学校行かないのが「正解」だった

どうもどうも。
すっかり秋の気配すら漂ってきた今日この頃。皆さんいかがお過ごしでしょうか。ほんとに夏終わるん?ほんとにほんと?(でも秋雨と台風は嫌いなので今年は前線もろとも太平洋上で消滅してほしい)

さて、秋の気配が漂ってくるということは、そう。いよいよ夏休みも終わりの日が近づいてきました。いや、地域によっては、もう新学期が始まっている場所もあるでしょう。

これが憂鬱でない、少年・少女はおそらく、いない。たぶん。
比較的、学校が好きな、友達と会えることを楽しみにしているようなお子さんであったとしても、何となく気が重いなーってな気分になるのが、まあふつう。お盆休み明けに出社するのがイヤなのと一緒。

まして、学校が「嫌い」。
あるいは、「居心地が何となく悪い」と感じている子どもたちにとっては、死刑執行の行われる日を待つ囚人のごとき気分にちがいない。いや、ほんと大袈裟でなく、そんな気分なんですよ、場合によっては。

よくこの時期になると、「夏休み明けのSOSを見逃さないで」等々といった文言がネットその他に散見されるようになりますが、これも別段「煽っている」わけじゃありません。
宿題の自由研究がなぜだか全然手につかない。
何だか妙に不機嫌で話しかけても生返事。
頭痛や腹痛を訴えるけれども医者に行ったら健康体。

そりゃ、そうです。
1学期の間、ヘトヘトになりながら通学していたような子どもにとって、「休み」が終わる足音が聞こえてくるのは、もうほんとに辛い!
関係ありませんが、僕は昔、日曜にやってる「サザエさん」が大嫌いでした。それは当番組が「日曜という休み」が終わるチャイムのように感じていたからです。
まして長い夏休みの終わりを告げる足音というのは、まさしく地球滅亡のカウントダウン同然です。

一方で。
「2学期が始まったら、学校行ってみるよ」
「いや、俺はちょっとサボりたくなっただけ。もうしっかり休んだから、夏休みが終わったら、ちょっと学校がんばってみる」
既に1学期の段階から、学校を休みがちになっていたり、あるいは通わなくなっていたりする子どもが夏休み序盤でこんなことを言っていたら。
場合によっては、保護者の皆さんは「ああ、そうかもしれない。夏休みが終わったら、この子は以前のように学校に通うようになるかも」といった期待を抱かれるかもしれません。

が、この時期。夏休みの終わり。
その「期待」が子どもたちには重くのしかかる。
いや、そもそも上記のような「自分の言葉」自体がひどいプレッシャーになる。

彼・彼女は嘘を言ったわけではないんです。ただ、単にホッとしただけ。
皆が等しく学校なんかに通わなくなる「休み」が始まり、それ以前の「学校に行かねば」というプレッシャーがなくなったことから生まれた言葉なのです。
そうだ。俺はちょっとサボってただけ。
みんなと変わらない。休みが終わったら、きっと学校に行ける「はず」だ。
自分自身でも、そんなふうに考えた、正直な気持ちだった。

だからこそ、苦しい。
結果として、「嘘」になってしまうかもしれないことが、怖い。
自分で言った言葉だから。自分の本当の気持ちだったから。
学校に行かねばならない。
もし、それが「嘘」になってしまったなら。
母さんや父さんは、またどんなに心配しガッカリした顔をするだろう。。。。


一部の子どもたちは、まさしく今、そんな苦しみ、悩み、葛藤のまっただなかにいます。

もし、そんな苦しみを、お子さんが抱えていると思ったならば。
その際は、「無理して学校なんか行かんでもええんやで」という雰囲気を、ご家庭の中で作ってあげてください。
直接、言葉をかける必要はないかもしれません。
場合によっては、学校の話題すら出さない方が良いかもしれない。
しかし、どちらにせよ。
「学校なんか、行っても行かんでも、マジでどっちでも良い」って態度を親がまとう。言外に伝える。夫婦の、家族の会話の端々に、そうしたニュアンスを響かせる。
それだけでも子どもたちは楽になれるはずです。

それは判っている。だが、口でいうのは簡単だけれど、なかなか実行できない。
親としては、どうしても子どもが心配で、それを口にしてしまう。態度に表してしまう。
そんなふうに思われるかもしれません。
しかし、そもそも何が心配なのでしょうか?

学校に行かないと、自分の子どもが「落ちこぼれる」?
何から落ちこぼれるのでしょう?
勉強が心配なのでしょうか?
社会に適応できなくなると?
世間一般の「ふつう」じゃなくなるから?

