「前ならえ」が大嫌いだった

どうも、どうも。
はい、もう今回の記事も何日ぶりの記事になるでしょうね。もはや、月一更新ではなく、「ときどき更新」となりつつある、このブログ。
でも、繰り返せば、しゃーない。わい、忙しすぎでんねん。

ということで、今日はあんまり言い訳はしない。
もう飽きた。忙し話も繰り返すと何やら病気自慢みたいな嫌味な感じになってくる。

で、今日はいきなり本題へ。(全然、いきなりじゃない件について。。。)

「イマンモ、ぼく、学校行くとなーんか、吐き気するんよなー。何が嫌とかはのうても。。。」

先日、ヒルネットの活動中、とあるメンバーがふとした会話の折にもらした言葉です。
このメンバーは学校を完全には「自主卒業」しておらず、学校に通いつつも、「やっぱ学校ムリー」という気分が溜まってくると、ヒルネットに参加するという形をとっています。
だから、「学校ムリー」という感覚を「現役」のものとして感じている。

で、先ほどの「吐き気」云々のつぶやき。

「いやー、イマンモは、その感じめっちゃわかるでー。イマンモもそうやったもん」
「何が原因なんやろー?」
「まあ、いろんなストレスとか、トラウマとかかなあ。イマンモなんか、何かの用事で学校行ったら、今でも吐き気するもん、学校の匂いとかで」
「あー、なんか特有のにおいあるよなー。……というか、40代後半なっても治らんとか最悪やーん」
。。。などというたわいもない会話をその時は交わしておったのですが、この僕も感じる吐き気云々という話は本当のことです。息子のことなんかで学校に行くと、今でもなんとなくいやーな気持ちが込み上げてきます。
まあ、これはそれこそ大昔に体験したことからくるトラウマなのでしょうが。。。

ここでも繰り返し書いている通り、いわゆる「不登校」の原因は千差万別です。
「いじめ」の体験が引き金になる場合もあれば、「怖い大人(教師)」に遭遇してしまったことが原因となる場合もある。
ただ、当たり前のことですが、それらの「出来事」に出遭ってしまっても、「登校」を「拒否」してしまう子もいれば、しない子もいる。また一旦、「不登校」となっても、(良い悪いは別に)何かのきっかけで再び学校に通うようになる子もいる。

ちょっとしたボタンの掛け違い。
しかし、やがてその違和感が累積し、大きくなってしまうと、ふとした時に頑張りを支えてきた「心の糸」が切れてしまう。
学校の「におい」が、耐え難い吐き気をもよおすものに感じられるようになってしまう。。。

ここでちょっと、あるケースを取り上げてみましょう。

彼は(そうここでは仮にTとしましょうか)、幼少期からちょっと変わり者の少年でした。公園で遊んだりすることはあまり好きではない。どちらかと言えば、家で本を読んだり、自分の空想に耽ったりすることが好きな少年。
Tは母親の希望もあり、3年保育のモンテッソーリ系の私立幼稚園に通っていました。
とはいえ、Tにとっては、そこも決して居心地の良い場所だったとは言えない。だいたい若干の睡眠障害があったTは寝つきが悪く、したがって朝早起きするのも苦手。
それもあって毎朝、登園するのを渋るような子だったそうです。

そうはいっても、幼稚園は、まだ良い環境だったのでしょう。
無理に何かをやらされることは少ない。Tは毎日、図書室で自分の好きな絵本を眺めて過ごしていました。

そんなTも、小学校に入学する年齢となりました。
そして、そこで彼は、いくつかの大きな「違和感」を感じることになるのです。

まず、公立小学校は「やたらと騒がしい」場所でした。
授業中はいい。しかし、休憩時間になった途端、教室はさまざまな「騒音」が飛び交う場所になります。

クラスメイトの笑い声、騒ぐ声。怒声に悲鳴。誰かが誰かを追いかけたり、それを注意したりする音、声。
少しばかり聴覚過敏の傾向もあったらしいTは、突然、獣が跋扈するジャングルに放り込まれたような気分になったそうです。
この場所が、怖い。
ここに居続けるだけで、落ち着かない気持ちになる。不安だ。。。

