「体験」が「学び」の種を作るということ

どうもどうも。
いよいよ夏休みが終わりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

前回のブログでも書きましたが、新学期の始まりというのは、どんな子どもにとっても憂鬱なものです。
子どもから何らかの「サイン」があったならば、「傷が浅い」うちにそれを受け止めてあげられると良いですね。まあ、なかなか難しいのですが。

さて、僕の活動としても、明日からヒルネットの活動再開です。
ところで、このヒルネットですが、そもそもこの活動を行おうと思ったきっかけは、実は「不登校」の問題だけではなかったんですよね。

いや、もちろん、数年前からそういう相談が増え、またプライベートでも何件か「不登校」「まだら登校」の悩みについて聞かされるようになっていたのは事実です。
だから、直接の動機がそこにあったのは間違いないんですが、ただそれだけでもない。

実は、ある意味でもっと別の問題として、ここ数年、ある疑問がずっと頭の中にあったわけなんですな。
それは、「どうして、子どもは学校に通いだすと、こんなに〈勉強〉を嫌いだすのだろう?」という疑問でした。

まあ正確にいうと、「学校に通いだすと〜」なのかどうかは判らないんですが。
しかし、とにかく自分の子ども含め、幼稚園や小学校1年生くらいの子どもは、むしろ〈勉強〉が好きとさえ見えるくらいなのに、中高学年くらいになると、ほぼ完全に「面倒なもの」になっている。

「3足す4はね、7なんだよすごいでしょ!」「僕ね、自分の名前漢字で書けるんだよ!」「夏休み旅行したこと作文に書いたんだよ読んでみて!」
まだ小さい子どもたちが、こんなことを先生に、あるいは両親その他の大人たちに告げている図を誰だってみたことがあるはずです。

実際、子どもというのは、本当は学ぶことが好きです。
特に自分が興味を持ったことを学ぶことは大好きです。しかも大人では太刀打ちできないくらい、吸収も早い。
そして、この点については年齢が上がっても同じかもしれません。自分が好きで、関心を持てたことについては、彼らは自分でそれを調べ、自分でそれを学びます。
それは、人によっては「恐竜」のことかもしれないし、人によっては「鉱石」についてかもしれない。あるいは「電車」のことかもしれません。

ところが。
これが学校の〈勉強〉となると、途端に「重荷」以外の何ものでもないみたいになってしまう。

これは一体何でなのか?

「強制」の有無、ということが一つの原因であることは間違いないでしょう。
毎日の「宿題」、「受け身」の授業、気分が乗らないときでも机に座り続け目の前の計算ドリルはこなさなきゃならない。そういう「作業」をこなす毎日。
こういう強制された「作業」を面倒に感じるのは、大人だって同じでしょう。

では、一切の強制がなければ、いいのか?
何も強制されぬまま育てられた子どもは、幼少期の、ある種無邪気な知的好奇心を保持し続けられるのでしょうか?

これはある部分ではイエスと言えるし、またある部分ではノーとも言えます。
なぜなら知的関心の持続的な涵養は、その子どもの置かれた環境、即ちその環境から与えられる連続した体験のあり方によるからです。

難しい言い方をしちゃいました。
簡単に言えば、たとえば周囲に自然環境が溢れ、種々の生物・動物と触れ合う機会が多く、またそれらの生物、たとえば花の美しさや薬草の効用、動物の生態についてよく話されるような環境にいたなら。
その子は自然と、成長とともに自然科学への好奇心を深めて行くことになるでしょう。
逆に、ゲームやテレビといった間接的体験ばかりの環境に囲まれたまま少年期を過ごした場合。その子の関心は当然「メディア」に特化したものとなるでしょう。

誤解なく言っておけば、僕は後者が悪いとは思っていません。その「メディア」に特化した体験から、むしろ天才プログラマーが生まれないとも限りません。
単純に、体験のあり方が、その子の知的な関心のあり方を決めるというだけです。

さらに言っておくと、10代半ばの思春期少年と、10歳未満の子どもでは、環境の受け取り方、つまり体験の質も変わるに違いありません。
たとえば、それこそ不登校になって昼夜逆転し四六時中グロテスクなホラー映画をみている環境が良いはずはありませんが、十代の一時期には必要な場合もあります(はい、すみません、これは15歳時分の僕です)。

話がずれました。
要は強制があろうとなかろうと、知的関心を刺激する経験がある程度与えられているかどうか。
また、その経験が次の経験を呼び込むような形で、連関する形で与えられているかどうか。そういう環境があるか。

そうした理想的な条件が整う中で、少年期の学ぶことへの情熱は持続するのだと思います。
いや、いま「理想的」と言いました。
実際、普通のご家庭で、そんな環境を常に持続させることは難しいでしょう。
自然環境に恵まれた体験がたくさんあっても、今度は歴史や社会的な事象にまるで好奇心を持たないということだってありえます。

ただ、僕はある程度、そういう形でも良いと思っています。
何でも、オールジャンルにできる必要はない。
ただ、関心があまりに狭められていない限り、種々の体験からの刺激により、一つの関心がまた別の関心へと扉を開く、そういうことはあると思います。
現に僕は30代まで、理数系の学問には何ら関心を持っていませんでしたが、中年になってから、それこそ仕事含め色々な体験の結果、強く興味を持つようになりました。

いずれにせよ、椅子に縛り付けられたまま黙々と計算ドリルを解くような「作業」から、数学的な好奇心が生まれるとは思えない。
歴史の年号をただ暗記するところから、現実の日本社会への関心など生まれない。

そうではなく、実際にかつての遺跡を見て、変わってしまった町を歩き、現実の体験からから様々な空想をめぐらすなかで、知的な関心というものは生まれるのではないか。
そしてまた、その過程で生まれた疑問や関心について調べる中で、知性というものは育まれるのではないか。

僕がヒルネットを始めようと思ったとき、一方にあったのはそういう思いでした。
果たして自分が思い描いた通りに物事が進んでいるかはわかりません。
いえいえ、はっきり言って「理想」通りにはいつだっていきません。それが「現実」の「体験」なのです。

それでも、しんどいながらも毎週フィールドワークに子どもたちを連れて行きます。
今年の秋には「お祭り」の屋台を出して、子どもたちに実際に「仕事」をしてもらおうとも思っています。
教室のなかだけでは味わえない「体験」をたくさんしてもらおうと考えています。