現在、実に中学生の7人〜8人に一人は、いわゆる「不登校」と呼ばれる状態にあるとの調査もあります。
昔とちがい、「不登校」はもはや珍しいものではありません。良くも悪くも、「ふつう」のことです。
また、学校に通わずとも、勉強をする場所はたくさんあります。
もっと広い、人間関係やその他の体験を含む「学び」を深める場所も、十分な数ではないにしても、特に都会では相応に存在します。僕が運営するヒルネットも、そうした「居場所」「学び場」の一つになれれればと思い活動しています。

そういう現状は判っている。それでもなお、唯一人の「この自分の子」についての心配は消えない。
当然かもしれません。それを簡単に無くすことはできない。

ですが、「自分の子」ではないけれど、実際、「不登校」だったお子さんが、今、元気に過ごしている現状を知ったら?
それは所詮「他人の子」、まれなケースと思われるかもしれません。
でも、ちょっとだけ心が軽くなるかも。
そんなことを願いつつ、僕の知ってるケースを紹介しましょう。

S君は中学2年生。都内の進学校と言われる私立中学に通っていました。
きっかけは些細なこと。というか、周りから見れば、些細に見えたこと。
ちょっとした人間関係のトラブル。
ですが、本人にとっては結果的に、「些細なこと」ではなかった。
段々と学校に行くのが億劫になる。朝が起きられない。
夜になれば、明日は学校に行こうと思うのだけれど、翌日になると、どうしても家から出たくなくなる。

さあ、もちろん周囲は心配します。本人だって心配です。
「不登校」。
そんな「烙印」を押されたくない。「ふつう」がいい。そもそも自分が行きたくて入った中学じゃないか。

数年間、本人はもちろん、保護者の方も悩み苦しみ七転八倒。

しかし。やがて、少しずつ本人の中にエネルギーが満ちていきます。
「学校」はもう無理。じゃあ、どうしようか。
S君はまず、自転車で旅をしました。目的は? 別にない。行き先は? その辺りを、ぶらぶら。
ぶらぶらしたついでに、日本全国をほぼ一周しました。

そして帰ってきてから。
ゆっくり。徐々に。しかし、やがて猛然と。
S君は「勉強」を開始しました。それまでは参考書なんて1ページも開いたことはありません。数年間、ずっと。

しかし、鬱屈していた何かを吐き出すように、S君は勉強を続けました。
そんな感じで、高卒認定試験は楽々パス。
次、大学受験。
こちらは、やや苦労したものの、それでも今では、東京の有名と言って良い私大に通っています。
すっかり学問好きとなった彼は、自分の興味の赴くままに、今も猛然と「勉強」してます。

さて、もう一人。M君。
公立中学に通っていた一年の終わり。同級生からちょっとしたイジメにあった彼。
それがきっかけで、やはり学校に行けなくなります。

そこからは、ほとんど家にこもってスマホにゲーム三昧の日々。
そりゃあ、お父さんお母さんは心配します。当たり前ですよね。
うちの子はゲーム依存症じゃないのか?
このまま家から出ないまま成人してしまったら、どうしよう。。。
そんな不安を抱えながら、それでもご両親は静かに息子を見守ることにしました。

当人はどうかというと、実はこちらだって心配してるんです。
ほんとはちゃんと学校行くべきなのでは?
勉強だって、このままだとどんどん遅れていってしまう。
でも、机に向かえない。そのエネルギーがない。勉強することで、あの嫌な嫌な学校のでの嫌な嫌な出来事がフラッシュバックしてしまう。。。。
なので、どうしてもスマホを見てしまう。ゲームの中で全てを忘れたくなる。
そんな、なかなかのしんどい日々。

が、それでも明けない夜はない。いずれは嵐も過ぎ去るもの。

やがて、少しずつ人生を前向きに捉え始めたM君。勉強も数学だけでも、という感じでちょっとずつ始めます。
そして、高校。
自分にあった、自分のペースで勉強を進められる、かなり自由度の高い一条校を探し出す。
受験するため、勉強のピッチを上げる。けっこう緊張しながら試験を受ける。面接もあったそうですが、これも何とかクリア。
結果。見事、合格しました。今では、その学校に、友達もできて、けっこう楽しそうに通っています。

もちろん、M君の悩みは完全に晴れたわけではない。ゲームだってそこそこやる。
だけど、一方で友達と遊びに行ったり、自分なりの趣味を見出し、そのための小旅行に一人で出かけたり。
今後の長い人生で、たとえまた落ち込むようなことがあったとしても、そこから回復できる自分の力を信じられるようになったはずです。

