ぼーっとする時間を大切に

どうもどうも。
皆さん、明けましておめでとうございます。ってもう全然正月気分も遠くなってるわけですが、そんな遅ればせながら的なことを書くのも、このブログの毎年恒例ということで。

さてさて、というわけで本年初めのブログ記事。本来なら今年の抱負とか何かを書くべきかもしれないんですが、残念ながらというか別に残念でもなんでもないんですが、特にそうしたものはパッとは浮かばない。
というか、そんなこと考えて一年の初めを迎えたことなんて、これまで一度もなかったんですが、ふつうはやっぱり多少なりともそんなことを考えながら年を越したり迎えたりするもんなんですかね? いや、でもほんとにほんと?

でも、まあ他の人のブログとかネットの記事とか見てると、そんな内容のものがちらほら目に入ってきて、そうか、じゃあせっかくなので俺だってなんか抱負的なものを述べたいなあなんてことを思って思って考えながら、結局、今日に至る。
昨年の反省を生かしつつ、抱負とまではいかずとも今年一年少し大切にしたいなあというようなものはないもんだろうか。
で、昨日あたり、思いついたのが、これ。今年の抱負。というか、まあ少し大切にしたいこと。

それは、ほんの少し「ぼーっとする時間」を今年はつくる。
ゆっくりする。休む時間をつくる。

 

いやいや世間一般の皆さん、とりわけ比較的ブラックな環境で働いている方々なんかと比べれば、僕なんか全然働いてないですし、むしろもっと働けよ的なプレッシャーを日々我が家の勘定奉行兼総理大臣でもある奥さんからかけられておるわけなんですが、それでも主観的には昨年ずうっと忙しかった。
というわけで、今年は少し怠けたい。
っという本音は別にして、僕が言いたいのは物理的に休日を増やすとか仕事をセーブするとか、そういうことではないんですね(ただ繰り返せば、本音では怠けたい)。

実際、ヒルネットの活動を今年はますます頑張ろうとか、そのためにまた各所に見学研究に出かけようとか、読書WS等の土曜グループレッスンも盛り上げていこうとか、仕事への意欲は変わらず旺盛でありたい(が、しつこく言えば、もう少し怠けたい)。

 

ただ、一方で、頭の中に、どこか無駄なスペースというか、何も働いていない部分というか、意識的にボーッとするゆとりを持っていきたい。
次から次に何かに追われまくるのではなく、というか追われまくる部分もあっていいんですけれど、そういう中でも、一部はしっかりと休んでいる、頭の、あるいは心のゆとりみたいな部分を持っていないとダメなんじゃないかなあと思うわけなんですな。

ぼーっとする時間。

これ、実はけっこう大切な時間だと思うんですよね。
いつだったか昨年、ネットの記事で、おおたとしまささんという教育ジャーナリストの方が、子どもにたくさん習い事をさせるのもいいけれど、実は子どもの才能や能力、その創造性を花開かせるためには、子どもにぼーっとしている時間、休憩している時間を持たせてあげることが大切だ、というような記事を書いておられました(この方は松永先生の知人でもあるので、時折ご著書など拝見させていただいているんですな)。

これは実際、大人も子どもも等しく当てはまることなんじゃないかなと思います。
何もすることがない時間。
いや、実際には「何か」やらなくてはいけないとしても、日常の中でふと、目の前の現実から離れて、どうでもいいようなことに「アタマ」を向ける時間。

電車の中でスマホなんか見ずにぼーっと車外の風景を眺める時間。
お風呂で湯につかりながら、そこはかとなく取り留めのないことを考える時間。
仕事帰りの夜道に何となく星もない空を見上げる時間。

こういう時間を大切にしたい。
なぜなら、実はこういう時間にこそ、様々なアイデアや、物事への好奇心や、何かを作ろうという想像力が生まれてくるからです。本当に。

自由な発想や好奇心、そして創造力が、目の前の現実に追われまくっていて生まれるわけがない。
目の前の現実に対処するのにいっぱいいっぱいの脳ミソに、そんなことを「思いつく」ゆとりはない。
だから、たとえどんなに忙しくても、想像力や好奇心を大切にしたいならば、あるときそうした「現実」を括弧にくくって、全然違うところに脳ミソを持っていく必要があるんだと思います。

