発達「障がい」:変わるべきは彼なのか?

どうもどうも。

すっかり秋めいた日々、と思っていたら、急に短パンを履きたくなるような暑さが戻ってきたりと、よくわからん日々ですが。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。僕は最近忙しいのが嫌で山籠りがしたいです。

とはいえ嫌がってもいられない。
頑張りましょう(誰に言っとるのか)。

さて、今回のお題。
発達・学習「障がい」

うーん、やっぱり、この言葉、あんまり好きじゃない。障がいって一体なんなんだ。
いや、書きながら思ったんですが、文字にすると余計にキツイ。

そもそも今日のテーマに限らず、足が不自由だったり耳が不自由だったり、その色んなことを「障がい」と呼ぶ、そういう単語に括ってしまうのも何だかなあ。。じゃあ何て書き表わせばいいんだと言われると、またわからないんですが。。。

僕の妻は子どもの頃から関西で、とある先生について絵を学んでいたのですが、その先生は耳が不自由な方でした。
その先生や他の生徒と一緒にフランスへ旅行に行ったこともあるそうです。
僕はその先生と、結婚前に一度会っただけなんですが、その先生のことを話す妻や妻の家族は、先生のハンデのことなどまるでないかのように自然に話題にしておりましたよ。
その先生は、すでに鬼籍に入られております。
では、その先生の人生に「障がい」などあったのでしょうか?
何とも僕には言えませんが、でも「困難」はあったに違いないが、それは「障がい」ではなかったのでは? そして、「困難」は等しく誰の人生にも訪れるものです。

いや、わからない。
偉そうに書ける案件でない、ということだけしか、やはりわかりません。

閑話休題。
いずれにせよ、発達の「でこぼこ」具合もまた、通常の学校生活や、人や場合によっては社会生活上の「困難」ではあることでしょう。
特に学校にせよ職場にせよ、ある種の共同生活における集団性を強く要求される場であれば、彼・彼女が「生きづらさ」を感じるには十分です。

僕は過去、そして現在、いわゆるASD、ADHD、LD等と呼ばれる「個性」をもつ子どもたちと多く接してきました。
では、そういう子どもたちと学校とのマッチングはどうだったか。
その「でこぼこ」具合が深刻なほど、学校生活とは「客観的」には、あまりうまくいっていないように感じる子が多かったのですが、一方で、ある種「他人の意思や気分を読み取るのが苦手」なために、かえって「底抜けに明るく」過ごしている子どももおりました。
いや、まあ、総じて、そうしたマッチングも「運」であることが多いいようにも思います。

また、それぞれに深刻度もあります。
確かに、今、小学生の段階では、ある種の集団からはみ出がちなほど「落ち着きがない」様子だったり、「突拍子もない行動」に出たり、「終始喋りっぱなしで人の話をまるで聞かない」状況だったり、「自分のやり方に絶対的にこだわる」子どもだったり、「目の前の他人が何を考えてるかさっぱり判らない」様子だったりしたとしても。
成長とともに、良くも悪くも「落ち着いていく」「自分の個性を上手に扱えるようになる」子どももたくさんいます。
また逆に、ある種の外部のフォローがある程度、必要なお子さんも実際おられるでしょう。
僕たちのような学校外の「先生」含めて、そういうフォローがあったからこそ、「個性を上手に扱える」よう成長できたのだ、という見方もあるかもしれません。

いずれにせよ、この問題は、本当にケースバイケース、子どもそれぞれに対応が異なる。
いや、そもそも「不登校」の問題もそうであるように、一律な対応が可能な「教育」などあるはずがないのでしょう。

ともあれ。
では、そうした「でこぼこ」を抱えた彼や彼女が周囲の環境の中で「生きずらい」「しんどい」と感じたとき。
変える、変わるべきなのは、彼・彼女なのでしょうか?
それとも周囲・環境なのでしょうか?

こうしたことを書くのも、実は最近、とある相談を受けたからです。
詳しくは書きません。
が、とにかくも、やや感情のコントロールが苦手で「自分の方針」にこだわりを持つ僕の生徒。
彼が、どうやら学校に目をつけられている、という話です。
なんだかんだと親が呼び出され、「問題」を指摘され、婉曲的に手に負えないと言われる。
そして、「薬」をすすめられる。

確かに彼は変わっています。
ですが、「めちゃくちゃ変わってる」かというと、僕の実感では、そこまででもない。
もっと「めちゃくちゃ変わってる」子を知ってるからです。
また、一年半ほど見ているうちに、確かに随分成長した。
いろいろと我慢できるようになったし、意に沿わないことも、嫌々ながらするようになった。特に僕が怒ったりせずとも。つまり少しずつ少しずつですが、「個性」を自分なりに扱えるようになり始めていました。

にも関わらず、つい最近も、とある行事の際に、学校の先生は彼のプライドをひどく傷つけるようなことを言ったそうです。
その先生に「悪意」はなかったのかもしれない。それは、そうでしょう。
でも、その言葉は確かに、しばらくの間、彼を「荒れさせる」ほどにはキツイ言葉だったようです。

さて、もう一度聞きましょう。この場合。
変わるべきなのは、彼でしょうか?
それとも周囲の環境でしょうか?

つまり、彼が「薬」を飲んで、学校の先生方にとって「扱いやすい」子どもになるべきなのでしょうか?
それとも、逆でしょうか?

僕は逆だと思います。
順序が間違っていると思います。

僕は「薬」を飲むこと全てが悪いとは思いません。
何事も教育において原理的であることは、その原理的言動によって傷つくお母さんやお父さんがいると思うからです。
実際、極端に深刻なケースにおいて、一時的に薬を飲むことが効果を発揮するというケースもあると思いますし、実際に目にしたこともあります。

しかし、この場合は、どうか。
特に、少なくとも教育に携わる者が、簡単にそれを言うのか。
耳にした母親がどんな気持ちになるか、十分わかっているはずなのに。

繰り返せば、全てのケースに当てはまる解答はありません。

ですが、その子がまだ、まさに「発達」の途上にある場合。
その当人を周囲の環境に合わせて「変える」前に、周囲の環境をこそ「変える」べきなのでは、と僕はどうしても思ってしまいます。