これらは皆、個人レッスンで知り合ったり、親御さんから個人的に相談を受けて知った子どもたちの例です。
二人の例ですが、実は何人かの話を混ぜて「二人」の人間にしています。
つまり、上の「二人」の背後に、同じように大学に進学したり、高校に進学したりしている例がたくさんあるということです。

そして、手前味噌ながら、ヒルネットに通ってくれている、みんな。
特に小学校の時分から、もう4年も通ってくれている年長のメンバーたち。
彼らは、もう何も心配がない。
ってことは、まあ親御さん的にはないでしょうが、それでも僕から見ると、本当に「人間」として成長してる。

自分達だけで遊び含め色々なことを計画し、実行できる。
自分より年少のメンバーたちの世話をしてくれる。
自分自身で進路を考え、その先にある人生を考える。

昔は少し頼りなげだった彼・彼女らが、今ではすっかり「大人」です。
実際、「ふつうの中学」に通っている中学生たちより、大人に見えるし、しっかりしている。
なんて言うと、褒めすぎかな。
でも、本当に成長した。
だから、普段から接している僕からすると、そんな彼・彼女らにとっては、「学校に行かないことが〈正解〉だった」と思えるのです。
いや、ほんとに。心の底から。

さて、話を戻すと。
これらは確かに「他人の子」の話。
たった一人の「自分の子」の話じゃない。
でも、その「自分の子」だって、同じように悩み、苦しみつつも、やがて自分だけの道を見つけられるようになるかもしれない。

「学校に行かないことが〈正解〉」
今はまだ、そんなふうには考えられないかもしれない。
でも、いつかは心の底から、そう思える日が来るかもしれない。
だから、せめて。
今は子どもたちが「学校」のプレッシャーをなるべく感じずに済む雰囲気を作ってあげてほしい。「無理して学校なんか行かんでもええんや」という気持ちにさせてあげてほしい。
夏休みが終わり、新学期が始まる「カウントダウン」が鳴り響いている、今だけでも。

それでは、それでは。





フリースクール等にアクセスできる「不登校」の子ども達がとっても少数な件について

どうもどうも。
突然の猛暑が6月にもかかわらず訪れてしまって既に一年のスタミナのほとんどを使い果たしそうなイマンモです。こんにちは。地球温暖化待ったなしですな。

さて、今日は言い訳なしで、いきなりテーマに行きたいと思います。
実は先日、練馬区の行政と民間フリースクールの連携について考える、区の主催による会議に出席してきました。

年々増え続ける、いわゆる「不登校」の問題に対して、行政側も手をこまねいているわけではなく、いやこまねいてはいるのだがこねくり回すぐらいはしてみたいと思っていたりして、いや、こねくり回してみても仕方がないのでやっぱり手をこまねいているわけです(何が言いたい?)。

まあ実際、国のレベルでは、今のところ、そもそも教育行政自体どうなんだと思う感じなわけですが、規模の小さい区や市のレベルのスタッフの中には、やはり真摯に現在の教育問題に取り組みたいと思っている人もいるんですな。
そんな行政のスタッフ側と、我々民間のフリースクールで、いろいろ協力できること、連携できることはないのかということで、こういう会議も区によっては開かれているわけです。

ということで、わたくしイマンモも6月初旬の某日、颯爽と我がヒルネットを代表して会議に参加してきたわけです。
そして、会場。
参加者の顔ぶれ。

めっちゃでかい法人ばっかりやんけ!

なんかN学とかトライとか来てるし。
それ以外でも、ちょーでかい古参フリースクールがほとんど。
なんや、わいらみたいな少人数フリースクールの来る場所ちゃうかったんやろか。。。。

・・・などと一瞬、緊張してしまいましたが、それもほんとに最初だけ。
いざ、会議が始まると。。。

誰よりも無駄に喋りまくるイマンモの姿がそこにあった(主観)

なんでしょう。何かの呪いにかかってるんでしょうか。
そういう場所にいると、どうしても話をせずにはいられなくなってしまう。なんなら自分とあんまり関係ない話にも、いっちょかみで話に割り込んでいく。
しかも、なぜかちょいちょい笑いのネタを仕込んでいく。

いや、実際には僕以外の人もいろいろ話してましたし僕と同じくらい話しまくってた人もいた気がするし、あくまでこれは僕の主観であって、そんなに悪目立ちしてたとは思わない。思いたくない。
それでもまあ、いろいろ会議のテーマに添いつつ種々の意見を言わせてもらったことは事実です(そしてネタを仕込んでいったのも事実)。

