「不登校」の具体的な処方箋① 小学生編

どうも、どうも。
気がつけばすっかり寒くなっちゃって完全に冬って感じの毎日ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さてさて、前回、不登校なんて全然大丈夫ってな感じのブログを書いたわけなんですが、その翌日夕刻、娘が帰宅するなり暗い怒った顔で「もう学校行かない……」と呟くではありませんか!
ゲッ! ブログがめっちゃ前フリなっとるやんけ! と夫婦揃ってびっくりしちゃったんですけれど、何のことはない、なんか友だちと女子特有なケンカというかトラブルになっちゃって落ち込みヘソを曲げてるだけでありました。
結局、一日休んだだけでその友だちとも仲直りし、再び、まあイヤイヤながらではありますが、何とか通学しております。

まあ、でもそんなこともあったんで再びより具体的に考えて見たんですよ。
実際に子どもが不登校になったら、どうすっか。

もちろん、僕はこの問題の専門家ではありませんし、自分および生徒たちの話を聞いた感じで考えられる現段階での処方箋に過ぎないんですが、それでもまあ娘を持つ一人の親、一個人の考え程度の聞いてくれれば幸いです。

まず、小学校の中学年くらいの段階で不登校になっちゃった場合、どうするか。
おそらく、最初に考えるのが、オルタナティブ・スクールの存在でしょうね。
すでにご紹介したように、僕の、というかV-netの生徒には、こうしたオルタナティブ・スクール出身の生徒がたくさんいます。
そのまま、高卒認定なんかをとって独自の道を歩む生徒もいますし、中学以後、国立私立の進学校に進んだ生徒もいます。
このことからも、わかるようにオルタナティブ・スクールは、昔のいわゆるフリースクールとは、ちょっとばかり違います。
文科省認定下の公立私立学校とは、ちょっと異なる独自のメソッドの下に教育を行うスクールのことで、不登校云々関係なく、通うことができます。
信頼できる教師がいる、と感じたなら、そういうスクールを検討してみるのは、良いアイデアでしょう。

とはいえ。
そういうオルタナティブ・スクールは、大都市圏にはあるでしょうが、地方にはそんなにない。
しかも、それなりに予算がかかる。子どもを私立小中高に通わせられる程度の経済力がなければ、ちょっとしんどいかもしれない。
そもそも第一、子どもが再び集団に入っていくのを嫌がるかもしれない。

では、どうするか。
その場合は、ズバリ、腹をくくってホームスクーリングでいきます。
ホームスクーリングとは、つまるところ、家庭で学習を行うことです。

これはあくまで僕の考えですが、最悪、小学校自体には通わなくてもいい。
でも、小学校で習う程度の学習範囲が、全然わからないまま成長しちゃうと、後々えらい苦労することになります。
なので、仮に子どもが小学校中学年以下の段階で学校に行きたくないと言い出したとしたら、少なくとも学習だけは何とか続けさせる状態を作った方がいいでしょう。

で、仮にオルタナティブ・スクールがダメだった場合は、ホームスクーリンで学習を続けるしかない。
いや、続けるしかない、なんて書き方すると、なんか否定的な響きがありますが、全然そんなことはない。
実際、僕は仮に娘が学校に行きなくないと言い出したら、そうするつもりでいます。というか、先々週、娘がそんなこと言い出したときは、けっこう真剣に考えてみました。

で、これはイケる、と。
親が腹をくくりさせすれば、何とかできる、と考えました。

いやいや、アンタはまがりなりにも人に教える商売しとるからそんなこというんやろけど、こちとらシロウトやで、そんなもんできまっかいな。
こんなふうに思われるかもしれません。

でも、ね。
そうは言っても、小学校の国算理社です。
本気で、腹をくくって自分も勉強し直して、それで教えられない内容ではありません。
いや、だいたい僕だって、算数教科はさっぱりなので、仮に娘に教える場合は、自分自身もかなり勉強し直す必要があるでしょう。
しかも、自分の子どもと人様の子どもに教えるのは全く別。今でも、なかなか娘は僕の言うことを聞いてなんてくれません。
それでも、そうなったら、腹をくくるしかない。
その上で、僕は自分が頑張れば、何とかイケる、と思いました。