ですが、それよりもっとTを悩ませることがありました。

それは「みんなと同じように行動する」こと

「月曜日は朝礼の時間があります。〇時〇分までにグラウンドの〇〇に集合しましょう」
「2時間目は体育の時間です。〇時までに体操着に着替えて体育館に集まること」
「3時間目が始まるまでに、〇〇を持って図工室に移動しましょう」
「給食当番の人は白衣に着替えて給食室に移動してください」

一つひとつはなんてことのない「指令」でしょう。
しかし、それらが何個も連続すると、Tは混乱してしまうのです。

何より、そもそも教師の「指令」が「耳に入ってこない」。

Tは空想に耽ることが好きな少年でした。そして、それは小学校に入る年齢になっても変わりませんでした。
とりわけ、頭の中で何か考え事に熱中し始めると、他のことが目に入らなくなってしまうのです。まして、その他大勢に向かって話している言葉など聞こえるはずもない。

結果的にTはヘマをやらかします。
朝礼には間に合いません。いつまで経っても、体操着に一人着替え終わりません。皆が図工室にいるときに、一人教室にいます。給食当番のことなど、すっかり忘れてしまっていました。

こうして、Tはクラスの皆から責められます。
先生からも注意されます。

学校という場所は、Tにとって、とても緊張を強いられる場所となりました。

とりわけ、Tが嫌いだったことがあります。
それが、「整列」です。

「まえー、ならえ!」
そんな号令とともに、自分の前に並ぶクラスメイトの肩のあたりに向かって、腕を伸ばす。そうすることで、「列」を乱さないようにする。
Tは、この「前ならえ」が大嫌いでした。
なんだか不条理なことをやらされているというような気分もありました。
ですが、何より、Tはこの「列を乱さずに並ぶ」ということが、上手にできなかったのです。
「T君のところ、列からはみ出てる!」
よく、そんなふうに注意されました。
自分では、他の人と同じように「前ならえ」を行い、並んでいるつもりなのです。
ですが、なぜだかいっつも、列から一人、はみ出ている。
クラスメイトからは笑われます。先生がやってきて乱暴に(とTには感じられました)「本来並ぶべき正しい場所」にTを押しやります。
そんなことが、月曜の朝礼の時間、体育の時間、何らかの儀式の折々に、繰り返されました。
Tは、本当に「前ならえ」が大嫌いでした。

学校での生活は、一時が万事、この調子でした。
運動会のリレーで自分だけ違うクラスの旗をまわってしまう。ダンスの練習をすれば自分一人違う振り付けで踊ってしまう。給食当番になればスープや味噌汁をこぼしてしまう。。。。などなど。

それでも、学年が上がるにつれて、Tもなんとか、その場その場をやり過ごすワザを身につけていきます。
勉強は嫌いではありませんでした。また、少なくとも表面上は陽気な、人付き合いの良い「キャラ」を演じました。いや、演じたというより、実際、Tにはそういう側面もあったのでしょう。だから、友達もたくさんいました。学級委員長をやったことすらあったのです。

だから、親も教師も、Tが学校生活を楽しんでいると思っていたかもしれません。

ですが、内心では学校が嫌でイヤでたまりませんでした。
相変わらず、そこはTにどこか緊張を強いる場所だったのです。

やがて、Tは中学生になりました。
中学校はTにとって、より「みんなと同じ行動」を取らなくてはいけない場所のように感じられました。
クラブ活動。委員会。種々の儀式。
やっていることは小学校とあまり違いはありません。しかし、よりルールに厳しく、そのぶんプレッシャーも大きくなったように感じられました。
それでも、Tは何とか、小学校の時と同じように、時間をやり過ごそうと努力しました。

しかし。

中学2年のある日。

Tは朝、起きられなくなりました。
どんなに早く布団にはいっても、朝の7時に目が覚めない。
布団から、どうしても出られない。

母親が布団を剥ぎ、無理に朝ごはんを食べさせようとします。
でも、味噌汁すら飲む気がしない。飲めない。
学生服に着替えろと言われる。しかし、どうしても袖を通すことができない。
制服を持つ手が震える。布団に戻りたくなる。
母親に手伝われて、何とか制服を着てみても。
今度は玄関から足を踏み出すことができない。玄関に座り込み泣き出してしまう。