まあ、ともかく、そんな感じで種々のフリースクールの事務の人やら現場スタッフやらと行政の人たちが2時間ほど会議をしたわけなんですが、最終的には、ある一つの大きいテーマが僕的には浮かび上がったなあと思いました。
では、どんなテーマが話題となったか。
そのことが今日、この記事でも書きたいことでもあるんですが、それはいわゆる「不登校」と呼ばれる状態にある子どもたちの、実は数パーセントしかフリースクールにアクセスできていない問題

そう。
実際、地方にいけば、フリースクールやオルタナティブスクールのような「場所」が、なかなか近くに存在しないようなケースもあるでしょう。
しかし、大都市圏、具体的には東京や大阪、名古屋周辺には、本当はたくさんのフリースクールが存在します。
それこそスクールの個性も多種多様で、大きいところもあれば、ウチみたいに少人数をうたっているところもある。教育方針だって様々です。だから、あるスクールに合わなくとも、別のスクールに行けば上手くいくというケースも多くある。

にもかかわらず、「不登校」等呼称される状態の子どもたちのほとんどが、フリースクールに通わない。通えていない事実。
これはいったい何でなんでしょうか?

会議でも様々な原因が語られました。
そこで以下、会議でも話され、僕も大きな理由だろうなと考える理由を、いくつか挙げてみようと思います。

1. フリースクールを知らない

まず、第一の理由が、これ。
そもそもフリースクール等の存在自体を、けっこう一般の人が知らない。
「そんなことないんじゃない?」とこの記事をお読みの方は思われるかもしれません。実際、僕もヒルネットを始めてみるまで、僕自身が大昔にフリースクールに通っていたこともあり、感覚的に誰でも知ってるような気がしていました。

ところが、ヒルネットを始めてから、種々の「不登校」に関わる相談を受ける中、特にプライベートでそうした相談を受けた際に、当の相談者が、フリースクール等の存在を全然知らないということが、結構多いことに気づいたのです。

しかし、考えてみれば、当たり前なのかもしれません。

我々もSNSなど通じて、なるべく自分たちの活動なんかを世に知らせようと努力はしているんですが、所詮はネット世界の片隅のかたすみ。
いわゆるマスに向けた広告なんかを出したりしている法人は、寡聞にしてあまり聞きません(といって、僕はテレビをまったく見ないので、断言はできないんですが)。
それこそN学さんやトライさんぐらいじゃないでしょうか。
そう考えると、そもそも通信制の高校の在り方だって、N学さんが大規模な広告をうってくるまで、あまり知られてなかったんじゃないでしょうか。
同じ理由で、高卒認定試験なんかのことも、意外と知らない人が多い印象です。

その理由は、いわゆる民間フリースクールの多くが小規模経営なため、そんな大きな広告を出せる資本がないということが大きいでしょう。あるいは資本があったとしても、あまり商業的なイメージをスクールにつけたくないということもあるかもしれません。

いずれにせよ、特に小学生・中学生くらいの年齢の子どもの選択肢として、フリースクールがそもそも認知されていない。
これがまず、第一の関門です。

2.学校等の公共機関との連携不足

皆さん、ご存じかどうか判りませんが、現在、フリースクールへの参加は、地元在籍校では校長判断で出席扱いになります。そういう文科省からのお達しがあるんですね。
もちろん、地元在籍校と保護者との関係や、その校長先生の考え方なんかによって、たまに出席扱いにならない場合もあるんですが、出席扱いになる場合がほとんどです。
で、学校に話を通せば、スクールに通うための通学定期も買えます。

こんな具合に、公立学校との連携・協力は徐々に進んできているのですが、一方で真の意味での協力関係というか、信頼関係を結べているかと言えば、いささか心もとない。

例えば、クラスで、学年で、「不登校」となったお子さんを、地元にある民間のスクールに学校側から紹介するようなことがあるかといえば、そういうケースは少ないでしょう。
幸いなことに、ヒルネットは西荻窪の公立中学から信頼していただけているようで、時折、中学校の方から紹介されたという形で、僕たちに問い合わせてくださる方もいます。
これは本当にありがたいことです。
というのも、繰り返せば、やはりこうしたケースは決して多くはないようだからです。