それらのうちの一つでも、彼らに「学び」の芽をつくってくれたならば、それだけでもやって良かったと思えます。

それでは、それでは。

追伸
最近、というかついさっき、インスタグラムも始めてみました。
と、言いつつ、実はよくわかってません。
https://www.instagram.com/?hl=ja
気が向いたらフォローしてみてください。

 

 

 

「夏休み」の終わりと不登校

どうもどうも。

想像を絶する暑さと言うのはきっと去年の夏だったんでしょうが、それでもやっぱり酷暑に死にそうなってる今日この頃、みなさん如何お過ごしでしょうか。僕は今日まで盆休みでした。

さてさて最近の記事、見直すと不登校不登校不登校となんか同じネタばかりが並んでるようで、さすがに今回は違う内容の記事にしようかと思ったんですが、朝、新聞を読んでいると、もうすぐ夏休みが終わるため「新学期の始まりは『学校に行きたくない』子どもたちの心理的負担が深刻に出やすい時期ですよー」系の記事がたくさん載ってたため、急遽、そういう感じの記事を書くことに。

というのも僕も明日から仕事。
久しぶりにとった長い休暇の後なので、「気が重い」というほどではないが(まあ僕の場合、「子どもに何か教えたりする」こと自体は別に「しんどく」ないので)、夏休みが終わらんとする子どもたちの気持ちは判らんでもないのです。
思い出せば小学校時代、夏休み最後の週に地球終了のお知らせとかニュースで流れないかなーなどと馬鹿なことを考えていたことを思い出します。

とはいえ、そんな呑気な妄想ですんでいるうちは大したことない。
学校がかなり「しんどく」なっている状態の子どもにとって、今くらいの時期の「気の重さ」はその比ではないでしょう。

上記のような記事の中には、よく親は子どもの「危機的なサイン」を見逃すな式の記事が散見されますが、これも実はなかなか難しい。
中学生くらいの子どもは完全に「プツンと糸が切れる」状態になるまで、親に学校生活の現状なんかを話そうとはしません。
思春期なんですもの、「イケテナイ自分」を他者に晒したくなんてないんです。
そして、思春期の子どもにとって「親に頼る」ことは「イケテナイ」ことの最たるものなんですよね。

そう。ここで重要なのは、子ども自身が「不登校」という状態を「イケテナイ」と認識してしまっていることなんですよね。
「そんなことないんだぜ! 俺は全然学校なんて行く必要ねえと思ってるんだぜ! そして学校行かなくても必ず夢を実現させてやるんだぜだぜ!」的な強いお子さんもいるでしょう。
でも、小学校高学年以上、特に中学生くらいの子どもにとって、ことはそう簡単じゃありません。

ふつうの少年・少女にとっては記憶にある「社会」とはイコール学校なわけです。
そこから「脱落」することはイコール社会から「脱落」するイメージに近い。
「いじめ」の問題なんかもそうだと思います。
命を断つくらいなら、どうして学校に行くのをやめなかったの?
そう問うのは簡単ですが、それは「命を断つくらいなら、どうして会社辞めなかったの?」と聞くのと同じだと思います。
我々大人が、仕事が「しんどい」からってその仕事を急に辞められないのと同じです。

ただ、前も書きましたが、「大人」は「経験」によって様々な対処法を知っています。
本当にその仕事が「しんどい」なら、知恵を絞って、その仕事以外に自分の生きる道、家族を養う道を探すでしょう。
「仕事を辞める」=「社会から脱落する」というわけではない、というくらいの視野の広さもあるでしょう。

でも、子どもには、まだそれがない。
というか、今まさにその「経験値」をためている最中なわけです。
だから急に、「よし。俺、学校辞めるわ」とはならない。
ギリギリまで踏ん張っちゃおうとしちゃうんですね。
そして踏ん張った分だけ、「糸」が切れた後に、そこから立ち上がるのに必要なエネルギーをも消耗してしまいます。

で、ここから更に重要。
以上のように「イケテナイ」自分と格闘しながら、それだけでも精一杯なところに、中学生くらいだと、場合によっては「学校に行けない」ことが「親に迷惑をかける」「家族のお荷物になる」といった意識まで生じてきてしまいます。
これは特に「よくできる子」「真面目な子」に多いパターンです。
例えば、本人が学校生活を「しんどい」と思っていても、勉強自体はよくできたりするため、周囲はむしろ模範的な子どもと見ていたりする場合。
そうした他者からの視線によって作られた「自己像」と、学校が既に「しんどくて」たまらなくなっている自分とのギャップに苦しみます。
不登校になることで、親はどう思うだろうか?
「ふつうの子ども」でなくなった自分のせいで心配をかけるのでは?

そんな心配しなくてもいい、と思うでしょうか?
ですが、僕たち親は、えてして子どもたちに「ふつう」であってほしいと無意識に願っているものです。
口では「自由に生きたらいい」などと言いながらも、心のどこかで「自分はともかく、この子は平凡でも幸せな人生を送ってほしい」と願ってしまうものでしょう。
それは悪いことでは、もちろんない。
僕だって、そう思います。自分はゆるふわに生きてるのに。

ですが、その意識的・無意識的な「思い」が、「平凡」でなくなった子どもたちを苦しめる場合もある、ということなのです。

さて、そこで冒頭の話。
もうすぐ学校が始まる。子どもによっては、それは「死刑執行まで残り数日」といった気分です(大げさではありません)。
もし、子どもたちが既に辛そうにしている、それこそ、その「サイン」に気づけたなら、「大人」の我々は「学校辛いんじゃないの?」と声をかけてあげるべきです。
しかも、真剣に。
それが決して「イケテナイ」ことなんかでないこと、「学校」以外にも「社会」は広く存在し、「不登校」もまた一つの「選択」なんだということをちゃんと説明してあげるべきでしょう。

そして、もし明瞭なサインがなかったとしても、少しでも自分の子どもが「学校システム」に向いていない、あるいはそこからはみ出す「個性」を持っている、と日ごろ考えていたならば。
少なくとも「学校に行かないなんて大したことではない」といった「思い」が子どもに伝わるようにすべきでしょう。
「平凡」じゃなくていい。
「ふつうの幸せ」以外の幸せが必ずある。
だから、どんな「選択」をしても親である私たちは、必ずその「選択」を尊重し支援するよ、というメッセージを、できれば明るく伝えてあげるべきでしょう。

 

そんな「メッセージ」に関係する話の一つとして。
昔、ある不登校だった生徒から聞いた話です。
地元の公立中学に通えなくなって数ヶ月。
朝、元気に通学する「元同級生」や「元先輩」たちの姿を窓越しに眺めながら、彼は自分の現状を嘆き将来に絶望していたそうです。
自分は本当にどうしようもない人間だ。一生こうやって窓の外を眺めながら家族のお荷物として生きていくんだ、と

