「前ならえ」が大嫌いだった

どうも、どうも。
はい、もう今回の記事も何日ぶりの記事になるでしょうね。もはや、月一更新ではなく、「ときどき更新」となりつつある、このブログ。
でも、繰り返せば、しゃーない。わい、忙しすぎでんねん。

ということで、今日はあんまり言い訳はしない。
もう飽きた。忙し話も繰り返すと何やら病気自慢みたいな嫌味な感じになってくる。

で、今日はいきなり本題へ。(全然、いきなりじゃない件について。。。)

「イマンモ、ぼく、学校行くとなーんか、吐き気するんよなー。何が嫌とかはのうても。。。」

先日、ヒルネットの活動中、とあるメンバーがふとした会話の折にもらした言葉です。
このメンバーは学校を完全には「自主卒業」しておらず、学校に通いつつも、「やっぱ学校ムリー」という気分が溜まってくると、ヒルネットに参加するという形をとっています。
だから、「学校ムリー」という感覚を「現役」のものとして感じている。

で、先ほどの「吐き気」云々のつぶやき。

「いやー、イマンモは、その感じめっちゃわかるでー。イマンモもそうやったもん」
「何が原因なんやろー?」
「まあ、いろんなストレスとか、トラウマとかかなあ。イマンモなんか、何かの用事で学校行ったら、今でも吐き気するもん、学校の匂いとかで」
「あー、なんか特有のにおいあるよなー。……というか、40代後半なっても治らんとか最悪やーん」
。。。などというたわいもない会話をその時は交わしておったのですが、この僕も感じる吐き気云々という話は本当のことです。息子のことなんかで学校に行くと、今でもなんとなくいやーな気持ちが込み上げてきます。
まあ、これはそれこそ大昔に体験したことからくるトラウマなのでしょうが。。。

ここでも繰り返し書いている通り、いわゆる「不登校」の原因は千差万別です。
「いじめ」の体験が引き金になる場合もあれば、「怖い大人(教師)」に遭遇してしまったことが原因となる場合もある。
ただ、当たり前のことですが、それらの「出来事」に出遭ってしまっても、「登校」を「拒否」してしまう子もいれば、しない子もいる。また一旦、「不登校」となっても、(良い悪いは別に)何かのきっかけで再び学校に通うようになる子もいる。

ちょっとしたボタンの掛け違い。
しかし、やがてその違和感が累積し、大きくなってしまうと、ふとした時に頑張りを支えてきた「心の糸」が切れてしまう。
学校の「におい」が、耐え難い吐き気をもよおすものに感じられるようになってしまう。。。

ここでちょっと、あるケースを取り上げてみましょう。

彼は(そうここでは仮にTとしましょうか)、幼少期からちょっと変わり者の少年でした。公園で遊んだりすることはあまり好きではない。どちらかと言えば、家で本を読んだり、自分の空想に耽ったりすることが好きな少年。
Tは母親の希望もあり、3年保育のモンテッソーリ系の私立幼稚園に通っていました。
とはいえ、Tにとっては、そこも決して居心地の良い場所だったとは言えない。だいたい若干の睡眠障害があったTは寝つきが悪く、したがって朝早起きするのも苦手。
それもあって毎朝、登園するのを渋るような子だったそうです。

そうはいっても、幼稚園は、まだ良い環境だったのでしょう。
無理に何かをやらされることは少ない。Tは毎日、図書室で自分の好きな絵本を眺めて過ごしていました。

そんなTも、小学校に入学する年齢となりました。
そして、そこで彼は、いくつかの大きな「違和感」を感じることになるのです。

まず、公立小学校は「やたらと騒がしい」場所でした。
授業中はいい。しかし、休憩時間になった途端、教室はさまざまな「騒音」が飛び交う場所になります。

クラスメイトの笑い声、騒ぐ声。怒声に悲鳴。誰かが誰かを追いかけたり、それを注意したりする音、声。
少しばかり聴覚過敏の傾向もあったらしいTは、突然、獣が跋扈するジャングルに放り込まれたような気分になったそうです。
この場所が、怖い。
ここに居続けるだけで、落ち着かない気持ちになる。不安だ。。。

ですが、それよりもっとTを悩ませることがありました。

それは「みんなと同じように行動する」こと

「月曜日は朝礼の時間があります。〇時〇分までにグラウンドの〇〇に集合しましょう」
「2時間目は体育の時間です。〇時までに体操着に着替えて体育館に集まること」
「3時間目が始まるまでに、〇〇を持って図工室に移動しましょう」
「給食当番の人は白衣に着替えて給食室に移動してください」

一つひとつはなんてことのない「指令」でしょう。
しかし、それらが何個も連続すると、Tは混乱してしまうのです。

何より、そもそも教師の「指令」が「耳に入ってこない」。

Tは空想に耽ることが好きな少年でした。そして、それは小学校に入る年齢になっても変わりませんでした。
とりわけ、頭の中で何か考え事に熱中し始めると、他のことが目に入らなくなってしまうのです。まして、その他大勢に向かって話している言葉など聞こえるはずもない。

結果的にTはヘマをやらかします。
朝礼には間に合いません。いつまで経っても、体操着に一人着替え終わりません。皆が図工室にいるときに、一人教室にいます。給食当番のことなど、すっかり忘れてしまっていました。