そういう意味での、「ぼーっとする時間」を、忙しい中でも大切にしていきたいと思うわけです。

 

そして、繰り返すなら、これは子どもたちを取り巻く環境についても言えることだと思います。
しかも、子どもたちに関して言えば、この「ぼーっとする時間」はもっと長くてもいい。
日常のふとした時間なんてものじゃなく、一年とか、二年とか、そんな長いスパンでの「ぼーっとする時間」があってもいい。

たとえば一年間、勉強に、あるいは習い事やスポーツに一生懸命だった年があったなら、そのぶん別の一年は、「ぼーっとする」一年であったっていいじゃないか。僕は最近、そう思います。

その一年は、はたから見れば「何もやってない」一年に見えるかもしれません。
しかし、子どもたちにとって、その時間は、自分の人生を生き抜いていくためのエネルギーを貯める大切な期間なのかもしれない。
新しいチャレンジに必要な養分を吸収し、新しい想像力をはばたかせるのに必要な一年なのかもしれない。

もちろん一年でなくともいい。人によっては、その「休憩」が3年、4年と必要なのかもしれない。
学校で、塾で、勉強で、あるいは人間関係で疲れた少年少女のアタマや心に、新たに感受し想像する力が宿るためには、人によってはそれぐらいの時間が必要かもしれません。
実際、恥ずかしながら僕なんて、十代のほとんどを「ボーッとして」過ごしておりましたから。

 

ともかくも。
今年一年は、こうした「ぼーっとする時間」、現実とは違う何かに目を向ける時間の重要性を考えていきたいですね。いや本当に。

それでは、それでは。

 

 

 

当たり前だが「義務教育」は子どもの「義務」ではないんだぜ。

どうもどうも。
完全に夜になるともう寒くってコートとか必要だなあなんて思うことも多くなった今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕は忙しくて死にそうです。

そう、マジで忙しすぎです。
ヒルネット朝からやって夜は夜でヨルネット(V-net)の個人レッスンで遅くまでレッスン。
なんとか週休二日は確保してるもののそのうちに1日はたまったメールを処理したりヒルネットの活動記録書いたりしてるうちに1日が終わる。
誰がこんな忙しくしたんだ!
自分です。
そう、全部自分が決めたこと。
なので、ブログぐらいサボろうってなことで暫く間が空いちゃった訳ですね。

ということで、以上、ブログ全然更新してへんけど死んでたんちゃうんか説に対する言い訳でした。
でもほんとマジでしんどいYO!

 

さて、うって変わって今回のお題。
シリアスなテーマ。
改行挟んで、突然、深刻な話題に行きます。

 

さてさて、これはつい最近、妻から聞いた話。
妻の息子幼稚園保護者友人から聞いた話。

ある朝、妻の友人が子どもを学校に送り出し、玄関前でなんやかんや用事をしていた所。
学校への登校時間がすぎた頃なのに、ランドセルを背負った小学生の女の子が、母親に連れられてマンションの廊下をとぼとぼと歩いていたそうです。

とぼとぼ、というのは印象論ではない。
実際、その足取りは遅く、顔は終始、俯き加減。
お母さんにせっつかれるように歩いていたということです。

やがて、エレベーターに消える親子。
数分後、母親だけが再びエレベーターから姿を表します。
おそらくマンションのエントランスまで娘を見送りに行ったものと思われます。

が。そのまた数分後。
なんと女の子の方がランドセルを背負ったまま、再びエレベーターから出てきてしまいました。
そのまま自宅の方まで戻って行ってしまいます。

ああ、もう余程、学校には行きたくないんだろう。
妻友人は思ったそうです。
そこまで行きたくないなら、1日くらいは休ませてあげたらいい。

ところが。
再び数分後。
先の少女が今度は母親に強く手を引かれながら、引きずられるようにして、歩いてくる姿が見えたそうです。
少女はずっと俯いたまま。
母親は決死の表情で娘を引きずってエレベーターへと姿を消しました。
その後、戻って来る様子はなかったそうです。学校までそのまま娘を引きずっていったのだろうか。。