そんなある日、母親が彼にこう伝えました。
お祖父ちゃんがあなたのことを褒めてたわよ、と。
彼には意味がわかりません。

彼の祖父は変わり者で有名な人物でした。
祖父の父、つまり彼の曽祖父がとある有名企業の創立メンバーの一人だったにもかかわらず、なぜか曽祖父の会社には入らず名も無い中小企業に就職。50歳を越えた後に自分で小さな会社を始めた人物でした。
そんな変わり者の、しかし独立独歩を貫いてきた祖父を、彼は尊敬していたそうです。

その祖父が自分のことを褒めている? どうして?
母は答えました。お祖父ちゃんはこう言ってたわ。
俺は親父の力に頼らず、自分で会社もおこした。オモロイなと思えることには何でもチャレンジした。せやけど、学校に行かんちゅうようなことは思いもつかんかったな。そんなこと思いつくだけで、あいつはオモロイやっちゃで。きっと大物になるわ。

祖父がどういうつもりでそんなことを母親に言ったのかはわかりません。
冗談のつもりだったのかもしれません。
しかし、それでも彼は、その言葉に大いに励まされたそうです。
そこから彼は、徐々に「不登校」という自分の状態を、前向きに、一つの「選択」だったのだと考えられるようになっていったということです。

現在、彼はもちろん、立派に社会人として暮らしています。

それでは、それでは。

 

 

 

 

「発達のでこぼこ」具合と「不登校」と『サーミの血』

どうもどうも。
ついに梅雨が開けたと思ったら昼食に使う長ネギを買いに出かけただけで熱中症になりそうなほどのクソ暑さに見舞われている東京ですけれども皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はもう何もしたくありません。

さてさて、先日の記事ではちょっと不登校について、改めて色々考えてみたわけですけれども、そもそも日常の学校生活に「疲れる」って言うけれども全然そんなことない、めっさ楽しく学校生活送った記憶しかないわいって方もおられるかと思います。いや、今の小学生、中学生にだって当然います。

例えば、御歳73歳となる我が父もそうでした。今から60数年前(すごいな)の我が父は運動会の徒競走でダントツビリを走りながらも笑顔でゴールインするような超ポジティブ小学生だったそうです(なお、その遺伝子は我が甥子に受け継がれている模様)。
ところが、そんなポジティブ学校生活を送った人の息子が突然、不登校になる。なんか理由もはっきりしない。
はっ?なんでやねんそれ?となるのも当然ですよね。

じゃあ、例えば「登校」を「拒否」しちゃいたくなちゃった子は、そもそもどうして「疲れる」のか?
いや、別に「不登校」にならなくてもいい。
学校生活が「しんどい」と感じるのは何故なのか?

そりゃ、もちろん原因はホントに様々です。
が、前の記事でも少し触れたように、その一つに、いわゆる「発達のでこぼこ」具合ってやつが少からず関係してることもあるでしょう。

と言ったって、僕は最近の、ウィスクの結果がどうだとかグレーゾーンが何だとかADHDがどうこうだとかって言説傾向は、あんまり信用してません。いや、それぞれにフォローが必要だとしても、過剰に深刻な形では捉えません。これは昔の記事にも書きました。

というより、僕が特殊なだけかもしれませんが、僕の実感では、生徒はもちろん、自分の子やその周囲の友だちとか皆んな引っくるめて、少なくとも小中学生の6割くらいの子は、何かしら「発達」が「でこぼこ」してます。
そして生徒に関して言うと、多くの場合、良くも悪くも、高校生くらいになると、なんか「ふつう」になっちゃいます。いや、ほんとに良くも悪くも、ね。

だから、前もって言っておくと、僕はこの「発達なんちゃら」とかって呼ばれるようになった子どもの「でこぼこ」具合は、ある種の「個性」の発露だと考えるようにしています。
そうした「個性」は、短所として目立ってしまうこともあれば、長所として捉えられることもある。
単純作業が嫌いな代わりに好きなことならずっと集中してられる、とかって具合に。

 

ところが。
この「個性」が長所よりも、どうしても短所として目立ってしまう場所がある。
それが「学校」をもその一部とする、「近代の規律・訓練型の社会制度」なんですね。おっと、ちょっと難しい言い方だな。

わかりやすく言えば、「一週ぴったり7日間の1日24時間中、毎朝何時に起きて何時の電車やバスに乗って何時に仕事や学校行って、似たような課題をこなしたら夜もだいたい決まった時間に帰宅して、これを5日間続けて土日はふつう休息日」みたいに、毎日の生活が一定のルールやリズムのもとに規律正しく行われ、しかもそれを自発的に行えちゃう社会のあり方。
これがいわゆる「近代の規律・訓練型の社会」と、政治哲学で言われるものです。

ところが、この近代社会の「一定のルールやリズム」ってやつは、大昔から存在してたわけじゃない。
長い世界史の中で見れば、「つい最近」習慣化されたものにすぎません。
近代の中で徐々に形成され、全面化したのは、世の中の人間の多くが「工場」、そして「会社」で働くようになってからのことなんです。
日本で言えば、大正時代、つまりたったの百年前です。
少なくとも、例えば日本人は、百年前までそんなふうには生きていなかった。

このことに関して、ある映画を紹介したいと思います。
その映画は、『サーミの血』。
2017年公開のスウェーデンを舞台とした映画なんですが、とっても良い映画です。

ネタバレしない程度に簡単にあらすじを書いておくと、北欧でトナカイ狩猟を生業とするサーミ人の少女が、「差別」に抗して、スウェーデンの「街」での自由な生活を求めようとする、ってな感じの話。
で、物語の表面的なテーマは、やはりサーミ人とその「差別」についてなんだと思うんですが、隠れた裏テーマとしては、そうした狩猟民族から見た「近現代社会」の異様さなんじゃないかと僕は思いました。

その点については、象徴的なシーンがあります。
サーミ人の少女が初めて「街」の学校の授業に出ようとするシーンがあるんですが、その授業の内容が体育。
そして、その体育の最初に、生徒全員がメトロノームのリズムに合わせて変てこな体操(準備体操?)をするんです。
で、そんなのやったことない主人公は、当然、周りについていけない。

でも、このシーン、異様に見えるのは、体操についていけない主人公ではなくて、むしろ周囲の「ふつう」の生徒たちなんですね。
カチッカチッというメトロノームの規則的なリズムに合わせて、皆が皆、教師含めて完璧に、一糸乱れず同じ動きをする。
なんとも言えない不気味さを感じさせるシーンです。

