、どうも。
東京は夏だというのに毎日なんか曇ってばかりの日が続いていますが皆さんいかがお過ごしでしょうか。ひょっとして僕が暑さを呪い続けたせいでしょうか。

さてさて、この日曜日は恒例の焚き火の会 in 奥多摩に行って参りましたよ。
なんと今回、我が家は娘のみならず、たまたま東京に遊びに来ていた甥と姪も参加。
相変わらずアウトドアで全く役に立たない僕は引率者というより完全保護者の一人でした。松永先生、前田先生、レイ先生、すみません。

けれども当日はあいにくの天気。
冒頭にも書いた通り、東京は曇り続きで日曜も8月というより9月上旬の気温。
川の水は増量してるしめっちゃ冷たい。
足をひたしているだけで、大人は凍える冷たさです。

ですが。

まあ、子どもにはあんまり関係ないんですね。やっぱり。
関係なく、飛び込んでおりました。滝壺に。
最近、その楽しさを知ってしまった娘も何度もチャレンジ。ついには三年生にはちときつい、一番高い岩からもダイブしておりましたよ。親の心配子知らず。

午後からは前田先生サマースクール組も合流。
かつてないほどの大人数になって、まさに「子ども祭り」状態でした。
昼食の豚汁も焼きそばも完売。ほんと、大盛況でしたよ。

甥と姪も楽しんでくれたようで、川の上流に探検に出かけたり、女子チームを作って男子たちに(主に標的となった中学生に)水鉄砲で執拗に水をかけたり。
甥は松永先生持参の豚トロ焚き火串焼きがチョー気に入ったようで、翌日になってからも「あの豚トロ、めっちゃうまかったな。また食いたいなあ」と腹回りの贅肉を気にしながらのたまわっておりました(小5男子甥のお腹は既に中年のごとき貫禄をたくわえてしまっているのです。残念です)。

そんな中、僕が注目したのは小学生たちの喧騒を避けて一人黙々と勉強をする男の姿。
中学生Y君。何もこんなところまで来て勉強せずとも、とも思いますけど変わり者Y君はどこ吹く風。あくまでマイペース。
でも、まあ。わからんでもないですね。
「マエスク」が最たる例ですが、いつもと違う自然環境の中、ふと勉強したり読書したりしてみると、思った以上に集中できたりするもんです。
そんな僕だって、お盆中帰省していたんですが、親戚と行った有馬温泉や妻実家でなぜか本ばかり読んでましたよ。なぜか、普段より気分良く、集中して読めたりするから不思議です。

そんなこんなで今週も金曜日、明後日ですが再び奥多摩に行ってきます。
今度は奥多摩の「囲炉裏教室」で、8月の「読書道場」です。
まさしく、いつもと違う自然環境のなか、集中して読書できると良いなあと思っとります。

さてさて、今日はこの辺で。
さすが8月夏休み。多忙です。なかなかブログも更新できず記事も短くなっちゃいますね。
8月行った授業のことや作文のこと国語のこと、いろいろ書きたいことはあるんですが、間に合いません。またの機会に。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みに文章を書こう

どうもどうも。

夏なのに妙に涼しいなあなどと思っていたら急に蒸し風呂みたいな暑さになったりして全く自律神経がついていかないよ何か風邪ひきそうってな感じの日が続いておりますが皆さん如何お過ごしでしょうか。僕はもう一回風邪ひきました。

さてさて。最近は夏休みということで、普段はV-netに通えないようなお子さんのレッスンが続いております。

その依頼の内容はというと、今夏は、というか毎夏休み多いのが、やっぱり作文です。春先の休みは入試、というか国語全般のご相談が多いのに対して、夏休みは宿題の影響でしょうか、作文の依頼が多いんですね。

いま宿題、と書きましたが、夏休みの宿題と言えば、読書感想文。

子どもたち、だいたい嫌いですよね、読書感想文。その他、日記とか自由研究とか、いろいろな作文の宿題。

でも、ね。

やっぱり重要です。作文。というか、文章を書く力。でっちあげる力。

特に子どもの、小学生くらいの年齢で、文章を書く力を身につけておくと、後々、楽ですよね。

読書感想文なんて、本読んで感想なんて何もないよ、おもろかったの一言で終わりだよ!って気分にも確かになりますが、一方で大人になれば、特に感想も何もないレポートをクソほどでっちあげる必要が出てくることも事実です。

今さら言うことでもありませんが、日本で生きている限り、日本語で文章を書く、作る作業から逃れることは、なかなか出来ません。大人になれば、なるほどそう。

でっちあげもたくさん書かねばならなくなる。例えば就職時のエントリーシート。「本当のこと」を書いてたら、誰も就職できませんよ(っと、就職したことないオッサンがテキトーなことを言ってます)。

でも、こういうでっちあげの文章。思ってる以上に、書くのに困ってる大人は多いみたい。新書のコーナーに行けばわかります。「文章の書き方」的な本の多いこと多いこと。ネットで文章、書き方、で検索すれば、死ぬほど類似のページが出てきます。

