最近、「不登校」への風当たりがきつくないですか?

どうもどうも。
流石にすっかり初夏の陽気が感じられるようになってきた今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はなぜか今ごろ花粉症みたいな感じです。

さてさて、本日のお題なんですが、ちょっと日常の、というか僕の周囲の身近な話題から離れて、社会的というか世間的というかネットの一部界隈的というか、まあそんなところで話題になっていることについて書いてみます。

というのも、これはつい先日、高卒認定試験勉強中の生徒と話していたんですが、なんか最近、不登校の子どもあるいは保護者への風当たりが一部できつくないですか?
え、全然そんなことないけど? と思われる方もけっこういるかもしれませんし実際そんなことないのかもしれませんが、少なくとも最近、僕個人はいくつかそういう記事を読みましたし、あくまで主観的にはそういう感じを少し受けます。
まあ僕がたまたま最近ヒルネットの活動とか始めたせいでそういう記事によく出くわすだけという可能性の方が高いですが。

ただ、少なくとも一部でそういう言説が出始めていることは事実。
何でなのかなあと思っていたら、どうやらネットの一部で不登校の少年ユーチューバーが有名になっちゃって、それを気に食わない暇なチンピラおっさんたちが少年に一斉に襲いかかり殴る蹴るの暴行を働いた上に火あぶりにするという陰惨極まりない炎上事件があった模様ですね。
ほんとうに醜い大人たちです。

上記の事件を受けて、各種のメディアが「世間」に「忖度」して、色々と不登校にネガティブな解説を載せているというのが、最近の流れのようですね。
で、それらの記事の論調は概ね一緒。
だいたい不登校を許容しないわけでなない、と一応のエクスキューズを入れた後、でも学校でしか学べないこともあるだとか、多様な人間のいる中で社会性を身に付けるのは大事だとか、勉強どうすんだとか、不登校でうまくいった一部のやつをロールモデルにするのは危ないだとか、まあ正直言って80年代から言われていたことと大差ありません。

いや、もちろん古臭い言説に真理がかけらもない訳じゃない。
確かに学校でしか学べないこともあるし成功した人間を全てのロールモデルにするのは危ういことですし既存の学校でしか学べないことだってあります。
で、それを踏まえた上で言いたい。

そんなことおどれらに言われんでも最初っからわかっとるわ!!
こっちはそんなこと百も承知で、学校行けなくなったり学校行かへんって覚悟を決めたり学校行かせへんって腹をくくったりして何とかやっとるんじゃ。
おどれらが考えとるような「当たり前」のことは、こっちは千回も一万回も百万回も考え悩んだ上でこの結論になっとるんじゃ!!!

……失礼しました。怒りのあまりついつい柄の悪い言葉遣いに。

ですが、どうでしょうか。
不登校になるお子さんも、その保護者も。ホームスクーリングを選択する親御さんも、フリースクール等に通うお子さんも。あるいは心に深い傷をおったせいで、そこからまだ立ち直れていない少年少女も。
誰だって、上記のような「当たり前」のこと、「当たり前」「常識」の壁とぶつかり悩んだに決まってるじゃないですか。
以前の記事でも書いたことがありますが、ふつうの親なら誰だって最初から「不登校で全然問題ないよ!」という境地にはなかなか至れないものです。
「不登校」になることで、学ぶべきことが学べないのではないか。他人とこれからも上手くやれないのではないか。将来、ちゃんとした大人になれないのではないか……。
親も、そして何より子どもたち自身が、そんな「当たり前」の考え方との板挟みになって苦しんだに決まっている。
いや、現にこの瞬間も苦しんでいる子どもたちがいるでしょう。

そんな子どもたちや保護者の方々に対して、再びこれ見よがしに「当たり前」の考え方を「正論」としてぶつけることに何の意味があるのでしょう。
少なくとも、「社会的」に意味のあることとは到底思えません。

そもそも学校でしか学べないこととは何でしょうか?
社会性とは何でしょう?
確かに多種多様な人間と交わることに意味がないわけではない。学校特有の集団行動にも意味はあるのかもしれない。
ですが、それらは別に学校でしか学べないものではありません。
いや逆に言えば、今の世の中では、学校以外の場所の方が、より「風通しの良い」人間関係を学ぶことだってできるでしょう。
いや、そもそも小中学校の数年間の経験だけで、社会性や他者との関わりなどが学べるはずもない。
それは各人がそれぞれ成長の過程で種々の経験をしながら身につけていくものです。
その「経験」のなかには、「不登校」という経験だって入るはずなのです。

そして、はっきり言いますが、小中高校に「通わない」ことが、その後の人生の全てを決定するわけでもありません。まったく、ありません。
高卒認定試験を受けて、大学にいくことだってできる。
大学に行かずとも、資格等をとって専門的な仕事につくこともできる。
現にそうやって立派に大人になっていった「元不登校児」を、僕は仕事以外の場所でもたくさん知っています。
実際、それらの人たちは、何も特別な、「成功したロールモデル」というわけでもない、良くも悪くも、ごく「ふつう」の人たちです。
つまり、小中高の「たった数年」の不登校によって、「特別」な人間になるわけでもないのです。
それはごく「ふつう」の人生における、青春の一つの過ごし方なのです。

もちろん、なかにはそんな「ふつう」の道を歩めないほど、心に傷を追ってしまう少年少女がいることも事実です。
では、その心の傷は何によって生まれたのか?
その多くは、「当たり前」の考え方に苦しめられ、自分を不必要に棄損してしまった結果です。
「学校には行かねばならない」と苦痛を押し殺して、「社会性」とやらを身につけようとした結果、身も心もパンクしてしまったためなのです。

そうであれば、むしろそんな「当たり前」から「逃走」して、自分に適した学び方、自分に適した人生を模索した方が、どう考えても良いのではないでしょうか。

……さて、今日は書いているうちにだんだん怒り狂いはじめてきて、ちょっと公平さを欠いた書き方になっちゃったかもしれないですね。
って、いつもかな?
えっと、以下、宣伝です。
といっても大したことじゃないんですが、ヒルネットのFacebookをV-netのやつとは別に作りました。よろしければこちらも見てみてください。→ヒルネットFacebook

それでは、それでは。