この場面には、「毎日同じ時間に起きて同じ電車に乗って同じような仕事をする」近現代社会に対する明確な批判が込められていると思います。
もちろん、他の場面、ストーリーのなかでも「街」の「気持ち悪さ」は強調されます。
それに対して、サーミ人たちが暮らす自然の雄大さの美しいこと。

つまるところ、ある種の「個性」をもつ子どもたちが学校生活に「疲れる」のは、そうした「一定のリズム、ルール」のなかで活動することに対する「しんどさ」があるからではないでしょうか?
「メトロノーム」のリズムに合わせて、他の人と同じ「動き=課題」をするのが「しんどい」のでは。
少なくとも、僕は今でも「しんどい」と感じてしまいます。

おいおいちょっと待て。だけど「学校」というものは、多少の特殊性はあったとしても、まさしくここで述べている「近現代社会」の雛形ではないのか?
多少「しんどく」とも、そこに合わせることが、実際の「社会」で生きていくためには必要では?
そうした疑問もあるかと思います。

おっしゃる通り。「学校」はまさしく、そういう意味ではある種の「社会」の雛形だと思います。
例えば、大きな企業に就職したり、そうでなくとも一定の組織のなかで安定的な職業に就こうと思うなら、「学校」は簡単に「拒否」していいものではないのかもしれない。
実際、上に書いた僕の父親は、いわゆる「大企業」に40数年勤めておりました。
それに対して、息子の僕は、40過ぎても、ゆるゆるフワフワ生きてます。

たけど、当たり前ですが、僕はこんなふうにも思います。

別にゆるフワ生きるのが良いとは全く言わないけれど(いや、ホントに。それはそれでしんどい)、一方で必ずしも「大きな組織」の中で生きるのが絶対に幸せだとも限らない。
「街」で「ふつう」に生きるのが苦手なら、自然のなかでトナカイを追う生活をしたって良いじゃないか。

いえいえ。これはもちろん、価値観の問題です。
その子、その人が、どんな生き方をしたいかの問題です。

ただ、少なくとも僕は、彼や彼女のもつ「個性」を、単に「短所」としては絶対に捉えたくない。
それを「短所」としてしか見られない場所に彼女を置いておきたくない。

計算ドリルをこなすのに2時間かかってしまうけれども、彼女の描く絵はとても美しい。
他人の気持ちを上手く察せないかもかもしれないが、彼の意見はいつだって正直なものだ。
気の向かない作文は全然書けないけれども、電車のことだったら誰よりも詳しく書ける。
反復作業は大嫌いだけど、一つのアイデアに夢中になったらいつまでだって考えられる。

これら子どもたちの「個性」は間違いなく「長所」です。

「大きな街」で「メトロノーム」に合わせて動くのは苦手かもしれない。
だけど、それなら大自然のなかでトナカイを追う暮らしを望んだっていい。少なくとも、僕はそう思います。

そして、その暮らしはきっと、やはり映画のあるシーンで描かれるように、明るく優しい陽光に満ちたものとなるはずです。

それでは、それでは。

 

不登校とは何か

どうもどうも。
いよいよ梅雨が本格化、毎日ジメジメ雨が降ったり止んだり鬱陶しい天候が続いておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はほんまに調子悪いです。北海道に行きたい。

さてさて、今日はまた「学校」についてのお話。
またかよ、と思われる方もおられるかと存じますが、お許しを。
なんとなれば、これはやっぱり最近の僕の一番の関心事なものですから。

最近、僕は色々な場所に顔を出していることもあって、不登校に関する、様々な、非常に深刻な相談を受けることが、ままあります。
ケースは本当に様々です。
ただ、共通しているのは、やはり当事者であるお母さんたちの、苦しみ、悩み、その悲嘆。
30年前の我が母もこうだったのだろうと密かに自らを責めます。

さて、そんな中、これも先日、ある会合に参加した折のことです。
同じ会に参加していたお母さんの話。詳しくは書きませんが、ちょうど最近始まった、ご子息の不登校・登校拒否に悩まれているお母さんでした。

色々な話が出て、また会合に参加されている他の参加者の方々からも多様なアドバイス、応援の言葉も出たのですが、個人的に印象に残ったのは、そのお母さんが最初に言ったことでした。
いわく、息子にはその日も昨日までと全く同じように接していた。つまらないケンカもしてしまったけれど、それもいつものことだった。なのに、その日から突然、息子は学校に行けなくなったのだ、と。
「大したきっかけもなく学校に全く行けなくなってしまったのは何故なのでしょうか?」

実は、これは難しい問題なのです。
「学校」に行けなくなる、行かなくなる理由。

もちろん、目に見える原因は様々で、いじめの問題であったり友人関係のトラブルであったりする場合もある。
しかし、実は当の本人含め、具体的な理由ははっきりとしない場合も多い。

学校が「いや」なわけではない。そういうケースさえあります。
いえ、正確には、おそらく心理的な深層においては「拒否」しているのでしょうが、何がいやなのかと他人に聞かれても、そして自問自答してみても、いやな理由が見当たらない。
実は30年前の僕自身もそうでした。
友人関係がうまく言っていないわけでもない。極端に辛いことがあるわけでもない。
でも、行けない。
前も書きましたが、今でも娘の用事で小学校に顔を出す度に、吐き気をもよおすほどの嫌悪感を感じます。

そして、僕が知る限り、これは結構よくあるケースなのかもしれないのです。

「いや」なこと、「辛い」ことが、そんなにあるわけではない。でも、学校にいけない。行かない。

ただ、こんなふうに考えることはできます。
例えば、彼・彼女が少しばかり繊細で、よくいえば他人の気持ちがよくわかる分、人の悪意にも敏感になりやすい人間だった場合。
あるいは逆に、とても感性豊かで強い自我を持っているけれど、そのぶん他人に意見を合わせたり人と同じように振舞ったりするのが苦手だったりした場合。
それとも、成長が他の子供よりちょっと遅れ気味だったり、少しばかり不器用だったり、端的に勉強が苦手だったり。
ともかく、彼・彼女が30人の教室にいて、少しばかり、そうほんの少しばかり「目立つ」ことのある子どもだった場合。本当に、本当にほんのちょっとだけ。

彼・彼女は学校の「集団行動」に合わせようと努力するでしょう。
でも、「学校」が「学ばせよう」とする「集団行動」には、ある種特殊なところがあります。
集団での一斉授業。朝礼のような集会、一斉の教室移動、班行動、etc….。