どうでしょうか。この話。
話を聞いた際、僕は未だにそんな現実が、しかも東京であることに、正直、びっくりしました。
「不登校」については、そうは言っても、比較的「啓蒙」が進んでいるとばかり思っていたもので。

もちろん、これは知人からの又聞きです。
また、その親子に本当はどんな「現実」があったのかも、皆目わかりません。
あるいは、僕はびっくりしましたが、そうではない受け取り方もあるでしょう。

ただ、いずれにせよ、東京で、大阪で、あるいは多くの地方の町々で、きっと似たような出来事が毎朝起こっているのでしょう。
それは僕個人の経験と併せて言えば、30年前から今日まで変わらぬ光景なのかもしれません。

さて、それとは別のエピソードです。
これはいくつかの話を混ぜ合わせた話です。

その少年は確かに少し変わった少年です。
教室に45分間、なかなかじっとしていられない。
頭は悪くない。いや、むしろ賢い方だ。
だからこそ、自分が知っていることを教師が長々解説しているのに耐えられない。

それよりグランドで走り回ってる方が楽しいじゃないか。
草花に止まる昆虫を観察してる方がためになるじゃないか。
図書館で本を読んでる方がずっとマシな時間になる。

そう思ったら、もう彼は止まりません。
教室を勝手に出て行ってしまいます。

当然、教師は問題視する。
集団行動に反することだと言い、彼を叱責する。

いや、そこまでは良いんです。
いや、良いかどうかはともかく、「昭和の昔」からよくあることではありました。

ところが、彼の場合はそれで終わりませんでした。
まず、親が呼び出される。
呼び出された上、こう告げられる。

お子さんはウィスクのテストは受けられましたか?
発達に障がいがあると告げられませんでしたか?
お薬は飲ませていますか?
すみませんが、お母さん、毎日お子さんの様子を見にきてくれますか?
それができないなら、今度の催しに、ご子息を参加させるのはご遠慮願えませんか?

上に書いたように、これは個人のエピソードではありません。
いくつもの、僕が直接相談を受けた方の話を混ぜ合わせています。

ですが、逆に言えば、同じようなケースが、まさに「いくつも」存在しているということです。

どうでしょうか。
こちらの話も、そんなことには縁遠い保護者の皆さんはびっくりするかもしれません。
実際、全ての小学校がこんな状態ではない。
しっかりとした教育理念をもつ校長先生がいらっしゃる学校では、こんなことは起こりません。
ただ、こうしたエピソードもまた、現在に日本の教育現場では、今日も明日も「いくつも」起こっている出来事なのです。

 

さて、ところで今回、この二つの対照的な話を紹介したのには、わけがあります。
一つ目の話は、「学校に行きたくないのに無理に行かせられる子ども」のお話。
そして、もう一つは「学校の側が子どもを排除しようとしている」お話です。

一見、対照的な二つの話。
ですが、双方に実は共通点があります。
それは、子どもの心を大人がなんの躊躇もなく土足で踏みにじっているという点です。

そう、実は僕は猛烈に怒っています

さっきは嘘を書きました。
どんな事情や現実があろうがそんなこと知るか。
どうしても学校に行けない子どもを引きずって学校に連れて行くのは「親」の「仕事」ではない。しつけでもない。暴力だ。
ただ、その子どもの心に暴力的な「傷」を追わせるだけの行為だ。

教室にじっとしていられない子どもを簡単に「障がい」扱いするな。
「ちょっと変わってる」からって、それを排除するな。見放すな。
そしてあからさまに「見放してる」と親に告げるな。そのことで涙を流す母親の気持ちがどんなものか想像できるか。
たった一人の、愛する我が子を「邪魔者」扱いされたときの親の気持ちがあんたらにわかるか。

 

「義務教育」という言葉があります。
これは教育基本法第四条の「国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う」との条項をもととします。
さらに、この教育基本法第四条は、憲法第二十六条「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」という内容に基づいています。

ここからもわかる通り、たまに勘違いしてる人がいますが、「義務教育」とは「子どもの権利」を保証したものです。
子どもには適切な教育を受ける権利がある。
そして、保護者にはその権利を保護する「義務」がある、というわけです。

こうした規定ができた理由は、近代以前の「子ども」というのが安い「労働力」であったためです。
特に貧困層の子どもに教育を受けさせず、労働を強いる大人、環境が存在したためにできたのが「義務教育」の理念だったのです。