どうして泣いているのか? それが自分でもわからない。

こうして、Tはいわゆる「不登校」となりました。
理由は本人にも、はっきりとは判りません。

しかし、「その日」。朝、起きられなくなったその日。
Tの中で、それまで何とか彼を支えていた心の糸が、すり減り、細くなって、ついに切れてしまったのです。
そんなふうにしか、説明はできない。

さて、勘の良い読者の皆さんは、もうお気づきかと思います。
以上、記してきたケース、Tとは僕自身のことです。
もはや30数年前という遥か昔、少年だった頃の僕の身に起こった話です。

こんな「自分語り」をするのは、心理的にかなり抵抗のあることでした。
まして、大昔の話。お恥ずかしい限りです。いや、ほんとに。

ただ、上の方で書いた通り、「不登校」の原因は千差万別。
たくさんの子どもたちを見てきた僕にも、今苦しんでいる彼や彼女の、本当の「事情」、その心の奥底で起こっていることまでは、判りません。
経験から、さまざまな推測ができるというだけです。

だから、不登校の「原因」について書く際は、いつか自分の経験を記しておく必要があるなと以前から思ってはいたのです。

そして、GWが終わった、この5月。
今週からの学校生活を、とても憂鬱な気分で迎えている子どもたちが、たくさんいます。
それこそ、「前ならえ!」という号令に、吐き気を感じながら従っている子もいるはずなのです(いい加減、この意味不明な、くだらない「習慣」は禁止にしませんか?)。

そういう子どもたちに、僕は言いたい。
どうか、君たちを支えている「心の糸」が切れてしまう前に、今並ばなければいけないと思っている「列」から離れてほしい。
「糸」が切れてしまったら、それをもう一度結び直すのは、やっぱり切れるまでと同じくらい長い時間がかかってしまうものだから。
それに、「列」からはみ出る人生だって、そんなに悪いものじゃあないはずだから。

そして、自分の子が「学校生活」に疲れているかもしれないと少しでも感じておられる親御さんが、もしもこの文章をお読みならば。
どうか、お願いです。
お子さんを「列」に押し戻すようなことはなさらないでください。
「正しい場所」と思える場所は、お子さんにとって「ふさわしい場所」とは限りません。

「列」などなく、「号令」もなく、みんなのんびり寝そべりながら、互いの話を聞き合えるような、そんな「場所」が、今はたくさんあるのです。

僕がひどく恥ずかしく思いながらも、大昔の自分の経験を書いたのは、休み明けのこのタイミングで、そんなことを伝えたいなと思ったからでもありました。
そして、僕自身の経験に付け加えるなら、「列」から離れた後の人生は、とても楽しく幸福なものでしたよ。

それでは、それでは。







人はなぜ「勉強してしまう」のか?

どうもどうも。
またしても、めっちゃ間が空いてしまいました当ブログ。いやー相変わらずホント忙しいんすよねえ。

平日の午前日中は僕が運営してるフリースクール「ヒルネット」の活動(4月新年度から金曜午前も活動することになりました! っていよいよ死ぬぞオレ)。
夕方からは各種学習の個人レッスン。そして土曜は「音読サイコロ道場」(は最近、若手に任せてサボり気味)や、「読書のワークショップ」(こちらは変わらずメイン担当)といった国語グループレッスンが目白押し。
そして。休みの日もヒルネットの活動記録をアップしたりとなんやかんやと雑事に追われ。。。

悠々自適の村上春樹的貴族生活を送るはずがどうしてこうなった?

それも全部自分で企画運営してるから全部自分のせいというね。。。。
だいたい、いつも「そうだ! こんなことをやってみよう! 思いついちゃったもんね俺天才やらずにはおれんさ!」ってテンションで決める時の僕は躁状態なんすよね。
で、数ヶ月後にはエネルギーを使い果たし鬱期がやってくるという。。。

。。。。いやいや、いつものことながら、またしても冒頭数行を意味不明な「愚痴」で消耗してしまっているぞ!
今日、俺が書きたいのは、こんなことじゃないんだ!