いや、これは僕がヒルネットのようなフリースクールの活動を始めたから、そう思うのかもしれない。
実際、僕がヒルネットを始めたのは、そうした色々な「個性」を持つ子を受け入れられる「環境」を僕自身が作りたかったからです。
大人数を扱う「学校」に、環境の変化を求めるのは、そもそも難しいことなのかもしれません。

どうでしょう。
皆さんは、どう考えますか?
変わるべきなのは、「彼・彼女」なのか。「環境」なのか。

僕自身、また別の視点から、この問題を考えるため、来月にでも種々の「個性」からくる「困難」にぶち当たった子どもたちを教えている教室を見学に行く予定です。
そう。僕もまだまだ修行中なわけですね。

この問題については、また別の機会にも、「修行」の経過を書かせてもらおうとお思います。
それでは、それでは。

 

 

 

 

 

「無力」を自覚するということ

どうもどうも。
まだまだ暑いものの夕暮れ時も早くなり徐々に秋の訪れを感じないわけでもない今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて、本日のテーマ。
それは「無力」であるということについて。

これは最近、親として、また場合によっては「先生」などと呼ばれる立場にある人間として、つとに感じることなのです。
いろんなところに、そんなコメントを残したりしているので、知ってる人もいるかもしれませんが。

といっても、別段ネガティブな意味で言っているわけではありません。
むしろ、その自覚がなければ、親としても、「先生」としても、馬鹿な間違いをやってしまうのではないか。そんなふうに思っています。

それは、たとえばこういうことです。
子を持つ親で、自分の子どもの幸福を願わない人などいないでしょう。
もちろん、その「幸福」の形は様々なのですが。
そして、その子が小さいうちは、「私こそがこの子を守ってあげなくてはならない」、こう思うことでしょう。

これは当たり前の感情です。

しかし、その子がもう自分である程度、自分の面倒をみられる年齢になったならば。
本来ならば、徐々にその手を離していかなければならない。
しかし親というものは、自分の子に関しては、なぜだかいつまでも「頼りない」「心配だ」と思ってしまうもの。まあ、それ自体は良いのです。親心とはそういうものでしょう。

ですが、だからこそ冒頭に述べたように、その「無力さ」についても自覚的でなければならない。
つまり、心配することは当然であっても、もう僕たちは、彼や彼女の全てを「守ってあげる」ことなど出来ないのです。
ましてや、自分の思う「幸福」を子に押しつけたりしてはいけない。

「頼りないから」といって子のスケジュールを勝手に決めたりしてはいけない。
「心配だから」といって子の習い事や塾を勝手に決めてはいけない。
「まだまだ子どもだから」といって子どもが決めた進路や、そして人生の行く道に過剰に口出ししてはいけない。

いえ、口を出しても「無駄」なのです。
もはや、彼・彼女は僕たちが思うようには動いてくれません。
スケジュールは勝手にサボります。塾には行きません。
そしてもちろん、彼も、彼女も、自分自身の人生を生きはじめているのです。自分なりの「幸福」を見つけようと彼らなりの努力を始めているのです。

そして、これは「先生」という立場でも言えることなんだろうと最近、よく思います。

もちろん、「勉強」を教えること自体は、ある意味で簡単です。
受験その他のゴールがあって、そこに向かって努力する子どもに、「学力的」な補佐を行うことも、経験のある教師ならば難しいことではない。
あるいは「精神的」な補佐を行うことも、簡単ではないが、「伴走者」の役割を果たすことくらいはできるでしょう。
でも、これはあくまで「勉強」の問題です。僕が言いたいのは、そういうことではありません。

本来的に「教育」には様々な理念や目的があります。
主体的な判断のできる人間に育ってほしい。
好奇心豊かな、幅広い知見をもつ人になってほしい。
独創性に富む、柔軟な思考を身につけてほしい。

ですが、それらは、「教え」られません。

折々の機会に、たとえば何一つ自分から挑戦しようとしない子どもを見て、何らかの「説得」をすることはできるかもしれない。人生の先輩として、「言葉」で何かを伝える努力をすることも、完全に「無駄」ではないかもしれない。
ですが、その「説得」が功を奏するときがくるとすれば、やはり彼自身が何らかの「体験」を経て、自分自身の力でそれを学んでいったときなのです。
そういうときが訪れて、初めて、「ああ、あのとき先生が言っていたのは、こういうことだったのか」となるわけです。

じゃあ、「先生」なんていらないじゃないか。
「親」が無力であるなら、何もしなくて良いの?

もちろん、そんなことはない。
僕たち「親」も「先生」も、子どもたちの「体験」の一つであり、相関的な「環境」でもあるわけです。
そうであれば、僕たち自身が子どもたちにとって「刺激的」な「環境」であるべきでしょう。
子どもを守ろうとしたり、何かを無理にさせようとするのではなく、まずは自分が「幸福」であることを目指し、自分が「おもしろい」と思うことを探求すべきです。

手前味噌な話で恐縮ですが、僕がやっているヒルネットの、フィールドワーク等のテーマ学習では、僕自身がよく知っていることをテーマにすることは殆どありません。
もちろん、子どもたちと話し合って最終決定するわけですが、それでもなるべく僕自身がよく知らないこと、僕自身が知って「おもろいなあ」と思えることをテーマにします。

そうしないと僕が面白くないからです。
僕が面白くないことは、やる気も起きません。
そして「先生」が面白くないものを、子どもが面白いと思えるはずがありません。

だから、それは一見、無計画で無軌道な「学習」に見えるかもしれない。
しかし、計画的に一人の人間を「育てる」ことなどできるでしょうか?
ただ一人として同じ個性を持ってはいない子どもたちに、単一の「効果」を狙って、「主体性」を持たせたり、「好奇心豊かに」することなどできるでしょうか? できるはずがありません。

そうであれば、教師の役割は、より子どもたちが、刺激を受ける存在であろうとすること、自分自身が「おもしろい」と思える体験・環境に、子どもたちを巻き込んでいく存在であろうとすることのほかにはないと思います。
僕と対話し、僕とともに過ごし学んでいくその時間が、彼ら子どもたちにとって、より良き人生へとつながる「体験」となってくれるよう努めるしかありません。

僕が言う、教師や親が「無力」である、とはこういう意味です。
このことに無自覚であれば、己の「教育理念」に頑迷にしがみつく愚を犯しかねません。
子どもを「自己満足」のために「コントロール」しようとばかりしてしまうかもしれない。