もちろん、学習は家庭でだけ行うわけではありません。
塾その他の教育期間を並行して使ってもいいでしょう。
僕の場合だったら、V-netの先生方の協力を仰ぐことになるに違いありません。

で、そういうふうに考えると、実は、これって多くの家庭がもう行なってることなんじゃないでしょうか?
だって、仮に公立私立小学校に通っていたとしても、皆さん、早い場合は低学年から塾やなんかに通わせてるじゃないですか。
特に中高学年くらいからは、家庭学習やそうした民間の教育機関が、学習の中心を担っている現実があります。
つまるところ、既存の学校に通っていようと、「学習」に関しては、実は最初から学校をあてにしてない。
いや、それは実際に学校自体が認めちゃってます。何人の親御さんから、子どもを塾に通わせてくださいと学校に言われた、という相談を聞いたことか。

つまり、「学習」の面に関しては、最初から学校以外の民間教育機関で、代替可能というわけです。もちろん、家庭での学習とセットになって、ではありますが(でも、それは「学校」に行っていても同じです)。

ただ、学校という場所は、様々な「他者」と触れる場所でもあります。
だからこそ、トラブルもあるわけですが(特に学校は過剰な同質性を求めるので)、ホームスクーリングを行う場合も、こうした「他者」との出会いの場は、折に触れて設ける必要があるでしょう。
種々の習い事や子ども参加のイベントなどには、よっぽど子どもが嫌がらない限り、積極的に参加させるべきでしょう。
V-netでいえば、折々の「焚き火の会」や「 マエスク」に参加させたりする。

こうしたホームスクーリングに、ほんとに現実性があるのか? と未だにお疑いかもしれません。
でも、実際に僕は、このホームスクーリングを実行し、子どもを育てていらっしゃるお母さんたちを直接的にも、間接的にも知っています。
皆さん、それぞれに工夫して、立派にお子さんを育てていらっしゃいます。

で、これはほんと、繰り返し言いたいことなんですが、オルタナティブ・スクールを選ぶにせよ、ホームスクーリングに切り替えるにせよ、それは決して否定的な選択ではないってことなんですね。ほんとに。

前回のブログでも書きましたように、いわゆる「ふつうの学校」に通っていない生徒たちの皆が、それぞれに個性的に、しかし主体的に人生を見つめ、「学問」を行なっている。
また、つい先日「焚き火の会」がありまして、いつものように家族で参加させてもらったんですが、その際、「学校の男子」をあれほど嫌がっている娘が、仲良くV-net男子諸君と戯れているではないか!(その折の様子は松永先生のブログで読めます。登場する「体格の良い女の子」がウチの娘)

彼らがいきいきと「学問」し、彼女が楽しく戯れることができたのは、過剰な同質性を要求されないから。
自身の「個性」を異端視されないからに、ほかなりません。
であれば、集団生活のならいとはいえ、同質性を要求し異端を「村八分」にしがちな「昔ながらの共同体」に通わせ続け、変なコンプレックスを子どもに抱えさせてしまうのは、本当に「ふつう」のことなのか?
ホームスクーリングもオルタナティブスクールも決して否定的な選択ではない、というのは、そういう考えがあるからです。
むしろ、「不登校」とは子どもにとって、その親にとって、肯定的な選択ではなかろうか。

さてさて、本当はこのまま小学校6年生くらいから中学生以後の「不登校」の具体的処方箋を書こうと思っていたんですが、上記だけでずいぶん紙幅を費やしてしまいました。
しかも、思春期の不登校は、まだ幼い子どもたちと違い、思春期特有の自意識や心の葛藤があるので、同列には論じられません。
ということで、こちらについては別に書こうと思います。
って、いよいよ12月、休みもなくなってきてブログもしばらくお休みかなあ、なんて思っていたのに、宿題を残しちまったぜ!
……ですが、この問題はやっぱり続きも書いた方がいいと思うので、忙しい中、少し先になるかもしれませんが、何とか年内には書こうと思います。

それでは、それでは。