そう、今回のテーマはこれ! ズバリ「勉強」について。

普段、このブログでも、ある種普遍的な「学び」についてはよく触れていますが、今回はそうではなく、まさしく「勉め強いる」勉強なるものについて書こうと思います。
しかも、「どうして勉強しなくちゃいけないのか?」
ではない。
「どうして勉強してしてしまうのか」について書きます。この違いわかるー?

そんなことを書こうと思ったきっかけは、とある中2男子の一言でした。
イマンモせんせい、わしゃのう、勉強なんぞ何でせんとならんのんか、さっぱりわからんのんよ!」(広島弁風に)

上にも書いたように、僕は相変わらず国語中心に社会や英語や最近はちょこっと数学(算数)なんかも個人レッスンで各年代の子どもたちと「勉強」しています。
この中2男子も、小学生の頃からグループレッスンにずっと参加してくれていた子で、中一まで参加してくれていた「読書のワークショップ」では、オモロイ発言含め、小説のテーマなどについて活発に発言し議論を盛り上げてくれるような男の子でした。「読書WS」参加により、読書習慣が少し身についてきてもいたんですよ。
つまり、ちょっとした「学習」の楽しさには触れていた。
しかし、「勉め強いられる」ものには上記のような拒否感を現在進行中で抱いておるようなのです。

まあ、このブログでも何度か触れているように、「強制」されたものは、本来面白いはずがない。
逆にいえば、自分の興味関心に従って「学習」したものについては、他人から見れば「勉強」であったとしても、本人からずれば「遊び」の延長。楽器をマスターするように吸収できるものなのです。

ただし。
実際、この世界では、残念ながら学習を「勉め強いられる」ことは多い。
たとえ保護者が「強制」せずとも、学校が「強制」しなくとも、社会全体からのプレッシャーは、少なくとも今現在の日本では存在する。
つまり、学歴にしろ資格にしろ、何らかの「勉強」に基づく「試験」にパスすることが、多くの仕事で要求される。
学歴偏重志向なんて「バカバカしい」に違いないし結構な数の人間がそう考えているに違いないにも関わらず、やっぱり「そんなのバカバカしいぜ!」とブログなんかで言ったところで、何故だかその「現状」は急に変わるものでもない。
(そんな資格偏重な社会を「拒否」して生きることも、もちろん出来るが、それにはそれで別の「強さ」が必要な現状)

そんなわけで、仕方がないので、ここは発想の転換。
自由な関心に従って「学ぶ」ことが一番いい。
しかし、逆に「勉め強いる」勉強にも、それ相応の効用があるのではないか?
「勉強する」こと自体に面白さが隠れているんじゃないの?

そんなテーマについて、おそらく今現在は、少なくとも周囲から学習を「強制」されることが、まだ比較的少ないであろう(?)ヒルネットの中学生メンバーたちと、先日、リベラルアーツのWSの一環として議論してみました。
「でもなー、やっぱり嫌や嫌や思うて勉強するんはオモロないと思うで」
「せやな。大体そんなネガティブな気持ちでなんか勉強したって、何にも頭に入らんで」
「まー、なんか目標があれば違うんちゃう?」
「目的って、どんな?」
「例えば、こんな大学に入りたいーとか?」
「そういう根性はワシ好かんなー! じゃあ大学とか学歴とか興味なかったらせんでええことになるし」
「学歴以外にも、外国に行きたいとか、いろんな目標はあるんちゃうか?」
「それやったら結局、勉強は〈手段〉ってことになるで? 何かの目的を果たすために努力し苦痛に耐えて。。。って感じになってしまう」
「でも、たとえ自分がやりたいと思って始めた勉強でも、何かしらしんどいことはあると思うけどな」
「どんな?」
「だって、英語に興味持って始めたかて、やっぱり単語とか文法覚えたりするのは、ある程度、自分に努力を強いる部分はあるやん?」
「それはそうやな。勉強に限らん。楽器弾けるようになるんかって、けっこう練習せんと無理やしな」
「でも、それが好きやったら、やっぱそれは〈苦痛〉にはならんやろ」
「苦痛に感じるまではなくても、どこか〈勉めて強いる〉努力は必要になってくるやん?」