いや、もちろん僕だって、特に「親」としては、まったく不完全な人間です。
ここに書いたように、子どもを「信頼」して接しているかと言われれば、反省すべき点ばかり見えてきます。
今日書いた記事は、だから自戒を込めたものでもあります。
ですが、だからこそ、今後も親として、そしてもちろん「先生」としても、自分の「無力」さを忘れずに、常に省みるようにしたいと思っています。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

「体験」が「学び」の種を作るということ

どうもどうも。
いよいよ夏休みが終わりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

前回のブログでも書きましたが、新学期の始まりというのは、どんな子どもにとっても憂鬱なものです。
子どもから何らかの「サイン」があったならば、「傷が浅い」うちにそれを受け止めてあげられると良いですね。まあ、なかなか難しいのですが。

さて、僕の活動としても、明日からヒルネットの活動再開です。
ところで、このヒルネットですが、そもそもこの活動を行おうと思ったきっかけは、実は「不登校」の問題だけではなかったんですよね。

いや、もちろん、数年前からそういう相談が増え、またプライベートでも何件か「不登校」「まだら登校」の悩みについて聞かされるようになっていたのは事実です。
だから、直接の動機がそこにあったのは間違いないんですが、ただそれだけでもない。

実は、ある意味でもっと別の問題として、ここ数年、ある疑問がずっと頭の中にあったわけなんですな。
それは、「どうして、子どもは学校に通いだすと、こんなに〈勉強〉を嫌いだすのだろう?」という疑問でした。

まあ正確にいうと、「学校に通いだすと〜」なのかどうかは判らないんですが。
しかし、とにかく自分の子ども含め、幼稚園や小学校1年生くらいの子どもは、むしろ〈勉強〉が好きとさえ見えるくらいなのに、中高学年くらいになると、ほぼ完全に「面倒なもの」になっている。

「3足す4はね、7なんだよすごいでしょ!」「僕ね、自分の名前漢字で書けるんだよ!」「夏休み旅行したこと作文に書いたんだよ読んでみて!」
まだ小さい子どもたちが、こんなことを先生に、あるいは両親その他の大人たちに告げている図を誰だってみたことがあるはずです。

実際、子どもというのは、本当は学ぶことが好きです。
特に自分が興味を持ったことを学ぶことは大好きです。しかも大人では太刀打ちできないくらい、吸収も早い。
そして、この点については年齢が上がっても同じかもしれません。自分が好きで、関心を持てたことについては、彼らは自分でそれを調べ、自分でそれを学びます。
それは、人によっては「恐竜」のことかもしれないし、人によっては「鉱石」についてかもしれない。あるいは「電車」のことかもしれません。

ところが。
これが学校の〈勉強〉となると、途端に「重荷」以外の何ものでもないみたいになってしまう。

これは一体何でなのか?

「強制」の有無、ということが一つの原因であることは間違いないでしょう。
毎日の「宿題」、「受け身」の授業、気分が乗らないときでも机に座り続け目の前の計算ドリルはこなさなきゃならない。そういう「作業」をこなす毎日。
こういう強制された「作業」を面倒に感じるのは、大人だって同じでしょう。

では、一切の強制がなければ、いいのか?
何も強制されぬまま育てられた子どもは、幼少期の、ある種無邪気な知的好奇心を保持し続けられるのでしょうか?

これはある部分ではイエスと言えるし、またある部分ではノーとも言えます。
なぜなら知的関心の持続的な涵養は、その子どもの置かれた環境、即ちその環境から与えられる連続した体験のあり方によるからです。

難しい言い方をしちゃいました。
簡単に言えば、たとえば周囲に自然環境が溢れ、種々の生物・動物と触れ合う機会が多く、またそれらの生物、たとえば花の美しさや薬草の効用、動物の生態についてよく話されるような環境にいたなら。
その子は自然と、成長とともに自然科学への好奇心を深めて行くことになるでしょう。
逆に、ゲームやテレビといった間接的体験ばかりの環境に囲まれたまま少年期を過ごした場合。その子の関心は当然「メディア」に特化したものとなるでしょう。

誤解なく言っておけば、僕は後者が悪いとは思っていません。その「メディア」に特化した体験から、むしろ天才プログラマーが生まれないとも限りません。
単純に、体験のあり方が、その子の知的な関心のあり方を決めるというだけです。

さらに言っておくと、10代半ばの思春期少年と、10歳未満の子どもでは、環境の受け取り方、つまり体験の質も変わるに違いありません。
たとえば、それこそ不登校になって昼夜逆転し四六時中グロテスクなホラー映画をみている環境が良いはずはありませんが、十代の一時期には必要な場合もあります(はい、すみません、これは15歳時分の僕です)。

話がずれました。
要は強制があろうとなかろうと、知的関心を刺激する経験がある程度与えられているかどうか。
また、その経験が次の経験を呼び込むような形で、連関する形で与えられているかどうか。そういう環境があるか。

そうした理想的な条件が整う中で、少年期の学ぶことへの情熱は持続するのだと思います。
いや、いま「理想的」と言いました。
実際、普通のご家庭で、そんな環境を常に持続させることは難しいでしょう。
自然環境に恵まれた体験がたくさんあっても、今度は歴史や社会的な事象にまるで好奇心を持たないということだってありえます。

ただ、僕はある程度、そういう形でも良いと思っています。
何でも、オールジャンルにできる必要はない。
ただ、関心があまりに狭められていない限り、種々の体験からの刺激により、一つの関心がまた別の関心へと扉を開く、そういうことはあると思います。
現に僕は30代まで、理数系の学問には何ら関心を持っていませんでしたが、中年になってから、それこそ仕事含め色々な体験の結果、強く興味を持つようになりました。

いずれにせよ、椅子に縛り付けられたまま黙々と計算ドリルを解くような「作業」から、数学的な好奇心が生まれるとは思えない。
歴史の年号をただ暗記するところから、現実の日本社会への関心など生まれない。

そうではなく、実際にかつての遺跡を見て、変わってしまった町を歩き、現実の体験からから様々な空想をめぐらすなかで、知的な関心というものは生まれるのではないか。
そしてまた、その過程で生まれた疑問や関心について調べる中で、知性というものは育まれるのではないか。