と言っても、これは学校等の公共教育機関が悪いわけではありません。
むしろ、民間のフリースクール等の方に「信用」がないことが原因です。

先ほど書いたように、フリースクールやオルタナティブスクールの教育方針は様々です。
それゆえ、逆にいうと、外部からはどんな教育が行われているのか見えにくい。
そのため、学校側としては軽々に「〇〇のフリースクールに行ってみればどうでしょう」と保護者の方々に推薦しにくいわけなんですね。

こうした、ある種の「不安」を取り除いて、学校等機関と真の協力関係を結ぶためには、自分たちの地域の学校をはじめ、公立教育機関に民間フリースクールの側から自分たちの活動をプレゼンテーションしていくような機会を多く持っていく必要があるかもしれませんね。

3.経済的な問題

実のところ、この問題は非常に大きい。
フリースクールやオルタナティブスクールの会費も、ピンからキリまでありますが、少人数・小規模ゆえに経営がギリギリだったり都心の教室家賃が高すぎたりといった理由で、そんな無茶苦茶に安くはできない。少なくとも公立校のように「無料」にすることはできない。
ヒルネット含めて、多くのフリースクールが寄付を募っていますが、継続的に支援を続けてくれるような人間や機関は、当然ながらそんなに居ません。

そうすると、どうしてもスクールに通う費用を捻出できないご家庭だって出てきてしまうわけです。

これが本当に僕たちフリースクール経営者にとっては悩ましい。
実際、上記の会議でも最も熱を帯びて議論されました。

目の前に、「不登校」に苦しんでいる子どもがいる。保護者も本人も、ウチに通いたいと思っている。
にもかかわらず、スクールに通う費用が捻出できないからと断念してしまう。。。

こうした事態を、指を加えたまま見ているのは、本当に断腸の思いです。

会議では、都や国レベルの行政府の方から助成金等の支援の話はないのか、あるいは各家庭に支援する形は取れないのか等、議論されました。

難しいのは、都や国が助成金等の形で、フリースクール等を支援することになってしまうと、おそらく間違いなく、一定の要件等を満たしているかなど、ある種の「縛り」ができてしまうだろうことです。そのルールに従って「認可 / 不認可」などの区別も生まれてしまうかもしれない。
そうすると、多様な学び、多様な教育方針をとることを一つのモットーとしているフリースクール等の民間の教育機関は、その存在意義が疑われる事態へと陥ってしまう。

だから、できれば各ご家庭に支援が行われる形が望ましいのでしょうが、これまた「不登校」のお子さんを抱えるご家庭にだけ、そうした支援を行うことは不平等だなんだという「不満」の声が世間から出てきそうな気もします。

ともあれ、目下、この経済的問題は、非常に切実な問題です。
しかし、ある意味では、知恵を絞れば、なんとかできそうな問題でもある。
我々フリースクール関係者はもちろん、行政府の方でも何か良い方策を思案・検討してもらいたいなと思っています。

4.そもそも当の子どもたちが「乗り気」じゃない

以上が、いわば外在的な理由となるでしょう。
最後に、内在的理由。つまり、実際にフリースクールに通ってもいい状況にあるにもかかわらず、そうしない少年・少女の内面的な理由について書いておこうと思います。

そして、実はこれが結構大きいのではないか? と僕自身は少し思っていたりもします。

それは、つまり当の彼・彼女自体がフリースクールなるものに通いたくないと思っているということです。

どういうことでしょうか。
理由は二つあります。

一つは「フリースクールに通うことを検討する」=「自分は世間一般に言う〈不登校児〉なのだと現状を自分で認めることになる」=「つまり、やはり自分は〈ふつう〉ではないのか?という思いに苦しむ」といった思考経路からくる葛藤が生まれることです。

僕自身も大昔に経験したことですが、「学校に行けなくなること」の理由は自分でもはっきりしたものではない。
そうした理由もあり、1週間、1ヶ月、半年と欠席が続いても、実は自分が「不登校」と世間で言われる状況に陥っていると、当の子ども本人が思いたくないという心理が生まれてしまうのです。
いや、正確に言うと(それが難しいのですが)、頭のどこかでは自分が「不登校」の状態にあると判ってはいるのですが、一方でそれを認めたくない。あるいは、自分の状況を客観的に考えさせまいとする心理的防御が働く状態になる。

ところが、フリースクールに通ってしまうと、その現状を完全に自分で「認める」ことになってしまう。あるいは、その選択肢を考えることで、現状を直視せざるをえなくなる。
つまり、「ふつうでない自分」を認めることになる。
これが、特に10代の少年少女にとっては辛いわけなんですよね。