などなど。こんな感じの話が出ました(注 もちろんブログ用に脚色してますし僕の意見も入ってます。というかヒルネットのメンバーで大阪弁なのは僕だけですもちろん)。

で、ここに「勉強」することの「効用」というか、あえて言えば「快楽」のヒントが隠されていますね。
それは楽器。
何か楽器を弾く人なら判ると思うんですが、どんな楽器だって、いきなり弾ける人なんていません。結構、地道な練習を繰り返して弾けるようになる。
(ちなみに僕はベースを弾くんですが、最近新たに5弦ベースを購入しちゃいましてね。これが通常の4弦ベースと少し勝手が違って、上手に弾きこなすのに苦労してます)

じゃあ、何で楽器なんて練習するんでしょうか? 自分でやってるから判りますが、ほんと地味な練習も必要なんですよ。
それは、うまく弾けるようになった時の快感がすごいから。これに尽きる。
あるフレーズを弾けるようになった。ある曲を通して弾けるようになった。ある特殊なテクニックをものにした。
誰かの前で発表するわけでなくとも、その達成感は素晴らしい。まさしく快楽なのです。

僕はスポーツはやりませんが、ひょっとしたらこちらでも同じことが言えるかもしれない。
陸上競技で、例えばマラソンが趣味で、ある記録を破りたいと思う。正直言って、別に珍しい記録でも何でもない。記録を破れたって、特に意味もない。
ところが、実際にその記録を破れた時の達成感。そこまで地道に走り込んできたことを含めての快感。それはその人にとっては何ものにも変え難い「快楽」なのでしょう。
そういう「快楽」が、きっとスポーツにもあると思います。

じゃあ、「勉強」にもそんな「快楽」があるのか?
まさか単語2000個覚えてスゲーとかじゃないよね?

もちろん、違います。
「勉強」することで得る達成感。

それは、「世界」が今までと少し違って見えるようになる、ということです。

どんな「勉強」でも良いのです。もちろん「学問」のレベルに至る必要はない。
でも、例えば英語を本気で「勉強」すれば、単に英語が読み書き話せるようになるだけじゃない。英語話者が日本語話者とは違う観点で「世界」をみていることに気づけるはずです。
なぜ、英語は主語を省略しない・できないのか?(逆に日本語はなぜ省略しがちなのか?)
なぜ、英語ではbe動詞という「存在」を表す単語が大切なのか?
なぜ、英語は時制にこだわるのか?(逆に日本語では過去形と完了形とが一体になってしまったのはなぜ?)

こうした「疑問」から新たに「学問」に目覚めてもいい。
でも、そうならなくとも、「へー、英語ってこんなふうになっってるんだ」「イギリス人やアメリカ人はこんな言葉を使って世界を理解しているんだ」という素朴な「理解」が生まれたなら。
それらを「知る前の自分」と、「知った後の自分」とでは、ほんのちょっとだとしても「世界」が違って見えるようになっているはずです。
まして、物理や歴史、数学など、現今の自然世界や社会を成り立ちに関わる「勉強」や、思考の理論形式を学ぶ「勉強」であれば、「へー、そういうことか!」という「発見」も大きいでしょうし、「世界」を見る目も、わかりやすく変化するに違いありません。

もちろん、繰り返せば、自分の興味関心から、これらの「知」に出会えた方が望ましいでしょう。
ですが、「勉めて強いる」環境のなかから、こうした「新しい世界の見え方」に出会う。そこで「へー、そういうことだったのか!」という快感を得る。
その快感がきっかけとなって、今度はむしろ主体的に、自分の関心に従った「学究」が始まる可能性だってあるのです。