僕がヒルネットを始めようと思ったとき、一方にあったのはそういう思いでした。
果たして自分が思い描いた通りに物事が進んでいるかはわかりません。
いえいえ、はっきり言って「理想」通りにはいつだっていきません。それが「現実」の「体験」なのです。

それでも、しんどいながらも毎週フィールドワークに子どもたちを連れて行きます。
今年の秋には「お祭り」の屋台を出して、子どもたちに実際に「仕事」をしてもらおうとも思っています。
教室のなかだけでは味わえない「体験」をたくさんしてもらおうと考えています。

それらのうちの一つでも、彼らに「学び」の芽をつくってくれたならば、それだけでもやって良かったと思えます。

それでは、それでは。

追伸
最近、というかついさっき、インスタグラムも始めてみました。
と、言いつつ、実はよくわかってません。
https://www.instagram.com/?hl=ja
気が向いたらフォローしてみてください。

 

 

 

「夏休み」の終わりと不登校

どうもどうも。

想像を絶する暑さと言うのはきっと去年の夏だったんでしょうが、それでもやっぱり酷暑に死にそうなってる今日この頃、みなさん如何お過ごしでしょうか。僕は今日まで盆休みでした。

さてさて最近の記事、見直すと不登校不登校不登校となんか同じネタばかりが並んでるようで、さすがに今回は違う内容の記事にしようかと思ったんですが、朝、新聞を読んでいると、もうすぐ夏休みが終わるため「新学期の始まりは『学校に行きたくない』子どもたちの心理的負担が深刻に出やすい時期ですよー」系の記事がたくさん載ってたため、急遽、そういう感じの記事を書くことに。

というのも僕も明日から仕事。
久しぶりにとった長い休暇の後なので、「気が重い」というほどではないが(まあ僕の場合、「子どもに何か教えたりする」こと自体は別に「しんどく」ないので)、夏休みが終わらんとする子どもたちの気持ちは判らんでもないのです。
思い出せば小学校時代、夏休み最後の週に地球終了のお知らせとかニュースで流れないかなーなどと馬鹿なことを考えていたことを思い出します。

とはいえ、そんな呑気な妄想ですんでいるうちは大したことない。
学校がかなり「しんどく」なっている状態の子どもにとって、今くらいの時期の「気の重さ」はその比ではないでしょう。

上記のような記事の中には、よく親は子どもの「危機的なサイン」を見逃すな式の記事が散見されますが、これも実はなかなか難しい。
中学生くらいの子どもは完全に「プツンと糸が切れる」状態になるまで、親に学校生活の現状なんかを話そうとはしません。
思春期なんですもの、「イケテナイ自分」を他者に晒したくなんてないんです。
そして、思春期の子どもにとって「親に頼る」ことは「イケテナイ」ことの最たるものなんですよね。

そう。ここで重要なのは、子ども自身が「不登校」という状態を「イケテナイ」と認識してしまっていることなんですよね。
「そんなことないんだぜ! 俺は全然学校なんて行く必要ねえと思ってるんだぜ! そして学校行かなくても必ず夢を実現させてやるんだぜだぜ!」的な強いお子さんもいるでしょう。
でも、小学校高学年以上、特に中学生くらいの子どもにとって、ことはそう簡単じゃありません。

ふつうの少年・少女にとっては記憶にある「社会」とはイコール学校なわけです。
そこから「脱落」することはイコール社会から「脱落」するイメージに近い。
「いじめ」の問題なんかもそうだと思います。
命を断つくらいなら、どうして学校に行くのをやめなかったの?
そう問うのは簡単ですが、それは「命を断つくらいなら、どうして会社辞めなかったの?」と聞くのと同じだと思います。
我々大人が、仕事が「しんどい」からってその仕事を急に辞められないのと同じです。

ただ、前も書きましたが、「大人」は「経験」によって様々な対処法を知っています。
本当にその仕事が「しんどい」なら、知恵を絞って、その仕事以外に自分の生きる道、家族を養う道を探すでしょう。
「仕事を辞める」=「社会から脱落する」というわけではない、というくらいの視野の広さもあるでしょう。

でも、子どもには、まだそれがない。
というか、今まさにその「経験値」をためている最中なわけです。
だから急に、「よし。俺、学校辞めるわ」とはならない。
ギリギリまで踏ん張っちゃおうとしちゃうんですね。
そして踏ん張った分だけ、「糸」が切れた後に、そこから立ち上がるのに必要なエネルギーをも消耗してしまいます。

で、ここから更に重要。
以上のように「イケテナイ」自分と格闘しながら、それだけでも精一杯なところに、中学生くらいだと、場合によっては「学校に行けない」ことが「親に迷惑をかける」「家族のお荷物になる」といった意識まで生じてきてしまいます。
これは特に「よくできる子」「真面目な子」に多いパターンです。
例えば、本人が学校生活を「しんどい」と思っていても、勉強自体はよくできたりするため、周囲はむしろ模範的な子どもと見ていたりする場合。
そうした他者からの視線によって作られた「自己像」と、学校が既に「しんどくて」たまらなくなっている自分とのギャップに苦しみます。
不登校になることで、親はどう思うだろうか?
「ふつうの子ども」でなくなった自分のせいで心配をかけるのでは?

そんな心配しなくてもいい、と思うでしょうか?
ですが、僕たち親は、えてして子どもたちに「ふつう」であってほしいと無意識に願っているものです。
口では「自由に生きたらいい」などと言いながらも、心のどこかで「自分はともかく、この子は平凡でも幸せな人生を送ってほしい」と願ってしまうものでしょう。
それは悪いことでは、もちろんない。
僕だって、そう思います。自分はゆるふわに生きてるのに。

ですが、その意識的・無意識的な「思い」が、「平凡」でなくなった子どもたちを苦しめる場合もある、ということなのです。

さて、そこで冒頭の話。
もうすぐ学校が始まる。子どもによっては、それは「死刑執行まで残り数日」といった気分です(大げさではありません)。
もし、子どもたちが既に辛そうにしている、それこそ、その「サイン」に気づけたなら、「大人」の我々は「学校辛いんじゃないの?」と声をかけてあげるべきです。
しかも、真剣に。
それが決して「イケテナイ」ことなんかでないこと、「学校」以外にも「社会」は広く存在し、「不登校」もまた一つの「選択」なんだということをちゃんと説明してあげるべきでしょう。

