不登校でも問題ない

どうもどうも。
気がついてみれば、もう11月も半ば。あと1ヶ月半もすれば、2017年も終わっちまいます。驚くべき、はやさ! 2017という数字に愛着を感じる間も無く過ぎ去っていくぞこの一年! ほんと、はやすぎる。

さてさて、そんな2017年11月。
実はこの11日と12日、今年度第2回目の高卒認定試験が実施されました。
僕の生徒も一人が受験。結果はまだわかりませんが、文系科目は概ね大丈夫そう。理系科目は数学がちょっとミスったか、といった手応えみたいです。

この生徒については、以前のブログでもちょっと紹介してますが、なんといっても賢い。
いや、理系教科についてはよくわからないんですが、文系教科については呑み込みが早く、興味のあることについては、自分でも調べてどんどん知識を吸収していってくれます。
先日のレッスンで戦後日本史を解説中、「下山事件」のトピックが出てきたんですが、それを踏まえて「戦後史の闇」的な部分をちょっとばかり話したところ、興味を持ってくれて、早速、自分でも調べてくれてたみたいです。
この高卒認定を機に、その能力を十分発揮できるよう、人生の次のステップに徐々にでも進んでいってくれれば、と願っています。

この彼を含め、現在、僕はいわゆる通常の中学高校に通わずに勉強している生徒を4人ほど教えています。
不登校やオルタナティブスクール出身であったりなど、そういう人生を歩むきっかけは様々なれど、それぞれ個性的かつ優秀な生徒たちです。

そうそう、そのうちの一人はすでに8月の高卒認定試験を見事、全教科一発でパスして、今は大学受験に向けて勉強中です。
V-net以外の場所には今、特にどこにも通わず勉強している、そういうスタイルが面白いのか、なんかNHKがその生徒を取材しているみたいです。

前記の生徒が、いわばオタク的に知識を吸収するタイプだとすれば、この生徒はめっちゃ活動的。
政治がおかしい!と思えば、知らんうちにデモに出かけてるし、名古屋って街がおもろい!と思えば、すぐに名古屋に旅行にいきます。
知識を現場で「体感」して得ていくんですね。

こうした個性的な生徒たちを見ていると、なんでしょうか、教えているはずの僕の方が、けっこう元気づけられることも多い。

例えば、僕は教師ですが、一方、個人としては小3娘と4歳息子の父でもあります。
で、下の子はともかく、上の子は小学生、やっぱり学校関係では心配事も多いわけです。
一つの学期に一回は、なんらかのトラブルが持ち上がる。
あるいはトラブルがなくとも、たまに学校公開なんかで観にいくと、「あー。これは先生大変だなあ。。一人で20人以上を見るのはやっぱし無理やわあ。。。」という気分になるわけです。
いえ、何も娘の学校自体に文句があるわけではないのです。
ただ単純に、現代のように価値観が多様化したした時代にあって、20〜30人もの子どもに、「集団性」「同調性」を求めるシステムに無理があるなあ、と感じてしまうわけです。

で、そんななかでも結構、個性的、というか親の僕から見ても変人な娘。
そのうち「もう学校なんか行かねえよバカヤロー!」っと、特に思春期なんかになっちゃった時に言いだすんじゃなかろうか、と時々、妻と二人で少々不安に思ったりもしていたりしていなかったりもしていたりして(回りくどい)。
いや、ほんと、どの面下げて言うとんねんってことではあるんですよ。
なんつっても、僕が不登校だったんですから。
でもね。やっぱり親は親、娘は娘ですから、僕がOKだったことが娘も大丈夫とは限らない、いやいや中学ならともかくせめて小学校くらいは出て欲しいよね云々等々、なんだかんだと理由をつけて、「願わくは娘は俺より少しはマトモに」などとアホな願いと心配をしていたわけなんです。

それが。
最近のことなんですが、上記のような四人のたくましい生徒たちを教えているうちに、なんというか、心の底から、まあ別にほんとに子どもが学校行かなくなったとしても何とかなるわな、という気持ちになってきたわけです。
繰り返せば、僕自身が不登校。
ただ、その「個人としての体験」が、より「普遍的な経験」に裏打ちされてきた、というか。あるいは「親目線」でも心配なくなったというか。

そう僕に思わせるような、「人間的な信頼感」が、個性は違えど、彼らにはある。
つまり同世代の他の生徒よりも、大人に甘えるところ少なく、一人の人間として「個」を確立している。
そして、何より、それぞれが自分の長所を存分に伸ばしている。歴史研究であったり創作であったり政治思想であったりと、「知性」についても充実している。
彼らを見ていると、むしろ「娘も、あるいは息子も、こういうふうに育てたほうが良いのではなかろうか」とお世辞でも何でもなく、思うのです。
実際、彼らはみんな、本人にいく気さえあれば大学にだっていけるでしょうし、その後の人生も自分たちなりに切り開いていけるでしょう。

きっと今、このブログを書いてる最中も、あるいはこのブログの読者の中にだって、息子や娘が不登校になって心配し苦しんでいる親御さんがおられるでしょう。
あるいは、不登校になってしまうかもしれないと、子どもの状態を見て悩んでおられるご両親も。
上に書いたように、その心配はわかります。
でもね。
たとえ実際、学校に行かなくなっても、いくらでも道はあります大丈夫。
高卒認定もあれば通信制高校もある。青少年期の逸脱なんて、いくらでも挽回できるんです。
前も書きましたが、「ふつう」であって欲しいみたいな価値観さえ脱ぎ捨てられれば、子どもはかえってたくましく成長してくれることさえあるんです。
僕はそのことを、改めて自分の四人の生徒から学ばせてもらいました。

それでは、それでは。