この「ふつうでない自分」を認めて、「俺は世間一般の奴らとは違うんだ!」という開き直りが生まれてくると強いんですが、当たり前ですが、皆が皆、そんな強さを一朝一夕に身につけられるわけがない。
あるいは、いずれにしろ現状の自分の在り方のようなものを直視できる頃には、精神的にも成熟し、もはやフリースクール等を必要としない年齢になっていたりするわけです。

こうした心理状況が、彼・彼女らにフリースクールへ通うという選択肢を取らせにくくしている一つの内的理由です。

そして、もう一つ。
これは本当に、ある意味で当たり前のことなんですが、自分が知らない初めての「場所」=スクールを訪れるのが、怖い、不安だ、と思う心理があります。

大人だって、全く知らない「場所」に出かけていくときは多少は緊張するものですよね。
まして、社会経験の少ない少年・少女。
しかも、彼・彼女らはすでに学校生活のなかで、他者の集団に疲れ、ときに傷ついてきた経験を持っているのです。また、家にいる時間が長かった場合は、そもそも他者に慣れていない状態。
いずれにせよ、精神的に弱っている状態なわけです。

そんな状態のなか、「初めての場所」「初めて遭う同世代の他者」に対して不安を感じないはずがない。「怖い」と思うのが当然です。
えいやっと飛び込んでしまえば、後は楽になるかもしれませんが、そもそもそうやって飛び込むだけのエネルギーが、まだ不足している。

こうした心理状態が、例えば親御さんからの「こんなフリースクールがあるけど、どう?」といった提案に対して否とと答えさせてしまうのですよね。

したがって、以上の心理的・内的な原因については、わかりやすい「解決策」はない。
彼・彼女のなかでエネルギーが十分蓄えられ、自分からもう一度他者と向かい合い付き合っていきたいという思いが湧いてくるのを待つほかありません。
だから、この理由4については、僕たちができることは、親御さんたちの相談を聞き、また協力して子どもたちの中にエネルギーが満ちてきやすい環境を整えてあげることでしょう。

以上が、どうして「不登校」と呼ばれる状況にある子どもたちが、なかなかフリースクールにアクセスできないのか、という課題に対する僕なりの考えになります。
繰り返せば、四つ目に挙げた理由への簡単な「解決策」はなかなか無いかも。
でも、他の三つは僕ら民間の教育機関や行政、公教育機関がちゃんと協力できれば、解決できるような気もします。

なんとか多くの子どもたちが、既存の「学校」には通えずとも、仲間と楽しく笑い合いながら、様々なことを学べる環境、場所に出会えれば良いなと思います。

それでは、それでは。


「前ならえ」が大嫌いだった

どうも、どうも。
はい、もう今回の記事も何日ぶりの記事になるでしょうね。もはや、月一更新ではなく、「ときどき更新」となりつつある、このブログ。
でも、繰り返せば、しゃーない。わい、忙しすぎでんねん。

ということで、今日はあんまり言い訳はしない。
もう飽きた。忙し話も繰り返すと何やら病気自慢みたいな嫌味な感じになってくる。

で、今日はいきなり本題へ。(全然、いきなりじゃない件について。。。)

「イマンモ、ぼく、学校行くとなーんか、吐き気するんよなー。何が嫌とかはのうても。。。」

先日、ヒルネットの活動中、とあるメンバーがふとした会話の折にもらした言葉です。
このメンバーは学校を完全には「自主卒業」しておらず、学校に通いつつも、「やっぱ学校ムリー」という気分が溜まってくると、ヒルネットに参加するという形をとっています。
だから、「学校ムリー」という感覚を「現役」のものとして感じている。

で、先ほどの「吐き気」云々のつぶやき。

「いやー、イマンモは、その感じめっちゃわかるでー。イマンモもそうやったもん」
「何が原因なんやろー?」
「まあ、いろんなストレスとか、トラウマとかかなあ。イマンモなんか、何かの用事で学校行ったら、今でも吐き気するもん、学校の匂いとかで」
「あー、なんか特有のにおいあるよなー。……というか、40代後半なっても治らんとか最悪やーん」
。。。などというたわいもない会話をその時は交わしておったのですが、この僕も感じる吐き気云々という話は本当のことです。息子のことなんかで学校に行くと、今でもなんとなくいやーな気持ちが込み上げてきます。
まあ、これはそれこそ大昔に体験したことからくるトラウマなのでしょうが。。。

ここでも繰り返し書いている通り、いわゆる「不登校」の原因は千差万別です。
「いじめ」の体験が引き金になる場合もあれば、「怖い大人(教師)」に遭遇してしまったことが原因となる場合もある。
ただ、当たり前のことですが、それらの「出来事」に出遭ってしまっても、「登校」を「拒否」してしまう子もいれば、しない子もいる。また一旦、「不登校」となっても、(良い悪いは別に)何かのきっかけで再び学校に通うようになる子もいる。

