漢字を覚える方法

どうも、どうも。
夏休みが終わるとともに急に涼しくなってきちゃって秋の気配もただよい始めた今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。涼しいのは最高ですよね。雨を除けば。

さてさて。今日は漢字のお話。
最近、というかここ数年、僕だけがそう思ってるのかもしれませんが何だか漢字をあんまり書けない覚えない子が一昔前、そう十年くらい前に比べると、増えてきているような気がします。いや、ほんとに気がするだけなのかもしれませんが。

もちろん、中には漢字大好き!って少年少女もいないわけではなくて「習ってないけど、これって漢字でどう書くの?」と無邪気に聞いてきてくれる子だったけっこういます。
が、その一方で小学校の中高学年になっても作文書かせると平仮名だらけ、って子もけっこういるんですね。
これがまあ高校生ぐらいだと、「スマホ、パソコンやりすぎで漢字忘れてきちゃってんじゃないのー?」っとまだ笑いのネタにもできるんですが、小学生だと、ほんとここでちゃんと漢字が入ってないとけっこうずっと苦手なままだよ、という危機感も湧いてきちゃうわけなのです。

まあ。実際、僕なんかも国語の先生でございってな顔してるわりに漢字を書くのは苦手な方です。
商売柄、今ではまあその辺の大人よりは漢字書ける方になりましたけれど、この仕事始めたばかりの若い頃は、けっこうひどいもんで黒板の前で恥かいた経験もけっこうありましたよ。
それというのも、僕は子どもの頃から文章書くのは好きな子供だったんですけど、字が汚いのがいやで、それこそ小学校中学年くらいから生意気にもワープロで文章書いてたんですね。物好きな祖父が与えてくれましてね。
おかげで学校の宿題以外で漢字を手書きで書く習慣があまりなく、思春期以後はご存知の通り不登校になり落ちこぼれ。いわゆる学校的勉強からも遠ざかり、ますます漢字と縁遠くなってしまったというわけなんです。何の因果か国語の教師になるまでは。

じゃあ、こんな僕の経験含め、やっぱりパソコンだスマホだ何だと世の中が手書き文化から離れる一方なのが、子どもの漢字離れ?の原因なのでしょうか(いや繰り返せば僕の思い込みで離れてないのかもしれませんが)。
まあ多少は関係ありそうにも思いますが、でも、いくらなんでも小学校の低学年や中学年からスマホいじり倒しみたいな子どもは少ないでしょうし、それだけが原因ではないでしょうね。

正直、よくわかりませんね、原因は。今のところ。

ただ原因が判ろうが判るまいが、やっぱりこの国で生きる上で、漢字は重要です。

何より漢字を知らないというのは、この国においては難解な思考に耐えられない、ということにほかなりません。
いわゆる論理的思考に欠かせない抽象語。
今書いた「難解」「論理」「抽象」。これ全部、2字からなる漢字熟語でできています。
「概念」「相対」「形而」「帰納」。こういう抽象語=漢字熟語を使用して僕たちは思考し論理化し記述しているわけなのですから、その漢字を知らず言葉の意味もちんプンカンプンでは、その記述されたものを読んでもチンプンカンプンとなるわけです。もちろん自分で同様の思考を組み立てることだってできません。

それに実は日本語は漢字を輸入するなかで語彙を充実させてきたという歴史故に同音意義語がめっちゃある。
「そうたい」「そうたい」「そうたい」=「相対」「総体」「早退」。全部、意味全然違うわけです。戦後直後、GHQ占領下で日本語を全部ローマ字にしようなんて議論が行われたことがあるんですが、実際には不可能だったでしょうね。

とどのつまり、この国で生きていくいく上で、漢字は絶対的に必要です。
最低限の漢字や熟語は知ってなきゃいけないし読めなきゃいけない。
漢字が苦手だった僕も、読むことだけは得意でした。まあ、そういう人は多いと思いますが。

で、せっかく読めるのなら書けた方がいい。偉そうには言えんが。

しかし、じゃあどうやって覚えるのか。
よく学校でやらせるのは、習った漢字を10回も20回も書かせるやつ。悪評高いやつですね。
まあ、あんまりにも悪評ばかりなので、最近の学校ではやらせないところもあるのかも知れませんが、うちの娘なんか見てると、やっぱり何が楽しいのか5、6回くらいは「書き写し」てますね。「写経」と僕らは呼んでるんですが。
で、これはやっぱり、よほど意識的に行わないと意味ないわけです。
単に「機械的」にやってたって「自動化された作業」でしかなく記憶には残りません、あんまり。