となると、やっぱりこういう力を子どもの頃に身につけておきたいところです。

どうすれば、いいか。三つ必要です。

一つはやっぱり定期的に書いておくこと、書き続けること。これは、前にもここに書きましたよね。

文章ってやつは書けば書くほど上手くなります。どんなに下手でも書き続けることです。そのうち、その子どもなりのリズムというか、書き方みたいなものが、ある程度出てきます。逆いうと、長いブランクがあると大人だって「あれ?この文どこで切ればいいの?意味不明に長い文になっちゃったけど」って感じで書き方がわからなくなってしまいます。

次に読書。

やっぱりアウトプットするにはインプットが必要。「何でもいいから文章を書け!」って言われたって、その「何でもいい」のお手本がわかってなければ書きようがない。かといって文を書く段になって「お手本の文章」を探すことなんてできません。だから出来れば普段から本読む習慣があってほしいところ。逆にいつも本を読んでいる子はアイデアさえあれば、自然と言葉が出てきます。

最後はやっぱり自信を持つこと。

これには周りの大人のフォローが必要。とにかく子どもが頑張って書いた作文は褒めてあげること。いや、もっといえば「演技」が大切。いかにも面白い、笑える、すごい!こんなに書けるんだ!って感じで演技してあげてほしいです。親が、大人が、自分の書いた「作品」に興味を持ってくれている、面白がって楽しみにしてくれている、っと子どもに感じさせること。特に小学校の中学年くらいまでなら、これが、子どもが自分の文章力に自信を持つきっかけになる。

とはいえ。

三つ目のもの以外、はっきり言って、そう簡単ではない。少なくとも、周囲の大人の努力だけでは、なかなか文章を書く習慣も、読書の習慣も簡単には身につきません。もし簡単なら、親ならみんなもうやってるはず。

ということで、せめて夏休みくらい、学校や習いごとのないときくらい、腰を据えて文章を書く練習を、読書を、やってくれないかなあ?っと多くの親は思ってしまうし、その思いを汲み取って出されるのが各種の作文の宿題なわけです。たぶん。きっと。いや惰性で出ているわけじゃあない、よね?

でも、ここに落とし穴が。

大人の皆さんも覚えていると思いますが、夏休みの宿題ほど、うっとうしく面倒なものはない。せっかくの休み、勉強や「学校的なもの」から解放されたいのに、こいつのお陰で解放感もなんだか半減。とくに作文は後回しになったあげく、夏休み終盤にひいひい言って仕上げた記憶もあるはずです。

はっきり言って、これでは意味ないですよね。上に挙げた三つ目の要素、「自信を持つ」の反対の効果しかない。つまり「文を書くこと」にネガティヴな印象ばかりが付いてしまって、かえって作文が嫌いになってしまいます。その挙句、大人になって「文章の書き方」のような本を読んでるんじゃ仕方がない。

では、どうすれば、いいのか?  夏休みの作文をポジティヴにこなせて、できれば文章を書くのを好きになってもらう方法は?

そうそう都合よくはいかないにしても、せめてポジティヴには乗りきってほしいところ。それくらいなら、多少は大人の出番もあります。特に子どもが3〜4年くらいまでなら。

それは何とかイベントにすることです。あくまでイヤイヤやる課題ではなく、「作品」をつくる感じを醸すこと。

夏休みの工作とかと同じことです。できれば、お父さんお母さんも、同じ本を読んで、一緒に作文を書いてもいい。それができなくとも、せめてそういう1日をつくって一緒に作文を仕上げてあげて下さい。もし読書感想文なら、本を選ぶところから一緒に選んであげてほしい。

決して、子どもだけの、「孤独な作業」にしてしまわないことです。孤独な事務のごとき「作業」を楽しくやれるはずがない。そうではなく、「文章をつくること」は、あくまで「創作」のはずなのです。そして「創作」とは、できれば皆で「楽しむ」もののはずなのです。

だから、当然、それは自由なものでなくてはならない。あれをしてはダメ、これをしてはダメ、で面白いはずがありません。例えば「感想文」から離れたものになってしまったって構いません。あくまで「文章」を「創作」することが目的なのですから。

「何だか読書感想文というより、小説というか、マンガみたいなギャグばっかり書いてて。。。」別にいいんです。そんな「創作」ができるのなら、思いっきり褒めてあげて下さい。だって大したものでしょう? 他人の「創作」に刺激されて、感想以上のものをうみだすことができたなら。

そう、ここでも同じことを言います。出来上がった「作品」は、それがどんなものであろうとも、褒めてあげてほしい。「演技」して面白がり喜んであげてほしいと思います。それによって作文という「夏休みの宿題」が、個人の「創作活動」として完成します。読み手を持ってこその「作品」です。

そうして、その「創作」を成功させたという幼い記憶こそが、文章を書く、という力を、才能を、その子に芽生えさせるきっかけとなるはずです。

今日もいろいろ長々書いてしまいました。できれば多くの子どもたちにとって夏休みが楽しいものになってほしいと思います。

ということで、僕はこれから娘の夏休み課題、「フォト俳句(何か写真とって俳句をそれに付けるとかいうやつ)」の対策を娘と一緒に考えます。

それでは、それでは。