ちょっとしたボタンの掛け違い。
しかし、やがてその違和感が累積し、大きくなってしまうと、ふとした時に頑張りを支えてきた「心の糸」が切れてしまう。
学校の「におい」が、耐え難い吐き気をもよおすものに感じられるようになってしまう。。。

ここでちょっと、あるケースを取り上げてみましょう。

彼は(そうここでは仮にTとしましょうか)、幼少期からちょっと変わり者の少年でした。公園で遊んだりすることはあまり好きではない。どちらかと言えば、家で本を読んだり、自分の空想に耽ったりすることが好きな少年。
Tは母親の希望もあり、3年保育のモンテッソーリ系の私立幼稚園に通っていました。
とはいえ、Tにとっては、そこも決して居心地の良い場所だったとは言えない。だいたい若干の睡眠障害があったTは寝つきが悪く、したがって朝早起きするのも苦手。
それもあって毎朝、登園するのを渋るような子だったそうです。

そうはいっても、幼稚園は、まだ良い環境だったのでしょう。
無理に何かをやらされることは少ない。Tは毎日、図書室で自分の好きな絵本を眺めて過ごしていました。

そんなTも、小学校に入学する年齢となりました。
そして、そこで彼は、いくつかの大きな「違和感」を感じることになるのです。

まず、公立小学校は「やたらと騒がしい」場所でした。
授業中はいい。しかし、休憩時間になった途端、教室はさまざまな「騒音」が飛び交う場所になります。

クラスメイトの笑い声、騒ぐ声。怒声に悲鳴。誰かが誰かを追いかけたり、それを注意したりする音、声。
少しばかり聴覚過敏の傾向もあったらしいTは、突然、獣が跋扈するジャングルに放り込まれたような気分になったそうです。
この場所が、怖い。
ここに居続けるだけで、落ち着かない気持ちになる。不安だ。。。

ですが、それよりもっとTを悩ませることがありました。

それは「みんなと同じように行動する」こと

「月曜日は朝礼の時間があります。〇時〇分までにグラウンドの〇〇に集合しましょう」
「2時間目は体育の時間です。〇時までに体操着に着替えて体育館に集まること」
「3時間目が始まるまでに、〇〇を持って図工室に移動しましょう」
「給食当番の人は白衣に着替えて給食室に移動してください」

一つひとつはなんてことのない「指令」でしょう。
しかし、それらが何個も連続すると、Tは混乱してしまうのです。

何より、そもそも教師の「指令」が「耳に入ってこない」。

Tは空想に耽ることが好きな少年でした。そして、それは小学校に入る年齢になっても変わりませんでした。
とりわけ、頭の中で何か考え事に熱中し始めると、他のことが目に入らなくなってしまうのです。まして、その他大勢に向かって話している言葉など聞こえるはずもない。

結果的にTはヘマをやらかします。
朝礼には間に合いません。いつまで経っても、体操着に一人着替え終わりません。皆が図工室にいるときに、一人教室にいます。給食当番のことなど、すっかり忘れてしまっていました。

こうして、Tはクラスの皆から責められます。
先生からも注意されます。

学校という場所は、Tにとって、とても緊張を強いられる場所となりました。

とりわけ、Tが嫌いだったことがあります。
それが、「整列」です。

「まえー、ならえ!」
そんな号令とともに、自分の前に並ぶクラスメイトの肩のあたりに向かって、腕を伸ばす。そうすることで、「列」を乱さないようにする。
Tは、この「前ならえ」が大嫌いでした。
なんだか不条理なことをやらされているというような気分もありました。
ですが、何より、Tはこの「列を乱さずに並ぶ」ということが、上手にできなかったのです。
「T君のところ、列からはみ出てる!」
よく、そんなふうに注意されました。
自分では、他の人と同じように「前ならえ」を行い、並んでいるつもりなのです。
ですが、なぜだかいっつも、列から一人、はみ出ている。
クラスメイトからは笑われます。先生がやってきて乱暴に(とTには感じられました)「本来並ぶべき正しい場所」にTを押しやります。
そんなことが、月曜の朝礼の時間、体育の時間、何らかの儀式の折々に、繰り返されました。
Tは、本当に「前ならえ」が大嫌いでした。