じゃあ、どうすればいいか。
そのやり方については、正直なところ、僕もまだまだ模索中です。
とはいえ、今のところ一番効果的と思われるのは以下の方法です。

それは、「口で説明させること」。
いきなり書くんじゃなくて、漢字の部首、つくり、その他の組み合わせを口で説明できるくらいしっかりイメージできるようにし、その後に何度か書いてみる。

まず手本を見てその漢字の部首、つくり等々の組み合わせがどうなっているかを理解します。
次に目を閉じてその「字」がどう組み合わ去っていたか、しっかりイメージできるか試します。
その上で、その組み合わせを口で説明できるか試します。
最後にちゃんと書けるかどうか、二、三度実際に紙に書いてみます。

また、その部首やつくりの組み合わせを理解しイメージする時、同時にその漢字の「解字」も知っておくといいでしょう。つまり、その漢字の成り立ちです、
「親」という字は「木」の上に「立」って「見」る存在から成り立っている、なんて話はよく聞きますよね。こういう「解字」みたいなものを知っていると、「字」の組み合わせも理解し覚えやすい。

いやいや、そんな毎回調べられんよ、という声が聞こえてきそうですが、心配無用です。
別にほんとの「解字」じゃなくてもいい。その場のでっち上げでもいいんです。
別に漢字博士になろうってんじゃないんですから、本当の解字よりも、子どもにとってインパクトのある、面白いものをでっち上げて説明してあげれば良いと思います。
だいたい、さっき上で例にあげた「親」という漢字の成り立ち。人口に膾炙しておりますが、ほんとはこういう形で成り立った漢字じゃありません。でも、さしあたり子どもに教える上ではいいんじゃないでしょうか。

でも、子どもが覚える為でなくとも、漢字の解字ってのは、なかなか面白いですよ。
「秋」という字は、なぜ「のぎへん」に「火」なのだろう、とかね?(いろんな説がありますので、よかったら調べてみてくださいね)

さてさて、こんなふうに漢字を一度覚えたとします。
とはいえ、これは使わなければ、一旦覚えてもすぐに忘れてしまいます。
「よっしゃ! じゃあ毎週漢字テストだ!」とスパルタ式に頑張る方法もありますが、なんせ小学生が一年で覚える漢字はすごく多い。熟語の組み合わせを考えれば、単にテストするだけで覚えられる量ではない。だいたいしんどいですしね。

じゃあ、どうするか。
やっぱり、積極的に使うことなんですね。どこで? もちろん文章を書く中で。

つまり、作文を書く中で、なるべく積極的に漢字を使うことを奨励したい。
もちろん、作文はあくまで文章を「作る」ことが主目的です。せっかく集中して書いているところを口うるさくいうことはよくありません。また出来上がったものは平仮名だらけでも必ず褒めてあげましょう。
でも、書いている途中、ちょっと手が止まってしまった時などに直せる範囲で指摘してあげる。
また原稿を推敲している時、漢字に直せるところは直した方がかっこいいよとアドバイスする。
そういうことを繰り返すことで、「文章中で漢字を使う」習慣を少しづつつけていきたいところです。

上で書いたように、僕自身は生意気にもワープロなんぞを使っていたせいで、漢字が苦手になってしまいました。
それはいうなれば、漢字の「知識」だけがあって、「実践」の中で役立てなかった結果だと言えます。
逆にいうと、漢字テストの時にどんなに漢字が覚えられなくても、実際に文章を書く「実践」の中で漢字を役立てて行ければ、最低限、必要な漢字は書けるようになっていくでしょう(上に書いたように、それとは別に難解抽象語を少なくとも「読める」ようになる必要はありますが)。

さてさて。今日も気がつけば、えらく長く書いてしまいました。
どうも筆が滑って仕方がない。
本当は漢字の「解字」の不思議な例など色々書きたかったのですが、もうしんどい。
今日はこの辺にしときましょう。

それでは、それでは。