例えば、彼はちょっと不器用だったために、家庭科の時間、一緒に料理を作る班のメンバーの足を引っ張ってしまいます。
例えば、彼女は少しマイペースなためにいつも教室移動に遅れてしまいます。そのせいで図工の班行動が彼女の班だけなかなか開始できません。
どれも大したミスではありません。
しかし、それは当然、集団の「からかい」の対象となります。とはいえ、そんなのよくあること。もちろんその場は、彼・彼女も笑ってごまかします。

また、あるとき彼は国語の授業で他の人とは全く違う意見を言ってしまいました。
また別のある時、彼女は得意な算数で活発に発言を繰り返しました。
どちらも、教師から見れば、褒められる行動です。
ですが、場合によっては、それも「からかい」の対象となります。お前、なに調子乗ってんの?
このように「学校」という場での「集団行動」は、現在の日本では、ひとつ間違えば「個性」を殺す「同調圧力」としても働きます。

とはいえ、上記の一つ一つのことは、とっても小さなことです。
でも、それが3年続き、6年続き、そして中学生になっても続く。
子どもにとっての9年は、我々大人の20年くらいの感覚かもしれません。
そして、家に帰ると、親は親で色々うるさく言ってくる。
彼や彼女はだんだんと疲れていきます。人に合わせて笑うのに疲れていきます。

強いられた「集団行動」。
とてもとても、疲れる日々。

そして、ついにある日、彼は「切れて」しまう。
まさしく糸がプツンと切れるように。

もう、疲れた。
もう何もかもやめてしまおう。
何もかも考えるのをよそう。

 

なんだか、書いていて、本当に辛くなってきました。
こういう気分は、大人の僕たちにだって経験のあることですよね。
でも、僕たちには、まさしくそうした気分に陥った際、そこから自分を奮い立たせる「処方箋」を、それぞれの経験のなかに持っています。
子どもたちには、まだ、それがない。
というより、「学校に行かない」というのが、その処方箋なのです。

特別に「いや」なことがないのに「学校」に行けなくなる理由。
特別な事件があったわけでもないのに、突然、ある日行かなくなる理由。

それはきっと、大人であれば、「鬱病」と呼ばれるような状態なのかもしれません。
あるいは、その一歩手前の状態と言うべきか。

いえいえ、これはあくまで比喩です。
なんでもかんでも「病気」としてしまう現今の日本社会の状況を僕は強く批判します。
しかし、とにかくも、子どもたちが「学校」という特殊な「社会」に「疲れきってしまう」ことが、不登校という現象の一つの理由だとは思います。

とはいえ、僕は公教育を、学校に通うことを否定したいわけでは全くありません。
幸運にも、全く問題なく学校に通えている諸君は、どうか多少の辛いことがあったとしても、小学校、中学校時代の「ふつう」の思い出を重ねていってほしい。
僕自身、高校に行っていないので、そういう「ふつう」の少年時代、青春時代の貴重さが切実にわかるからです。

ただ、だからこそ、「疲れきってしまう」前に、週に2日ぐらい、学校を休みながら通ったっていい。
週に2、3回、学校とは違う場所で学んだっていい。
それこそオルタナティブ・スクールに通ってそこで友達を見つけたって全然問題ない。

実際、今の学校自体、多くの理解ある校長先生自体が、そういう学び方を奨励してさえくれています(これはヒルネットの活動を行ううちに気付かされたことでした。ヒルネットのような小さな活動でさえ、今の学校ではふつうに「出席」として認めてくれるようになっています)。

子どもたちが、それぞれの個性にあった多様な学び方ができるように1日でも早くなってほしい。そして少なくとも、そのせいでお母さんたちが涙を流すようなことが少しでも無くなってほしい。
そんなことを願わずにはいられない、今日この頃です。

それでは、それでは。

 

 

 

 

対話する力について

どうもどうも。
すっかり梅雨っぽい感じで毎日グズグズとうっとおしい天気が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしですか。雨が嫌いな僕は梅雨ももちろん大嫌いです。頭痛くなるし。

ということで、今日の話題。
しばらく、ちょっと重めの話が続いていたので今日は軽めの内容で。

とはいえ、軽めの話題といっても不真面目な内容というわけじゃない。
テーマはずばり、対話する力について。

いつもながら手前味噌な話で恐縮なんですが、僕の授業、というか、日中やってる「ヒルネット」の活動だったり、土曜のグループレッスン「読書のWS」だったりで、特に意識して子どもたちに取り組んでもらってるのが、この対話。
つまり、議論する力なんですな。

例えば、ヒルネットで「自由とルール」「『法』と『礼』」の関係について議論したり、読書WSで「DV男とそれを殺した殺人犯、どちらが悪か?」なんてことを話し合ったり。
もちろん、まだ小学校高学年くらいの子どもたちですから、冗談みたいな話も絡めながら和やかに話し合うわけですけど、ときにはこちらがびっくりするような鋭い発言だってある。
そういうとき、僕が大切にしてるのは、「答え」を決して言わないこと。
というより、上のようなテーマに、簡単な答えなんて、誰だって普通は用意できません。
僕はあくまで、子どもたちの発言を引き出すコーディネート役に徹しているわけです。

僕がこういうことに力を入れているのは、もちろん僕自身が色々な学問的?テーマを考えることが好きだから、ということもありますが、同時に子どもたち自身にも、ふつうに生きていると思いつかないような「疑問」に出逢ってほしいから。
そして、そうした疑問について、自分とは全く違う考え方、感じ方をする人間が、大人を含めているのだということを知ってほしいからです。

さて、こうした対話力。議論する力、とでも言いましょうか。
まあ昔っから言われることですが、日本人はこういう力がなかなかない。つまり議論が下手で意見が言えない、とよく言われるわけです。
僕の実感としても、6割くらいはほんとのことかな、と思います。

必ずしも議論が下手だったり嫌いだったりするわけじゃないとも思います。が、一方でそういう作法を幼少の頃から教わっていないことも事実。
例えば、僕が教えているインターナショナルスクールに通う生徒なんかに聞くと、向こうの学校では必ずディスカッションの授業があるそうです。
指名された生徒に議論させ、他の観客生徒がどちらの意見に説得させたか、その数で勝敗を決めるという、なかなかにシビアな授業なんです。
これ、なかなか日本の学校では成り立ちにくそうですよね。

