文章を書くのは本来楽しいことのはずなんだ。

どうもどうも。
灼熱の国、日本へようこそ。来年こんな日本でオリンピックとか正気ですかって感じの暑さですけれども皆さんどんなふうにお過ごしでしょうか。

さてさて、今日は作文の話。
この前、作文道場あらため「モノ書きくらす」で、こんな一コマがありました。

登場人物は二人。
もう音読サイコロ道場含め、小1からほぼ6年通ってくれているR君こと「黒い三連星」(ペンネーム)。
そして小4から通っている焚き火大好き受験生S君。ペンネームいろいろあるが「神ラジオ」。

同い年でともに天真爛漫キャラということもあり仲の良い二人。
6年生で受験生ということもあり、なかなか時間が合わないこともあるのですが、一緒になると最近は、二人で物語を構想するなどして作文で「遊んで」おりました。
で、その「遊び」が高じてこの間、「先生、二人で一緒に作文、共作してもええか?」っと言い出したのです。

「え。作文を共作て、どないすんねんな?」
「いや、ほやから、ワシが書いた続きを3連星が書いて、その続きをまたワシが書くっちゅうふうにするんや」
「……いや、そうする理由っちゅうか、意図っちゅうか、意味がさっぱりわからんのやが」
「ええやんか! ワシらそうしたいんや! そうやって神ラジオとの友情の記念碑を作り上げたいんや!」
「……せやけど、二人で書くとか、ちょっとズッコイ感じもするなあ」
「せやったら、普段よりいっぱい書くし! 先生たのむわ! ワシら青春を燃焼しつくしたいんや!」
「……わかった。その代わり、それなりの量、書かんかったらアカンど」
「任しときんさい! ワシらが二人力合わせたら、いくらでも書けるんやさかい!!」

と言って、張り切って構想を練り始める二人。
いや、最初は正直、不安でしたよ。
そうはいっても小学生。あらぬ方向に暴走しちゃうんじゃないかとね。

ですが、始めてみて30分。
ずっとわーきゃーわーきゃー言っとった二人なんですが、気がつくとしっかり原稿に取り組み始めているではないですか!
しかも、いつもよりもハイペース。二人で着々と原稿のマス目を埋めていきます。
1時間のレッスンを大幅に延長しても、全然やめない。
楽しそうに、しかし集中して書き進めていきました。

で、書き終わった原稿はおよそ3枚。
校正のための読み合わせでも、「お前、ここ間違っとるぞ」「お、ほんまや。あ、後ここ漢字の方がかっこええなあ」などと言いながら、率先してミスを直していくじゃありませんか!
そして、「次回も続き書くから、先生、メモ含めてちゃんと保管しといてな!」などと言いながら、実に気分良さげに帰って行ったのでした。

もちろん、必ずしも立派な内容、素晴らしい物語を書いているわけではありません。
「真面目な先生」なんかが読んだら、馬鹿らしい、幼稚なものと受け取ってしまうかもしれない。
いや、それを言えば、「真面目な先生」は二人の行なっていた共作の作業そのものを、ただの悪ふざけと取ってしまうかもしれません。

でも、そうじゃないんです。

僕たちは、いったい何のために文章を書くのでしょうか?
もちろん、「お仕事」として書く場合もあるでしょう。
でも、そうじゃない場合もたくさんある。
みんなはどうしてブログを、FBを、ツイッターを書いたりするんでしょうか?

それは、楽しいからです。
自己を表現すること。
その表現が誰かに認められること。
それが楽しくてみんなやっちゃってるわけです。

思えば、文章を書くくらいお手軽な自己表現はない。
絵を描くにはある程度の才能がいるし、音楽で表現するには前提となる鍛錬がいる。
でも、文章を書くことは、それらよりもずっと簡単です。
短いものなら、誰でもすぐに書ける。
最初は下手でも、すぐに多少は上手に書けるようになる。

僕は、この「モノ書きくラス」では、まずはその文章を書く楽しみを知ってもらいたい。
内容は二の次です。
文章の巧拙だって最初はどうでもいい。
そんなことより大事なことは、文章を書くってオモロイことなんだ、文章で「作品」を作るのって気分がいいことだったんだってことを、「体験」してもらうことだと思います。

多くの子どもたちにとって、「作文」は「めんどー」で「かったりい」ものと成り果てています。
それは学校などで、やり方もわからぬまま「義務」として書かされる経験が積み重なっているからでしょう。
そういう「呪い」から、一人でも多くの子どもを解き放ってあげたい。
そして、その「呪い」を解く鍵が、上記の二人のような「体験」を繰り返し味わうことだと思います。

繰り返すと、二人の小6は、その日、実に清々しい表情をして、楽しみを満喫したといった顔で帰って行きました。
このクラスでは、なるべく多くの子どもに、そんな表情を浮かべさせてあげたい。
そういう「目的」を、再確認させてくれた出来事でした。

それでは、それでは。