そして、もし明瞭なサインがなかったとしても、少しでも自分の子どもが「学校システム」に向いていない、あるいはそこからはみ出す「個性」を持っている、と日ごろ考えていたならば。
少なくとも「学校に行かないなんて大したことではない」といった「思い」が子どもに伝わるようにすべきでしょう。
「平凡」じゃなくていい。
「ふつうの幸せ」以外の幸せが必ずある。
だから、どんな「選択」をしても親である私たちは、必ずその「選択」を尊重し支援するよ、というメッセージを、できれば明るく伝えてあげるべきでしょう。

 

そんな「メッセージ」に関係する話の一つとして。
昔、ある不登校だった生徒から聞いた話です。
地元の公立中学に通えなくなって数ヶ月。
朝、元気に通学する「元同級生」や「元先輩」たちの姿を窓越しに眺めながら、彼は自分の現状を嘆き将来に絶望していたそうです。
自分は本当にどうしようもない人間だ。一生こうやって窓の外を眺めながら家族のお荷物として生きていくんだ、と

そんなある日、母親が彼にこう伝えました。
お祖父ちゃんがあなたのことを褒めてたわよ、と。
彼には意味がわかりません。

彼の祖父は変わり者で有名な人物でした。
祖父の父、つまり彼の曽祖父がとある有名企業の創立メンバーの一人だったにもかかわらず、なぜか曽祖父の会社には入らず名も無い中小企業に就職。50歳を越えた後に自分で小さな会社を始めた人物でした。
そんな変わり者の、しかし独立独歩を貫いてきた祖父を、彼は尊敬していたそうです。

その祖父が自分のことを褒めている? どうして?
母は答えました。お祖父ちゃんはこう言ってたわ。
俺は親父の力に頼らず、自分で会社もおこした。オモロイなと思えることには何でもチャレンジした。せやけど、学校に行かんちゅうようなことは思いもつかんかったな。そんなこと思いつくだけで、あいつはオモロイやっちゃで。きっと大物になるわ。

祖父がどういうつもりでそんなことを母親に言ったのかはわかりません。
冗談のつもりだったのかもしれません。
しかし、それでも彼は、その言葉に大いに励まされたそうです。
そこから彼は、徐々に「不登校」という自分の状態を、前向きに、一つの「選択」だったのだと考えられるようになっていったということです。

現在、彼はもちろん、立派に社会人として暮らしています。

それでは、それでは。

 

 

 

 

「発達のでこぼこ」具合と「不登校」と『サーミの血』

どうもどうも。
ついに梅雨が開けたと思ったら昼食に使う長ネギを買いに出かけただけで熱中症になりそうなほどのクソ暑さに見舞われている東京ですけれども皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はもう何もしたくありません。

さてさて、先日の記事ではちょっと不登校について、改めて色々考えてみたわけですけれども、そもそも日常の学校生活に「疲れる」って言うけれども全然そんなことない、めっさ楽しく学校生活送った記憶しかないわいって方もおられるかと思います。いや、今の小学生、中学生にだって当然います。

例えば、御歳73歳となる我が父もそうでした。今から60数年前(すごいな)の我が父は運動会の徒競走でダントツビリを走りながらも笑顔でゴールインするような超ポジティブ小学生だったそうです(なお、その遺伝子は我が甥子に受け継がれている模様)。
ところが、そんなポジティブ学校生活を送った人の息子が突然、不登校になる。なんか理由もはっきりしない。
はっ?なんでやねんそれ?となるのも当然ですよね。

じゃあ、例えば「登校」を「拒否」しちゃいたくなちゃった子は、そもそもどうして「疲れる」のか?
いや、別に「不登校」にならなくてもいい。
学校生活が「しんどい」と感じるのは何故なのか?

そりゃ、もちろん原因はホントに様々です。
が、前の記事でも少し触れたように、その一つに、いわゆる「発達のでこぼこ」具合ってやつが少からず関係してることもあるでしょう。

と言ったって、僕は最近の、ウィスクの結果がどうだとかグレーゾーンが何だとかADHDがどうこうだとかって言説傾向は、あんまり信用してません。いや、それぞれにフォローが必要だとしても、過剰に深刻な形では捉えません。これは昔の記事にも書きました。

というより、僕が特殊なだけかもしれませんが、僕の実感では、生徒はもちろん、自分の子やその周囲の友だちとか皆んな引っくるめて、少なくとも小中学生の6割くらいの子は、何かしら「発達」が「でこぼこ」してます。
そして生徒に関して言うと、多くの場合、良くも悪くも、高校生くらいになると、なんか「ふつう」になっちゃいます。いや、ほんとに良くも悪くも、ね。

だから、前もって言っておくと、僕はこの「発達なんちゃら」とかって呼ばれるようになった子どもの「でこぼこ」具合は、ある種の「個性」の発露だと考えるようにしています。
そうした「個性」は、短所として目立ってしまうこともあれば、長所として捉えられることもある。
単純作業が嫌いな代わりに好きなことならずっと集中してられる、とかって具合に。

 

ところが。
この「個性」が長所よりも、どうしても短所として目立ってしまう場所がある。
それが「学校」をもその一部とする、「近代の規律・訓練型の社会制度」なんですね。おっと、ちょっと難しい言い方だな。

わかりやすく言えば、「一週ぴったり7日間の1日24時間中、毎朝何時に起きて何時の電車やバスに乗って何時に仕事や学校行って、似たような課題をこなしたら夜もだいたい決まった時間に帰宅して、これを5日間続けて土日はふつう休息日」みたいに、毎日の生活が一定のルールやリズムのもとに規律正しく行われ、しかもそれを自発的に行えちゃう社会のあり方。
これがいわゆる「近代の規律・訓練型の社会」と、政治哲学で言われるものです。

ところが、この近代社会の「一定のルールやリズム」ってやつは、大昔から存在してたわけじゃない。
長い世界史の中で見れば、「つい最近」習慣化されたものにすぎません。
近代の中で徐々に形成され、全面化したのは、世の中の人間の多くが「工場」、そして「会社」で働くようになってからのことなんです。
日本で言えば、大正時代、つまりたったの百年前です。
少なくとも、例えば日本人は、百年前までそんなふうには生きていなかった。