さらにいうと、僕は、多くの日本人は議論自体が苦手、というよりも「知らない他人の前で自分の意見を言うこと」が苦手のように思います。
つまり、仲間同士やある程度、気心の知れている人間同士の間では、色々な話し合いはできる。意見だっていう。
けれども、自分がよく知らない場所や、専門外の知識を要する会合では、できればつまらないことを言って恥をかきたくないと思ってしまう。

まあ正直、僕も狭い日本社会に育ってきた人間なわけでは、こうした実感がほんとかどうかは判りません。
外国人だってそうだよ、と言われれば、そんな気もするし。

それでもやっぱり、あくまで僕の実感、体験としては、日本人は意見を言わないなあ、と感じたことは結構あります。
昔、放送大学というところで政治学のスクーリング授業を非常勤講師として担当していたことがあるんですが、そのおり、だいたい講義が終わりに近づいたころに、僕は毎回「今日の内容で何か質問はありますか?」と投げかけることにしていました。
が、そういう場合に質問が返ってくるのはほんとに稀。たいていシーンとしちゃうんですよね。
相手が二十代の学生諸君なら、まだわかる。
ですが、放送大学のスクーリングに通っているのは、ほぼ大人、だいたい40代〜70代ぐらいの経験を積んだ大人な訳です。
それでも、ほとんどの人は手を挙げない。ああ、日本人って、ほんとに質問したり意見をいったりするのがキライなんだなあ、と感じました。

いや、繰り返しますが、これはあくまで僕の実感。
大したことない少ない経験からの実感です。ほんまはそんなことあらへんのとちゃう?と言う異論反論は当然受け付けます。

それはともかく、僕はやっぱり意見を言わない、言えない。さらに言えば、誰かに反対する意見、それこそ異論や反論を口にできない体質、というのは、大変もったいないことだと思います。
それは江戸期以降の日本人の文化的体質かもしれませんが、一方で、もしそれが日本の教育上の慣性のなかでも養われているとするなら、すぐにでも改めていくべき案件でしょう。

というのも、人間の「思考」というものは、実は一人だけでできるものではないからです。
昔、僕の学問上の師匠とも言える先生が、あるゼミの折にこんなことを言っていました。

「君たちは自分が何かを考えていると思っているだろう? しかし、それは嘘だ。まず、思考は表現されなければならない。口に出されねばならない。でなければ、それはただの形を取らないもやもやとした妄想だよ。
そして次に、その君たちの意見、考えが本当に君たち自身で考えたものであるのか、自分に問いかけてほしい。きっとそうじゃないとわかるだろう。
例えば、ある物事、ある社会的問題について、君たちが先ほど口にしたことは本当に君自身の意見だったろうか? それはひょっとして昨日読んだ本の意見をそのまま自分の考えと錯覚して口にしたものだったのではないか? それとも昨晩みたテレビのコメンテーターがちょっと口にしたことを知らぬうちに君の意見だと考えてしまっているのでは?
いいかな諸君。もしそうなら、君たちはまず君たちが思わず納得してしまった論者の意見に、あえて反論することから始めることだ。
そして何よりも、今、君が正しいと感じている意見に反対してくれる人と対話すべきだ」

この先生は僕が知っている人間のなかでは圧倒的な教養と知的アイデアを持っている方でしたが、一方で超がつくほどの変人でした。しかもすっごく怒りっぽい。
その上、彼はアメリカの大学でも教鞭をとっていた経験からか、日本人が発言しないことを非常に嫌っていました。
ですから、ゼミは常に緊張につぐ緊張の連続。
先生が質問はないか?という具合に沈黙した際、ゼミ生からの発言がなかったりすると烈火のごとく怒り出すのです。
怒り出した挙句、返ってしまったこともあるそうです(僕は幸運なことに現場にいませんでした)。

今でもゼミ初日の日の緊張を思い出すくらい怖い先生でしたが、おかげで僕はどんな場所に言っても何かしら「意見を言う」(ほとんど強迫神経に近い)癖がつくようにまりました。
そして、後々の人生の経験からも、それは本当に大切なことだと感じるようになりました。

弁証法、という哲学の思考法があるように、人間の思考というものは、一人でただ考えていても、やがて壁にぶつかるか、あるいは勝手に「自分(だけ)が正しい」という独我論に陥るだけです。
自分の考えを他者に話し、他者から批判され、そしてその批判を受け入れて新たな思考に至る。
あるいは逆に他者の考えを聞き、それに反論するうちに、新たに自分の思考がまとまることもあるでしょう。

社会的動物としての人間は、これまでも、これからもそのようにして、文化を、文明を築くものなのだと思います。

そう。
だから、まず最初に意見を言わなければならない。
他人の反論を恐れてはいけない。誤りを指摘されて恥じる必要もない。
意見を異にする他者は別の思考に目を開かせてくれるはず。
誤りの指摘は、さらに知的な関心を深めさせてくれるはず。

だから、最初に発言をしよう。質問をしよう。

そう、子どもたちに繰り返し伝えていきたいと思う今日この頃です。

それでは、それでは。

 

子どもを信頼するということ その2

どうもどうも。
こないだまで32度の真夏日で街歩きしてると熱中症になるんちゃうかいという感じだったのに、今日は一転して体感気温10数度くらいの肌寒さという摩訶不思議な世界で暮らしております今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はもうずっと体調が悪いです。

さてさて、今日も引き続き「信頼」ということの難しさについて。
そうそう、前回の記事で、知人の先生が「子どもを100パーセント信頼する」と簡単に言うのは「欺瞞」ではないかとを仰っていた、と書きましたが、これにはちょっと僕の思い込みがあったようです。その先生としては、本当は「100パーセント信頼」したいけれども少なくとも現時点の自分にはまだ難しい、という自戒を込めて語ったつもりの言葉だったそうです。
ご本人からご連絡いただいたので、訂正しておきますね。どうも、すみませんでした。

確かに実際に「100パーセント信頼」しようと努力しておられる先生方もたくさんおられるわけですからね。
ですが、同時に僕の知人の先生がいみじくも自戒を込めて仰られているように、それは決して簡単なことではありません。

実際、子どもを「信頼」する、と簡単に言ったって、それぞれの局面や立場によっても色々あるわけです。
子どもの言葉、つまり発言に対する信頼。その行動に対する信頼。
そして、前回記事にしたような、もっと全人格的な信頼。

当事者性の問題もあります。
教師として接するのと親として接するのとでは、やはり違います。
教師としてだって、何十人もの生徒を毎日一人でみる学校の教師と、子ども数人から数十人を「ほぼ毎日」みる教育スペースの教師と、あるいは週一回程度会う塾などの先生と。
そしてもちろん、良くも悪くも、最も当事者性が高いのは親、子どもの保護者でしょう。

