新HPのお披露目と、音読の重要性について

どうもどうも。
ついに梅雨到来ということで毎日うっとうしい天気が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は気圧に応じて気分が沈みがちです。

さて、そんななか、ついに!
ついにこの数ヶ月の無駄な労力が報われ、国語グループレッスンのサイトが完成しました!
以下、URL。
https://www.kokugolab.com/

まあ、まだグーグルで検索かけてもヒットしません。これには、また1〜3ヶ月くらいかかるみたいっすね。よう知らんけど。

ともかくも。
今後は音読サイコロ道場や読書のWSなど、グループレッスンの予定なんかはこっちで確認してみてください。
もちろん、新規の参加も募集しております。

さて。
その、音読サイコロ道場。
現在、午前9時からのクラスと午後3時半からのクラスを土曜に二度開講しておるわけなんですが、実はこの春先から、生徒の皆さんには、なるべく午前のクラスにきてもらうようにお願いしております。午後は原則、定員制にしたりして。
どうしてこんなふうにしたかというと、やっぱり午後、たくさんの子どもたちが一斉に音読を始めちゃったりしますと、場は一瞬にして爆音と興奮の坩堝、他のレッスンが全くできない、という状況が生じるようになっちゃったからなんですね。

なんやかんやで、もうこの音読サイコロ道場も、10年近くやっております。
昔はそうはいっても人数も少なく、子どもたちの音読の声も、教室が活気付いてちょうどいいってな感じだったわけなんですが、最近はおかげさまで生徒も増え、教室を完全に爆音ハイジャックしちゃう状態になっておったわけです。
で、窮余の策として、上記のようなお願いをすることになった、と。

しかし、そうするとやっぱり皆さん、毎週通うのが難しいみたいなんですよね。。。
特にこの5月6月は運動会があったり学校公開が続いたりと、なかなか午前のみだと参加が大変だったみたい。

しかし、これまた難しいところなんですが、特に小さい、小学校低学年くらいのお子さんの場合、時間があんまり空きすぎちゃうと、なかなか一つひとつの文の音読を習熟させることが厳しい。
この辺、ピアノなんかの習い事に似ているかもしれません。
しっかり練習している場合はそうでもないんですが、そこは子どもちゃんのやること。
そうそう真面目に家で練習しませんわな。それを責められるものでもありませんし、そういう「うるさい」場所にもしたくない。

これが個人指導のレッスンですと、一人を綿密に見れますし、また時間もゆっくり取れますから、多少時間が空いても特に問題ではありません。
しかし、やはりグループレッスンの場合は、そうはいかない。
なるべくフォローはしているんですが、時間が空くと、やっぱり「忘れて」しまうんですよね。前にやってて出来てたことを。

でも、ね。
やっぱり大切なんですよね、古典音読。
これはもう、10年教えてきた、僕自身が実感します。

自分で言うのもなんですが、僕はもともと文章は十分書ける人間でした。
と言うより、小説書いたり研究やったりしてる人間で書けないとかありえないわけなんですが、それでも小説家はともかく研究者は必ずしも文章がうまいわけではない。
でも、その点でも、僕はそれなりに文章を書く訓練を受けてきたタイプの人間だったわけです。ま、だから国語教えとるんでっけど。

しかし、そんな僕でさえ、この10年でさらにワンランク文章力が上がったな、と実感できるんですよ。
それはつまり、文のリズムがよくなった。
つまり、上代中古から中世にかけての古文日本語のリズムが入っているおかげで、自然とリズムのよい文章が書けるようになったんですね。
これはもう、10年、音読を教えてきた効用にほかならないわけですよ。

子どもたちを見ていたって、そうです。
やっぱり、ちゃんと音読を踏まえて、作文のレッスンを受け、高学年になっている子の国語力は間違いなく高い。
あまり本を読んでいない子どもでも、そうなんです。

どういうふうに違うかというと、たとえば日本語の助詞。
助詞の用法というのは、たぶんに感覚的なところがあって、たとえば、
「その手紙を読んだら、私は眼から涙のこぼれたのを感じた」
という文と、
「その手紙を読んだ私は、自分の眼から涙がこぼれ落ちるのを感じた」
という文だったら、後の文の方が、まあキレイな文なわけですが、じゃあ前者がどうしておかしいのか、というのを、日本語のリズムの入っていない子どもに感覚的に教えるのは、けっこう難しい。
いや、もちろん「この部分で『〜だら』って使うのは変だよ」とか細かいところを指摘することはできます。
でも、「え、なんで?」と素朴に聞き返された場合、それを仮に論理的に「『〜だら』というのは仮定条件的な用法だが、この場合は事実を述べているのであって仮定しているのではないから」などと説明しても、子どもはますます「???」となるだけなのであります。

だから、まず日本語のリズムを一定程度、体得していることが、文章力を上達させる上での前提になるのですね。
もちろん、これは読書によって自然と養うことができるものでもあります。
ですが、本をあまり読まないお子さんであれば、これはもう絶対にやった方がいい。
さらには読書家であっても、それを意識的に向上させることには大きな意味があると思います。

しかも、本当は、1年、2年、子どものときにやるだけでなく、できれば気に入ったフレーズだけでも良いので、大人になるまでずっと、続けて欲しいと思っています。
繰り返せば、それが文章を実際に、いろいろ書いてる僕の実感です。
何より、高校生くらいになったときに、自分が昔読んだ古文の文章を忘れてるとか、もったいなさすぎます。

というわけで、音読サイコロ道場。
これ、なるべく間を空けずに通ってほしいのですが。。。。
それぞれスケジュールの問題もあるので難しいか。。。
やはり午後のクラスにある程度、振替られるようにした方がいいのか。。

悩みの尽きない、今日この頃です。
それでは、それでは。