このことに関して、ある映画を紹介したいと思います。
その映画は、『サーミの血』。
2017年公開のスウェーデンを舞台とした映画なんですが、とっても良い映画です。

ネタバレしない程度に簡単にあらすじを書いておくと、北欧でトナカイ狩猟を生業とするサーミ人の少女が、「差別」に抗して、スウェーデンの「街」での自由な生活を求めようとする、ってな感じの話。
で、物語の表面的なテーマは、やはりサーミ人とその「差別」についてなんだと思うんですが、隠れた裏テーマとしては、そうした狩猟民族から見た「近現代社会」の異様さなんじゃないかと僕は思いました。

その点については、象徴的なシーンがあります。
サーミ人の少女が初めて「街」の学校の授業に出ようとするシーンがあるんですが、その授業の内容が体育。
そして、その体育の最初に、生徒全員がメトロノームのリズムに合わせて変てこな体操(準備体操?)をするんです。
で、そんなのやったことない主人公は、当然、周りについていけない。

でも、このシーン、異様に見えるのは、体操についていけない主人公ではなくて、むしろ周囲の「ふつう」の生徒たちなんですね。
カチッカチッというメトロノームの規則的なリズムに合わせて、皆が皆、教師含めて完璧に、一糸乱れず同じ動きをする。
なんとも言えない不気味さを感じさせるシーンです。

この場面には、「毎日同じ時間に起きて同じ電車に乗って同じような仕事をする」近現代社会に対する明確な批判が込められていると思います。
もちろん、他の場面、ストーリーのなかでも「街」の「気持ち悪さ」は強調されます。
それに対して、サーミ人たちが暮らす自然の雄大さの美しいこと。

つまるところ、ある種の「個性」をもつ子どもたちが学校生活に「疲れる」のは、そうした「一定のリズム、ルール」のなかで活動することに対する「しんどさ」があるからではないでしょうか?
「メトロノーム」のリズムに合わせて、他の人と同じ「動き=課題」をするのが「しんどい」のでは。
少なくとも、僕は今でも「しんどい」と感じてしまいます。

おいおいちょっと待て。だけど「学校」というものは、多少の特殊性はあったとしても、まさしくここで述べている「近現代社会」の雛形ではないのか?
多少「しんどく」とも、そこに合わせることが、実際の「社会」で生きていくためには必要では?
そうした疑問もあるかと思います。

おっしゃる通り。「学校」はまさしく、そういう意味ではある種の「社会」の雛形だと思います。
例えば、大きな企業に就職したり、そうでなくとも一定の組織のなかで安定的な職業に就こうと思うなら、「学校」は簡単に「拒否」していいものではないのかもしれない。
実際、上に書いた僕の父親は、いわゆる「大企業」に40数年勤めておりました。
それに対して、息子の僕は、40過ぎても、ゆるゆるフワフワ生きてます。

たけど、当たり前ですが、僕はこんなふうにも思います。

別にゆるフワ生きるのが良いとは全く言わないけれど(いや、ホントに。それはそれでしんどい)、一方で必ずしも「大きな組織」の中で生きるのが絶対に幸せだとも限らない。
「街」で「ふつう」に生きるのが苦手なら、自然のなかでトナカイを追う生活をしたって良いじゃないか。

いえいえ。これはもちろん、価値観の問題です。
その子、その人が、どんな生き方をしたいかの問題です。

ただ、少なくとも僕は、彼や彼女のもつ「個性」を、単に「短所」としては絶対に捉えたくない。
それを「短所」としてしか見られない場所に彼女を置いておきたくない。

計算ドリルをこなすのに2時間かかってしまうけれども、彼女の描く絵はとても美しい。
他人の気持ちを上手く察せないかもかもしれないが、彼の意見はいつだって正直なものだ。
気の向かない作文は全然書けないけれども、電車のことだったら誰よりも詳しく書ける。
反復作業は大嫌いだけど、一つのアイデアに夢中になったらいつまでだって考えられる。

これら子どもたちの「個性」は間違いなく「長所」です。

「大きな街」で「メトロノーム」に合わせて動くのは苦手かもしれない。
だけど、それなら大自然のなかでトナカイを追う暮らしを望んだっていい。少なくとも、僕はそう思います。

そして、その暮らしはきっと、やはり映画のあるシーンで描かれるように、明るく優しい陽光に満ちたものとなるはずです。

それでは、それでは。

 

不登校とは何か

どうもどうも。
いよいよ梅雨が本格化、毎日ジメジメ雨が降ったり止んだり鬱陶しい天候が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はほんまに調子悪いです。北海道に行きたい。

さてさて、今日はまた「学校」についてのお話。
またかよ、と思われる方もおられるかと存じますが、お許しを。
なんとなれば、これはやっぱり最近の僕の一番の関心事なものですから。

最近、僕は色々な場所に顔を出していることもあって、不登校に関する、様々な、非常に深刻な相談を受けることが、ままあります。
ケースは本当に様々です。
ただ、共通しているのは、やはり当事者であるお母さんたちの、苦しみ、悩み、その悲嘆。
30年前の我が母もこうだったのだろうと密かに自らを責めます。

さて、そんな中、これも先日、ある会合に参加した折のことです。
同じ会に参加していたお母さんの話。詳しくは書きませんが、ちょうど最近始まった、ご子息の不登校・登校拒否に悩まれているお母さんでした。

色々な話が出て、また会合に参加されている他の参加者の方々からも多様なアドバイス、応援の言葉も出たのですが、個人的に印象に残ったのは、そのお母さんが最初に言ったことでした。
いわく、息子にはその日も昨日までと全く同じように接していた。つまらないケンカもしてしまったけれど、それもいつものことだった。なのに、その日から突然、息子は学校に行けなくなったのだ、と。
「大したきっかけもなく学校に全く行けなくなってしまったのは何故なのでしょうか?」

実は、これは難しい問題なのです。
「学校」に行けなくなる、行かなくなる理由。

もちろん、目に見える原因は様々で、いじめの問題であったり友人関係のトラブルであったりする場合もある。
しかし、実は当の本人含め、具体的な理由ははっきりとしない場合も多い。

学校が「いや」なわけではない。そういうケースさえあります。
いえ、正確には、おそらく心理的な深層においては「拒否」しているのでしょうが、何がいやなのかと他人に聞かれても、そして自問自答してみても、いやな理由が見当たらない。
実は30年前の僕自身もそうでした。
友人関係がうまく言っていないわけでもない。極端に辛いことがあるわけでもない。
でも、行けない。
前も書きましたが、今でも娘の用事で小学校に顔を出す度に、吐き気をもよおすほどの嫌悪感を感じます。