学校での生活は、一時が万事、この調子でした。
運動会のリレーで自分だけ違うクラスの旗をまわってしまう。ダンスの練習をすれば自分一人違う振り付けで踊ってしまう。給食当番になればスープや味噌汁をこぼしてしまう。。。。などなど。

それでも、学年が上がるにつれて、Tもなんとか、その場その場をやり過ごすワザを身につけていきます。
勉強は嫌いではありませんでした。また、少なくとも表面上は陽気な、人付き合いの良い「キャラ」を演じました。いや、演じたというより、実際、Tにはそういう側面もあったのでしょう。だから、友達もたくさんいました。学級委員長をやったことすらあったのです。

だから、親も教師も、Tが学校生活を楽しんでいると思っていたかもしれません。

ですが、内心では学校が嫌でイヤでたまりませんでした。
相変わらず、そこはTにどこか緊張を強いる場所だったのです。

やがて、Tは中学生になりました。
中学校はTにとって、より「みんなと同じ行動」を取らなくてはいけない場所のように感じられました。
クラブ活動。委員会。種々の儀式。
やっていることは小学校とあまり違いはありません。しかし、よりルールに厳しく、そのぶんプレッシャーも大きくなったように感じられました。
それでも、Tは何とか、小学校の時と同じように、時間をやり過ごそうと努力しました。

しかし。

中学2年のある日。

Tは朝、起きられなくなりました。
どんなに早く布団にはいっても、朝の7時に目が覚めない。
布団から、どうしても出られない。

母親が布団を剥ぎ、無理に朝ごはんを食べさせようとします。
でも、味噌汁すら飲む気がしない。飲めない。
学生服に着替えろと言われる。しかし、どうしても袖を通すことができない。
制服を持つ手が震える。布団に戻りたくなる。
母親に手伝われて、何とか制服を着てみても。
今度は玄関から足を踏み出すことができない。玄関に座り込み泣き出してしまう。

どうして泣いているのか? それが自分でもわからない。

こうして、Tはいわゆる「不登校」となりました。
理由は本人にも、はっきりとは判りません。

しかし、「その日」。朝、起きられなくなったその日。
Tの中で、それまで何とか彼を支えていた心の糸が、すり減り、細くなって、ついに切れてしまったのです。
そんなふうにしか、説明はできない。

さて、勘の良い読者の皆さんは、もうお気づきかと思います。
以上、記してきたケース、Tとは僕自身のことです。
もはや30数年前という遥か昔、少年だった頃の僕の身に起こった話です。

こんな「自分語り」をするのは、心理的にかなり抵抗のあることでした。
まして、大昔の話。お恥ずかしい限りです。いや、ほんとに。

ただ、上の方で書いた通り、「不登校」の原因は千差万別。
たくさんの子どもたちを見てきた僕にも、今苦しんでいる彼や彼女の、本当の「事情」、その心の奥底で起こっていることまでは、判りません。
経験から、さまざまな推測ができるというだけです。

だから、不登校の「原因」について書く際は、いつか自分の経験を記しておく必要があるなと以前から思ってはいたのです。

そして、GWが終わった、この5月。
今週からの学校生活を、とても憂鬱な気分で迎えている子どもたちが、たくさんいます。
それこそ、「前ならえ!」という号令に、吐き気を感じながら従っている子もいるはずなのです(いい加減、この意味不明な、くだらない「習慣」は禁止にしませんか?)。

そういう子どもたちに、僕は言いたい。
どうか、君たちを支えている「心の糸」が切れてしまう前に、今並ばなければいけないと思っている「列」から離れてほしい。
「糸」が切れてしまったら、それをもう一度結び直すのは、やっぱり切れるまでと同じくらい長い時間がかかってしまうものだから。
それに、「列」からはみ出る人生だって、そんなに悪いものじゃあないはずだから。

そして、自分の子が「学校生活」に疲れているかもしれないと少しでも感じておられる親御さんが、もしもこの文章をお読みならば。
どうか、お願いです。
お子さんを「列」に押し戻すようなことはなさらないでください。
「正しい場所」と思える場所は、お子さんにとって「ふさわしい場所」とは限りません。

「列」などなく、「号令」もなく、みんなのんびり寝そべりながら、互いの話を聞き合えるような、そんな「場所」が、今はたくさんあるのです。

僕がひどく恥ずかしく思いながらも、大昔の自分の経験を書いたのは、休み明けのこのタイミングで、そんなことを伝えたいなと思ったからでもありました。
そして、僕自身の経験に付け加えるなら、「列」から離れた後の人生は、とても楽しく幸福なものでしたよ。

それでは、それでは。