最後に。
今年の受験生で、僕と一緒に「勉強」していた男の子に、第二志望ながら国際キリスト教大学に合格・進学する子がいます。
彼は不登校だったこともあって(ーー彼もご家族も知らないと思いますが、実は彼の存在は、僕がヒルネットを作ろうと思ったきっかけの一つでもありました)、17歳ごろまではそれほど「勉強」はしていなかったそうです。
しかし、一念発起。
17歳の終盤から、大学受験のための「勉強」を懸命にやり始めました。
結果は、上記の通り。
先日、受験が終了した挨拶にやってきてくれた彼は、「最近どんな感じ?」という僕のたわいもない質問に、こんなふうに答えてくれました。
「なんでしょう。不思議なんですが、最近また〈勉強〉を始めてます。受験が終わったら、好きなことをやろうと思っていたんですが……。前から気になってた哲学なんかの本を読むだけならまだしも、ドイツ語の〈勉強〉まで始めちゃって」

おそらく彼は、「勉強」を始めたことで、その「快楽」をも知ったのだろうと思います。
そして僕は、彼だけでなく、受験を含めて様々なきっかけで今年「勉強」を行った、「生徒」たちみんなが、それぞれにその「知の経験」と出逢えていたなら嬉しく思います。

おめでとう、M君。
そして、ようこそ「学問の世界」へ。

それでは、それでは。






イマちゃん、今の子は昔の子より弱なっとるんやろか?

皆さま、明けましておめでとうございました。
って、もう年が明けてずいぶん経ちますね、すみません。

それにしても、お久しぶりです。
いやー何ということでしょう。このブログ、記事の投稿が4ヶ月?ぶりではないか!! いや、ほんますんません。。。
サボっていたわけではないんです。って、いやサボっていたのはサボっていたわけなんですが、ちょ、あまりにも忙しくてですね。普段の活動が。で、ついつい休みの日はのんびりしよー、ブログとかもしばらくお休みだーなんて気分でまったりしていたら、なんと年が明けていた。。。
時間が経つのが早い!早すぎるぞこれはきっとスタンド攻撃されている!!
ということで、気がついたら4ヶ月もまったりしてしまっていたわけなんですな。まあ、ええやろ。しゃーない(誰に言っているのか)。

まあ、最近のかなり忙しい活動。今後も負担になり過ぎない感じでボチボチ続けていければなーなどと考えております。

ということで、今回は年明け1発目ということで、最近の雑感を記事にすることに。

実はこの年末年始、わたくしイマンモも実に約2年ぶりに関西に帰郷しておりました。これまではコロナのこともあって、ずっと帰ることができなかったんですな。

そんな関西帰阪中でも友人知人親戚その他から耳に入ってくるのは、いわゆる「不登校」の問題。いや、それだけでなく、ASDがどうした、ADHDがなんたら、HSCがモゴモゴなんて話。

類は友を呼ぶ。スタンド使いはスタンド使いと引き合う。
なんてことじゃなくて、単純に僕の仕事柄のせいなんでしょうが、いろんなところから「教育上」の悩みが耳に入ってきました。

いやー、なんなんだろうな。
この数年で、子どもたちを取り巻く教育環境はホントより「複雑」さを増してると言えますね。

そんな話題が正月のご馳走を前に交わされているなか。
ふと、義父がもらした言葉。
イマちゃん、なんで今の子どもはこんな悩んどるんやろ? 昔の子どもより弱なっとるんやろか?

御歳75歳、戦後生まれ昭和育ちの義父からしたら、ある意味、当然の疑問です。
義父の少年時代にも、「いじめ」問題なんかはあったに違いないと思いますが、いわゆる「不登校」といった現象は「見えなかった」でしょうし(単に「不良」と扱われてた可能性はあります)、ましてASDやADHDなんて言葉が出てきたのは最近です(そういう傾向の子どもはいたでしょうけどね)。

したがって、現在は過去には「見えなかった」「見ないことにしていた」問題が、教育システムの制度疲労と相まって顕在化してきただけとも言えます。
言えますが、まあ、やはりそれだけでもないでしょうね。

これは、良い悪いの問題ではありませんが、家庭環境から社会環境まで、高度成長期の日本と現在の日本社会とでは、何から何まで違うと言えば、違う。
どんどん人口が増えていた高度成長期の日本。けれど、その後、人口ピラミッド図は山形からどんどん歪な釣鐘型へと変わってゆく。
当然、家族構成も違う。4人5人兄弟が当たり前だった団塊世代。2、3人の兄弟がまあ一般的だった団塊ジュニア世代(僕はここです)。一人っ子も全く珍しくない現在。
繰り返せば、良い悪いではなく、幼年期の生育環境は全然違うと思います。