そして、僕が知る限り、これは結構よくあるケースなのかもしれないのです。

「いや」なこと、「辛い」ことが、そんなにあるわけではない。でも、学校にいけない。行かない。

ただ、こんなふうに考えることはできます。
例えば、彼・彼女が少しばかり繊細で、よくいえば他人の気持ちがよくわかる分、人の悪意にも敏感になりやすい人間だった場合。
あるいは逆に、とても感性豊かで強い自我を持っているけれど、そのぶん他人に意見を合わせたり人と同じように振舞ったりするのが苦手だったりした場合。
それとも、成長が他の子供よりちょっと遅れ気味だったり、少しばかり不器用だったり、端的に勉強が苦手だったり。
ともかく、彼・彼女が30人の教室にいて、少しばかり、そうほんの少しばかり「目立つ」ことのある子どもだった場合。本当に、本当にほんのちょっとだけ。

彼・彼女は学校の「集団行動」に合わせようと努力するでしょう。
でも、「学校」が「学ばせよう」とする「集団行動」には、ある種特殊なところがあります。
集団での一斉授業。朝礼のような集会、一斉の教室移動、班行動、etc….。

例えば、彼はちょっと不器用だったために、家庭科の時間、一緒に料理を作る班のメンバーの足を引っ張ってしまいます。
例えば、彼女は少しマイペースなためにいつも教室移動に遅れてしまいます。そのせいで図工の班行動が彼女の班だけなかなか開始できません。
どれも大したミスではありません。
しかし、それは当然、集団の「からかい」の対象となります。とはいえ、そんなのよくあること。もちろんその場は、彼・彼女も笑ってごまかします。

また、あるとき彼は国語の授業で他の人とは全く違う意見を言ってしまいました。
また別のある時、彼女は得意な算数で活発に発言を繰り返しました。
どちらも、教師から見れば、褒められる行動です。
ですが、場合によっては、それも「からかい」の対象となります。お前、なに調子乗ってんの?
このように「学校」という場での「集団行動」は、現在の日本では、ひとつ間違えば「個性」を殺す「同調圧力」としても働きます。

とはいえ、上記の一つ一つのことは、とっても小さなことです。
でも、それが3年続き、6年続き、そして中学生になっても続く。
子どもにとっての9年は、我々大人の20年くらいの感覚かもしれません。
そして、家に帰ると、親は親で色々うるさく言ってくる。
彼や彼女はだんだんと疲れていきます。人に合わせて笑うのに疲れていきます。

強いられた「集団行動」。
とてもとても、疲れる日々。

そして、ついにある日、彼は「切れて」しまう。
まさしく糸がプツンと切れるように。

もう、疲れた。
もう何もかもやめてしまおう。
何もかも考えるのをよそう。

 

なんだか、書いていて、本当に辛くなってきました。
こういう気分は、大人の僕たちにだって経験のあることですよね。
でも、僕たちには、まさしくそうした気分に陥った際、そこから自分を奮い立たせる「処方箋」を、それぞれの経験のなかに持っています。
子どもたちには、まだ、それがない。
というより、「学校に行かない」というのが、その処方箋なのです。

特別に「いや」なことがないのに「学校」に行けなくなる理由。
特別な事件があったわけでもないのに、突然、ある日行かなくなる理由。

それはきっと、大人であれば、「鬱病」と呼ばれるような状態なのかもしれません。
あるいは、その一歩手前の状態と言うべきか。

いえいえ、これはあくまで比喩です。
なんでもかんでも「病気」としてしまう現今の日本社会の状況を僕は強く批判します。
しかし、とにかくも、子どもたちが「学校」という特殊な「社会」に「疲れきってしまう」ことが、不登校という現象の一つの理由だとは思います。

とはいえ、僕は公教育を、学校に通うことを否定したいわけでは全くありません。
幸運にも、全く問題なく学校に通えている諸君は、どうか多少の辛いことがあったとしても、小学校、中学校時代の「ふつう」の思い出を重ねていってほしい。
僕自身、高校に行っていないので、そういう「ふつう」の少年時代、青春時代の貴重さが切実にわかるからです。

ただ、だからこそ、「疲れきってしまう」前に、週に2日ぐらい、学校を休みながら通ったっていい。
週に2、3回、学校とは違う場所で学んだっていい。
それこそオルタナティブ・スクールに通ってそこで友達を見つけたって全然問題ない。

実際、今の学校自体、多くの理解ある校長先生自体が、そういう学び方を奨励してさえくれています(これはヒルネットの活動を行ううちに気付かされたことでした。ヒルネットのような小さな活動でさえ、今の学校ではふつうに「出席」として認めてくれるようになっています)。

子どもたちが、それぞれの個性にあった多様な学び方ができるように1日でも早くなってほしい。そして少なくとも、そのせいでお母さんたちが涙を流すようなことが少しでも無くなってほしい。
そんなことを願わずにはいられない、今日この頃です。

それでは、それでは。

 

 

 

 

対話する力について

どうもどうも。
すっかり梅雨っぽい感じで毎日グズグズとうっとおしい天気が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしですか。雨が嫌いな僕は梅雨ももちろん大嫌いです。頭痛くなるし。

ということで、今日の話題。
しばらく、ちょっと重めの話が続いていたので今日は軽めの内容で。

とはいえ、軽めの話題といっても不真面目な内容というわけじゃない。
テーマはずばり、対話する力について。

いつもながら手前味噌な話で恐縮なんですが、僕の授業、というか、日中やってる「ヒルネット」の活動だったり、土曜のグループレッスン「読書のWS」だったりで、特に意識して子どもたちに取り組んでもらってるのが、この対話。
つまり、議論する力なんですな。

例えば、ヒルネットで「自由とルール」「『法』と『礼』」の関係について議論したり、読書WSで「DV男とそれを殺した殺人犯、どちらが悪か?」なんてことを話し合ったり。
もちろん、まだ小学校高学年くらいの子どもたちですから、冗談みたいな話も絡めながら和やかに話し合うわけですけど、ときにはこちらがびっくりするような鋭い発言だってある。
そういうとき、僕が大切にしてるのは、「答え」を決して言わないこと。
というより、上のようなテーマに、簡単な答えなんて、誰だって普通は用意できません。
僕はあくまで、子どもたちの発言を引き出すコーディネート役に徹しているわけです。