こうして、Tはクラスの皆から責められます。
先生からも注意されます。

学校という場所は、Tにとって、とても緊張を強いられる場所となりました。

とりわけ、Tが嫌いだったことがあります。
それが、「整列」です。

「まえー、ならえ!」
そんな号令とともに、自分の前に並ぶクラスメイトの肩のあたりに向かって、腕を伸ばす。そうすることで、「列」を乱さないようにする。
Tは、この「前ならえ」が大嫌いでした。
なんだか不条理なことをやらされているというような気分もありました。
ですが、何より、Tはこの「列を乱さずに並ぶ」ということが、上手にできなかったのです。
「T君のところ、列からはみ出てる!」
よく、そんなふうに注意されました。
自分では、他の人と同じように「前ならえ」を行い、並んでいるつもりなのです。
ですが、なぜだかいっつも、列から一人、はみ出ている。
クラスメイトからは笑われます。先生がやってきて乱暴に(とTには感じられました)「本来並ぶべき正しい場所」にTを押しやります。
そんなことが、月曜の朝礼の時間、体育の時間、何らかの儀式の折々に、繰り返されました。
Tは、本当に「前ならえ」が大嫌いでした。

学校での生活は、一時が万事、この調子でした。
運動会のリレーで自分だけ違うクラスの旗をまわってしまう。ダンスの練習をすれば自分一人違う振り付けで踊ってしまう。給食当番になればスープや味噌汁をこぼしてしまう。。。。などなど。

それでも、学年が上がるにつれて、Tもなんとか、その場その場をやり過ごすワザを身につけていきます。
勉強は嫌いではありませんでした。また、少なくとも表面上は陽気な、人付き合いの良い「キャラ」を演じました。いや、演じたというより、実際、Tにはそういう側面もあったのでしょう。だから、友達もたくさんいました。学級委員長をやったことすらあったのです。

だから、親も教師も、Tが学校生活を楽しんでいると思っていたかもしれません。

ですが、内心では学校が嫌でイヤでたまりませんでした。
相変わらず、そこはTにどこか緊張を強いる場所だったのです。

やがて、Tは中学生になりました。
中学校はTにとって、より「みんなと同じ行動」を取らなくてはいけない場所のように感じられました。
クラブ活動。委員会。種々の儀式。
やっていることは小学校とあまり違いはありません。しかし、よりルールに厳しく、そのぶんプレッシャーも大きくなったように感じられました。
それでも、Tは何とか、小学校の時と同じように、時間をやり過ごそうと努力しました。

しかし。

中学2年のある日。

Tは朝、起きられなくなりました。
どんなに早く布団にはいっても、朝の7時に目が覚めない。
布団から、どうしても出られない。

母親が布団を剥ぎ、無理に朝ごはんを食べさせようとします。
でも、味噌汁すら飲む気がしない。飲めない。
学生服に着替えろと言われる。しかし、どうしても袖を通すことができない。
制服を持つ手が震える。布団に戻りたくなる。
母親に手伝われて、何とか制服を着てみても。
今度は玄関から足を踏み出すことができない。玄関に座り込み泣き出してしまう。

どうして泣いているのか? それが自分でもわからない。

こうして、Tはいわゆる「不登校」となりました。
理由は本人にも、はっきりとは判りません。

しかし、「その日」。朝、起きられなくなったその日。
Tの中で、それまで何とか彼を支えていた心の糸が、すり減り、細くなって、ついに切れてしまったのです。
そんなふうにしか、説明はできない。

さて、勘の良い読者の皆さんは、もうお気づきかと思います。
以上、記してきたケース、Tとは僕自身のことです。
もはや30数年前という遥か昔、少年だった頃の僕の身に起こった話です。

こんな「自分語り」をするのは、心理的にかなり抵抗のあることでした。
まして、大昔の話。お恥ずかしい限りです。いや、ほんとに。

ただ、上の方で書いた通り、「不登校」の原因は千差万別。
たくさんの子どもたちを見てきた僕にも、今苦しんでいる彼や彼女の、本当の「事情」、その心の奥底で起こっていることまでは、判りません。
経験から、さまざまな推測ができるというだけです。

だから、不登校の「原因」について書く際は、いつか自分の経験を記しておく必要があるなと以前から思ってはいたのです。

そして、GWが終わった、この5月。
今週からの学校生活を、とても憂鬱な気分で迎えている子どもたちが、たくさんいます。
それこそ、「前ならえ!」という号令に、吐き気を感じながら従っている子もいるはずなのです(いい加減、この意味不明な、くだらない「習慣」は禁止にしませんか?)。

そういう子どもたちに、僕は言いたい。
どうか、君たちを支えている「心の糸」が切れてしまう前に、今並ばなければいけないと思っている「列」から離れてほしい。
「糸」が切れてしまったら、それをもう一度結び直すのは、やっぱり切れるまでと同じくらい長い時間がかかってしまうものだから。
それに、「列」からはみ出る人生だって、そんなに悪いものじゃあないはずだから。

そして、自分の子が「学校生活」に疲れているかもしれないと少しでも感じておられる親御さんが、もしもこの文章をお読みならば。
どうか、お願いです。
お子さんを「列」に押し戻すようなことはなさらないでください。
「正しい場所」と思える場所は、お子さんにとって「ふさわしい場所」とは限りません。

「列」などなく、「号令」もなく、みんなのんびり寝そべりながら、互いの話を聞き合えるような、そんな「場所」が、今はたくさんあるのです。

僕がひどく恥ずかしく思いながらも、大昔の自分の経験を書いたのは、休み明けのこのタイミングで、そんなことを伝えたいなと思ったからでもありました。
そして、僕自身の経験に付け加えるなら、「列」から離れた後の人生は、とても楽しく幸福なものでしたよ。

それでは、それでは。