いま、「良くも悪くも」と書いたのは、親、保護者の立場は、他の立場とは違って、やはり客観性を持ちにくいからです。
誰だって自分の子どもは愛しているし、誰よりも信頼したいと思っているに決まっています。
しかし、「愛している」からこそ、信頼しにくいという逆説もあるのです。

その子が赤ん坊の頃から、彼・彼女がまだ自分で食事はおろか歩けない時分から、親はその子の世話をし育ててきた存在です。
手を引いて道を歩かなければ、彼は車の行き交う道路にきっと走り出してしまう。
夜、寝る前にトイレに行きなと声をかけなければ、遊びに夢中な彼女はおねしょをしてしまうだろう。
池で泳ぐ鯉を眺めるその小さな背を支えてあげなければ、水の中に落ちてしまうに違いない。

幼稚園や保育園に入る前。まだ赤子のように見える彼女が、本当にきちんと通えるようになるのだろうか。友達ができるんだろうか。
小学校の入学前は前で、こんな頼りない彼が本当に学校生活を送れるようになるんだろうかと心配します。いじめにあったりしないだろうか。

心配です。いつだって。今も。いま、この瞬間だって。

それは当然のことです。親というのは、そういうものです。
だけど、心配でも、彼・彼女を愛しているからこそ、手を離さなければいけないこともある。

なぜなら、その愛情が、そこから生まれる心配が、やがては彼・彼女の選択を信頼しない心性を生んでしまう可能性があるからです。

たとえば、なぜ彼は、彼女は、「勉強をしなければならない」のか?
それが、彼や彼女が自分から学びたいと考えた、そういう選択の結果なら、もちろん素晴らしいことでしょう。
ですが、なかには本人たちの意思とは無関係に、文字通り「勉強」に勉めることを強いられているようなケースだってある。しかも、場合によっては、けっこう過剰に。
スパルタな進学塾に行かされ無理な宿題に追われている場合がある。

その子の親も、また「愛情」があるがゆえに「心配」なのです。
この日本社会が学歴社会であることは、やはり事実だと思います。
そうであれば、その子に様々な可能性があるかもしれないとはいえ、まずは「最低限の学歴」を身につけさせてあげたい。「ある程度は」良い学校に入れるようにしてあげたい。そうすることで、この子が大人になった時に好きなこと、好きな仕事ができるという「将来の選択肢」を親である自分が守ってあげなくてはならない。
かつてこの子の手を引いて道路を渡った時のように。

それも、いいでしょう。
僕はそれが間違ってるなんて言えません。
ですが、もし彼が、やはり勉強などしたくない、と言い出したら?
いや、そもそも学校になんか行きたくない、と言い出したら?

その時は手を離さなければ、ならない。
彼が、彼女が気ままに走り出すのを止めてはいけない。

子どもたちが自分で何かを選び、自分の価値観を学び、自分の人生を生きるのを止めてはいけない。
「勉強なんてもうしたくない」「学校になんて行きたくない」
それは、おそらくは幼い彼ら自身が、幼いなりに選び取る、人生の最初の可能性の一つかもしれないのですから。

いいえ、いいえ。

実は僕は、一方でそう単純に考えているわけでもありません。
教師の立場で言うのは簡単です。
アドバイスを送るだけの立場の人間は、常に冷静で客観的で「正しい」。ですが、彼は所詮は他人なのです。
彼は、その子が私の手を離した途端にトラックに轢かれそうになった瞬間を見ていない。
いま、我が子が学校に行かず勉強もせずにゲームを一日中している様子を目の当たりにしていない。
当事者性の問題、とはそういうことです。

保護者の方々から、種々の相談を受けるとき、僕は自分が「正しい」と信じるアドバイスをします。それが僕の仕事だからです。
一方で、僕は二人の子どもを育てる親でもあります。
そのときの僕は、やはりいつだって「正しい」ことをしているとは言えないでしょう。
常にすでに葛藤のなかにいます。

こんなことがありました。
上に書いたことなんかに比べてば、些細なことです。

娘が長く続けている習い事を辞めたいと言い出しました。
理由を聞いてもはっきりしません。なんだか気乗りがしないのだと。
でも、親の目からは、娘はその習い事をいつも楽しんでやっているように見えるし、実際、長くやっているぶん、他の子どもと比べても、その分野に関しては「優秀」なように見える。
正直、辞めさせたくない。
しかも、気乗りがしないだって?
それはいっときの気の迷いなんじゃないか?
そんな気の迷いで、辞めさせてしまうのは、それこそ「将来の彼女の選択肢」を奪うことになるんじゃないだろうか?

彼女の選択を「信頼」して辞めさせるのが「正解」でしょうか?
それとも、辞めさせない方が、「将来」にとってはいいのでしょうか?

さしあたりは、彼女を「説得」するかもしれません。僕の得意技です。
親として僕が考えること、そしてこれまで44年間生きてきた「人生の先輩」としての僕なりの価値観などを伝えるでしょう。
でも、それすらも正解なのか? 彼女を「信頼」した行動なのか?

葛藤はつきません。
しかし、きっとそういう「迷い」や「悩み」を抱えながら、彼女と、彼と、真剣に向き合っていくことこそが、子どもを育てるということ、つまりは教育なのかもしれません。

「信頼」とは、やはりその先にあるものなのかもしれませんね。

それでは、それでは。

 

 

 

子どもを信頼するということ

どうもどうも。
なんかようやっと春らしくなってきたなと思ったら今度は急に夏というか真夏やんけという暑さに見舞われておる今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。今年も夏は酷暑なんでしょうか死にそうです。

さて、実は先日、とあるサドベリー教育を実践しておられるフリースクールへと見学に行ってまいりました。
これはヒルネットの活動の参考にさせてもらいたいというのはもちろんですが、同時にそういう小さなフリースクールの「輪」をつくることで、何か協力しあえることが将来あるかもしれないと、漠然と考えているからでもあります。

まあ、それはさておき、そのスクールの理念や活動は実に参考になるものだったのですけれども、とりわけ印象に残ったのがスタッフの先生の言葉。

それは僕が、子どもたちの学習その他に対する自主性をどこまで信頼すべきなのか、どこまで大人の「お節介」的介入があったほうが良いのか、そのバランスに苦慮することがある、という話をしたときのことでした。その先生は、こう答えました。