そして、学校環境も違う。
これは例外なく昔の方が「悪かった」と思いますが、例えば僕が小学校・中学校時代なんかは、「体罰」が当たり前でした。
もっと言えば、これは僕が「田舎者」だっただけかもしれませんが、日常に「暴力」が溢れていました。学校だけでなく、僕が所属していたサッカーチームの監督は、ほとんど見た目も口調も「ヤクザ」でしたよ。
繰り返せば、これは「良くない」ことです。
でも、1クラス40人の子どもたちに「無理やりいうことを聞かせる」方法としては効果的だったのでしょう。
ま、一言でいえば、「野蛮」だったわけです。

今はそういう「野蛮」さは無くなった代わりに、潔癖な「排除」があります。

「どうして、この子が学校に通えなくなったんだろう?」
そんなふうに不思議に思う「不登校」の、まだ小学生中低学年のお子さんに、僕はよく出会います。
なるほど、確かにちょっと変わったところがあったり、粗暴な物言いをするところがあったりはする。でも、他の子と遊んでいる姿を見る限り、うまくやれないわけじゃない。そんなタイプの子。

ところが、そういう子が学校という「集団生活」の「和を乱す」と、途端にウィスクをすすめられ、カウンセラーを紹介され、通級をすすめられる。
いや、それ自体は悪いことではない。先生だって一生懸命に考えてのことでしょう(なかには「えっ?」と思うような先生もいますが)。

しかし、今の学校にはどこか、「異物」を許さない、潔癖さがあるのではないか?
「暴力」という強制力を失い、一方で幼少期から多数での集団生活に慣れていない子どもたちを相手に「集団性」を強要せざるをえないなか、学校は「ちょっぴり変わった子」、以前なら大目に見られていたかもしれないような「和を乱す子」を、すごく恐れるような場になってしまっているのでは。

例えばの話、現在の日本の小学校に「のび太」や「ジャイアン」がいたら、どうだろう?
(興味深いことに、ジャイアン以外の「ドラえもん」の主要な子どもたちは、「あの時代」にもかかわらず、皆、一人っ子なんですよね)

忘れ物も多く宿題を忘れても平気なのび太は、今ならADHDという「診断」をウィスクなどで受けてしまうかもしれませんね。
字も汚く勉強もできない。通級をすすめられてしまうかもしれない。
暴れ者で「お前のものは俺のもの」といった暴言を吐くようなジャイアンは、現代なら間違いなく問題児です。ASDの傾向があるなんて言われちゃうかもしれません。

では、そんなのび太やジャイアンは、自分たちをどこか「和を乱す異物」扱いしているような、そこまで言わずとも、何やら「居心地の悪い」気分にさせられる、そんな学校にそのまま通い続けるでしょうか?

もしのび太やジャイアンが、現代の東京や大阪といった都市に住んでいれば、おそらくそういう選択はしないでしょう。

僕がやってるヒルネットのようなフリースクールもあります。あるいは、種々の教育法を実践するオルタナティブスクールもある。経済的に余裕があるならインタナショナル・スクールだって良いかもしれない。
「学校の集団生活に合わない」ならば、他にいくらでも選択肢があるわけです(あくまで都市部では)。
もし僕が「のび太」なら、ドラえもんに頼る代わりに、自分に合ったペースで学べるスクールを探すでしょうね。

上記の義父に対する僕の答えは、以上のような感じになります。いや、実は現場でも同じ話をしましたが。

60年前の教育環境。30年前の教育環境。そして現在の教育環境。
家庭環境。社会環境。その中で生きる子どもたち。
どの時代が良かったなんて、簡単には言えません。

でも、一つだけ言えることがあります。
それは、今の子どもたちが過去の子どもに較べて「弱い」なんてことは、ありえないということです。

今の子どもたちも、また、現代の社会を、自分たちの人生を、懸命に生きています。
そして60年前の子どもが、30年前の落ちこぼれが、なんとか大人になったように、彼らもきっと素晴らしい大人へと成長してくれることでしょう。

それでは、それでは。