僕がこういうことに力を入れているのは、もちろん僕自身が色々な学問的?テーマを考えることが好きだから、ということもありますが、同時に子どもたち自身にも、ふつうに生きていると思いつかないような「疑問」に出逢ってほしいから。
そして、そうした疑問について、自分とは全く違う考え方、感じ方をする人間が、大人を含めているのだということを知ってほしいからです。

さて、こうした対話力。議論する力、とでも言いましょうか。
まあ昔っから言われることですが、日本人はこういう力がなかなかない。つまり議論が下手で意見が言えない、とよく言われるわけです。
僕の実感としても、6割くらいはほんとのことかな、と思います。

必ずしも議論が下手だったり嫌いだったりするわけじゃないとも思います。が、一方でそういう作法を幼少の頃から教わっていないことも事実。
例えば、僕が教えているインターナショナルスクールに通う生徒なんかに聞くと、向こうの学校では必ずディスカッションの授業があるそうです。
指名された生徒に議論させ、他の観客生徒がどちらの意見に説得させたか、その数で勝敗を決めるという、なかなかにシビアな授業なんです。
これ、なかなか日本の学校では成り立ちにくそうですよね。

さらにいうと、僕は、多くの日本人は議論自体が苦手、というよりも「知らない他人の前で自分の意見を言うこと」が苦手のように思います。
つまり、仲間同士やある程度、気心の知れている人間同士の間では、色々な話し合いはできる。意見だっていう。
けれども、自分がよく知らない場所や、専門外の知識を要する会合では、できればつまらないことを言って恥をかきたくないと思ってしまう。

まあ正直、僕も狭い日本社会に育ってきた人間なわけでは、こうした実感がほんとかどうかは判りません。
外国人だってそうだよ、と言われれば、そんな気もするし。

それでもやっぱり、あくまで僕の実感、体験としては、日本人は意見を言わないなあ、と感じたことは結構あります。
昔、放送大学というところで政治学のスクーリング授業を非常勤講師として担当していたことがあるんですが、そのおり、だいたい講義が終わりに近づいたころに、僕は毎回「今日の内容で何か質問はありますか?」と投げかけることにしていました。
が、そういう場合に質問が返ってくるのはほんとに稀。たいていシーンとしちゃうんですよね。
相手が二十代の学生諸君なら、まだわかる。
ですが、放送大学のスクーリングに通っているのは、ほぼ大人、だいたい40代〜70代ぐらいの経験を積んだ大人な訳です。
それでも、ほとんどの人は手を挙げない。ああ、日本人って、ほんとに質問したり意見をいったりするのがキライなんだなあ、と感じました。

いや、繰り返しますが、これはあくまで僕の実感。
大したことない少ない経験からの実感です。ほんまはそんなことあらへんのとちゃう?と言う異論反論は当然受け付けます。

それはともかく、僕はやっぱり意見を言わない、言えない。さらに言えば、誰かに反対する意見、それこそ異論や反論を口にできない体質、というのは、大変もったいないことだと思います。
それは江戸期以降の日本人の文化的体質かもしれませんが、一方で、もしそれが日本の教育上の慣性のなかでも養われているとするなら、すぐにでも改めていくべき案件でしょう。

というのも、人間の「思考」というものは、実は一人だけでできるものではないからです。
昔、僕の学問上の師匠とも言える先生が、あるゼミの折にこんなことを言っていました。

「君たちは自分が何かを考えていると思っているだろう? しかし、それは嘘だ。まず、思考は表現されなければならない。口に出されねばならない。でなければ、それはただの形を取らないもやもやとした妄想だよ。
そして次に、その君たちの意見、考えが本当に君たち自身で考えたものであるのか、自分に問いかけてほしい。きっとそうじゃないとわかるだろう。
例えば、ある物事、ある社会的問題について、君たちが先ほど口にしたことは本当に君自身の意見だったろうか? それはひょっとして昨日読んだ本の意見をそのまま自分の考えと錯覚して口にしたものだったのではないか? それとも昨晩みたテレビのコメンテーターがちょっと口にしたことを知らぬうちに君の意見だと考えてしまっているのでは?
いいかな諸君。もしそうなら、君たちはまず君たちが思わず納得してしまった論者の意見に、あえて反論することから始めることだ。
そして何よりも、今、君が正しいと感じている意見に反対してくれる人と対話すべきだ」

この先生は僕が知っている人間のなかでは圧倒的な教養と知的アイデアを持っている方でしたが、一方で超がつくほどの変人でした。しかもすっごく怒りっぽい。
その上、彼はアメリカの大学でも教鞭をとっていた経験からか、日本人が発言しないことを非常に嫌っていました。
ですから、ゼミは常に緊張につぐ緊張の連続。
先生が質問はないか?という具合に沈黙した際、ゼミ生からの発言がなかったりすると烈火のごとく怒り出すのです。
怒り出した挙句、返ってしまったこともあるそうです(僕は幸運なことに現場にいませんでした)。

今でもゼミ初日の日の緊張を思い出すくらい怖い先生でしたが、おかげで僕はどんな場所に言っても何かしら「意見を言う」(ほとんど強迫神経に近い)癖がつくようにまりました。
そして、後々の人生の経験からも、それは本当に大切なことだと感じるようになりました。

弁証法、という哲学の思考法があるように、人間の思考というものは、一人でただ考えていても、やがて壁にぶつかるか、あるいは勝手に「自分(だけ)が正しい」という独我論に陥るだけです。
自分の考えを他者に話し、他者から批判され、そしてその批判を受け入れて新たな思考に至る。
あるいは逆に他者の考えを聞き、それに反論するうちに、新たに自分の思考がまとまることもあるでしょう。

社会的動物としての人間は、これまでも、これからもそのようにして、文化を、文明を築くものなのだと思います。

そう。
だから、まず最初に意見を言わなければならない。
他人の反論を恐れてはいけない。誤りを指摘されて恥じる必要もない。
意見を異にする他者は別の思考に目を開かせてくれるはず。
誤りの指摘は、さらに知的な関心を深めさせてくれるはず。

だから、最初に発言をしよう。質問をしよう。

そう、子どもたちに繰り返し伝えていきたいと思う今日この頃です。

それでは、それでは。