「僕は子どもたちをなるべく信頼したいと思っている。だけど、100パーセント完全に信用しているかといえば、それは嘘だと思う。もっといえば、『子どもたちを100パーセント信頼しましょう!』と標語的に唱える人たちは、実のところ欺瞞的であるか、あるいは実際に子どもと関わっていないかのどちらかだと思う」
「繰り返すなら、僕はいつだって子どもたちを信頼しようと努力している。だけど、どうしたって完全には信頼しきれないと感じてしまうときだってある。結局は、そのせめぎ合いのなかにしか、答えはないんじゃないかな」

僕はこの言葉を、教育者として非常に正直な、そして大切な考え方を表している言葉だと思いました。
というのも、サドベリー教育というのは、まさに子どもたちの自主性をラディカルに追求した教育のあり方だからです。
だから、ふつうなら「100パーセント信頼すべきです」と、それこそ標語的に答えたっておかしくはない。でも、その先生のおっしゃる通り、それはどこか欺瞞的ですよね。

じゃあ、その先生がスクールに在籍している子どもたちを信頼してないかというと、全くそんなことはありません。
それは、むしろ子どもたちがその先生を信頼し友人のように接している態度からはっきり理解できるものでした。
つまるところ、その先生は「せめぎ合い」を感じながらも、子どもたちの将来を、その人間性を、確実に「信頼」しているのです。

以上のことを、僕なりに理解すると、こうなります。

子どもたちが「今」「目の前」で行なっている表面的なふるまいや、いくつかの判断を「完全」に信用することはできない。
たとえば極端な話、軽微でも犯罪に関係するような所作を「信頼」できるわけがない。
そこまでいかずとも、では子どもが毎日毎日、何十時間もゲームをやり続けていたりyoutubeを見続けていたりしたら、どうか?
あるいはそれに類似する、大人の「常識」から見て、心配な状態にあったら?

いきなりそれらを強権的に「禁止」するのは、(それも一つの方法であるにせよ)少なくとも「民主的」なやり方ではない。
じゃあ、放っておけば良いのか?
「せめぎ合い」が生まれるのは、そういうときでしょう。
いや、日々、子どもたちと接していれば、もっと些細なことでも、そうした「せめぎ合い」に直面します。

上述の例であれば、僕なら少なくとも「説得」は行うでしょうね。
あくまで「僕の考え」「僕の価値観」」であることを前提としながら、それでも少なくとも44年間は生きてきた人間の考えとして、もっと彼・彼女の可能性を伸ばすことのできる「暇つぶし」があるんじゃないかと「説得」はします。しかも結構、繰り返すかもな。

それは正解じゃないのかもしれません。少なくとも「子どもを100パーセント完全に信頼する」態度じゃありません。
余計なお世話ですもんね。「子たち達自身の選択」を歪ませる行為かもしれない。

それでも、僕はそうすると思います。
それが本当に良いことなのかと常に自問しながら。

その一方で、僕は自分と関わることになった子どもたちのことは、ヒルネットの子どもたちも、V-net(最近勝手にヨルネットと呼称中)の子どもたちも、ある意味で「100パーセント信頼」しています。
それは上述のスクールの先生と同じです。

どういうことか。
それは「今」「目の前」の行為や判断に疑問を感じてしまうことはあっても、彼・彼女たちの可能性、人間性を「完全に信頼」しているということです

この点について、少し、昔話をさせてください。
しかも、恥ずかしながら、これまた自分の家族のお話です。
30年前の僕が不登校少年だったことは、このブログでも何度も触れてきたことですが、実は不登校だったのは、私の家では僕だけでなく、なんと弟もでした。
いや、ほんとにひどい兄弟ですね。
母の苦労を考えると今でも胸が痛いです、いや、ほんとに。

しかも実は弟の方がこじらせてる期間はけっこう長く、10代後半はほんと実家にはいつも沈鬱な空気が流れてましたよ。
当時の「不登校」の問題は今なんかとはだいぶ環境が違う。
まあ、僕が住んでいたのが関西の田舎の、共同体意識の強い場所だったせいもあるかとは思うんですが、ほんと犯罪者か何かみたいな扱いでしたよね、いや自意識的には。

そんな兄弟をもつ母の心中はいかばかりだったか。
いや、ほんとに胸が苦しくて心臓が止まりそうです。

で、そんな兄弟をもつ母、当然、当時のものながら子育てカウンセリングなんかにも通ってたらしいんですね。
まあ後年聞いた話で、当時の僕たちはよく知らなかったんですが。ほんとタイムマシンに乗って戻って100発殴った上で5時間説教すべきですね。

それで、あるとき、これは僕の記憶では、僕というより弟の案件でカウンセリングの先生に相談したそうなんですよ。
その頃、弟はほんとにかなりやばくて、兄の自分の目から見ても、アレこいつチョットひょっこり死んじゃうんじゃないかな、とかって感じがする時期だったんですね。

カウンセラーと対面した母は、おそらくは涙ながらに、自分の子育てが間違っていたのか、息子に何をどうしてやれば良いのか、と相談したそうです。
そんな母に、当時のカウンセラーの先生はこう言いました。

「お母さん、息子さんを愛していますか?」
「もちろんです」
「彼が小さい頃、たくさんたくさん、彼を愛してあげましたか?」
「そうしてきたつもりです。彼がどう思ってるかは判らないけど……」
「大丈夫です」
その人ははっきり言ったそうです。
お母さん、彼はきっと帰ってきますよ。彼を信じてあげてください。信頼してあげてください。お母さんが彼を愛し信頼する限り、彼はきっと家族のもとに帰ってきます

弟は本当に帰ってきました。
大検を取り大学に進学、京都大学の博士課程まで行きました。
結婚をして息子二人に恵まれ、今ではもう立派なおっさんです。
そして、僕がもっとも信頼する男の一人です。

どうでしょう。
僕が言いたいのはこういうことです。
子どもを「完全に信頼」する、というのは、「今」「目の前」の彼・彼女らの幼いふるまいや判断を、ただ単に受け入れることを意味するのではない。
「今」「目の前」でどんなに馬鹿げた行いをしていたとしても、そんな彼・彼女らが、いつか必ず素晴らしい人間になる、立派にそれぞれの道を歩んでいくようになる、そのことを「信頼」してあげることなのだと。
そして、これはきっと、「不登校」とか「発達障害」とか、それらある種「特別」な話に限ったことではなく、子どもたちと接する大人たち、皆が持っているべき態度なのだと思います。

今日はちょっと途中で話があっちこっちに行っちゃいましたね。
まあ、それも良いでしょう。
それでは、それでは。