だから、当たり前ですが、子どもを無理に学校に行かせるのが親の「義務」なのではありません。
そうではなく、子どもがちゃんと「能力に応じて、教育を受けられる」環境を整えてあげることこそが親の「義務」なのです。
それには学校以外の場所だってたくさんあります。

ましてや、子どもを「見放す」のは、「義務教育」を司る機関としては、決してやってはいけないことです。
いや、それは本来、子どもたちと関わるあらゆる「大人」の「構え」としてあってはならないことのはずなのです。

にもかかわらず、どうしてこんな事態が三十年経って今なお続いているのか?
どうしてこんな「排除」がまかり通るようになってしまったのか?
まして、後者は近年になって明瞭に現れてきた事態と言えるでしょう。
それが「原因」となって不登校に「させられた」子どもたちすら存在する。

頭が痛い、悩ましい、などと呟いているだけでは変わらない「現実」がここにあります。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

ヒルネット活動報告・すぎなみ舞祭

どうもどうも。
台風が去りすっかり涼しくというか肌寒くなりつつある東京ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。僕は喉がずっと痛いです。

さてさて、本日はいつもとはちょっと趣向を変えて、僕が代表運営しているヒルネットの活動報告を記事にしときたいと思います(なおヒルネットの正式名称は「自由な学び場 HIRUnet」といいます。ローマ字にしてるのは、そのほうが単にかっこいい気がしてるからです。。)。

前回の記事でも少し触れていたんですが、実は昨日の10月20日、ヒルネットでは活動の一環として、参加する子どもたちと一緒に「すぎなみ舞祭」というお祭りに屋台を出店してきました!

まさにこれこそ「Work(仕事・取り組み) & Experience(体験)」!
などと言うとカッコいいですけど、まあ正直、7月くらいに子どもたちと、

「なんかお祭りとかみんなでやったらオモロいんちゃう?」
「は? またティーチャー、思いつきで言うとるやろ?」
「思いつき? アホか。人生はみんな思いつきから始まるんや」
「そんなアホな」
「人生は旅であり冒険なんやで。ふと思いついていつもと違う道を曲がってみるところに新しい出会いがあるんや!」
「カッコええこと言うて誤魔化さんとき」
「でも、オモロそうやん? 準備とか。みんなでやろうやあ」

と、なんとなくノリで決めちゃったわけなんですね。
出店することとか。
7月の段階では、だいぶ先の話って気分でしたし。

しかーし、実際はけっこう大変でした(当たり前)。
だいたい9月の末には、別の「Work」として、皆で「坊ちゃん文学賞」という賞に応募するために小説も書かなきゃならんかった。
実質、準備は10月に入ってから。

そこから皆で企画を考えたりアクセサリーを作ったりバスボム(入浴剤)作ってみたり。。。
かなり最終盤までバタバタしてましたね。
なんせ初めての「体験」です。僕にとっても。
前々日ぐらいからけっこう緊張してました。

そして当日。
朝の8時ごろから開店の準備を開始。
子どもたちは8時半ごろ別に集合して、会場の「下高井戸おおぞら公園に集合」。
別にアクセサリーを作ってきて参加してくれた女子高生Mちゃん。
当日バイトの男子高生I君も参加してくれて、なんとか9時の祭り開場に間に合いました。

僕たちの店は子どもたちが各自で作った「手作りアクセサリー」が一つ目のメイン商品。
これのためにわざわざ日暮里までフィールドワークにも行きました。

そして、もう一つのメインがキャロム。
これは、まあ物珍しさに寄ってきてくれるといいなあと思ったのもあります。

同時に、僕たちヒルネットの活動はもちろんですが、このキャロムというゲームの面白さをみんなにもう少し知ってもらいたいなあという動機もありました。

 

しかし、張り切って始めたものの、果たして売れるのか?
子どもたちは別として、僕にはそんな不安もちょっとありました。
いや、別に売れなくともいいんですが、なんか自分たちの店だけ盛り上がらない感じになるのは嫌だなあと。
予想に反して(?)子どもたちはみんな楽しみにしていたみたいなんで。

で、結果はどうだったかというと。。

全然、心配することなかったですYO!

もちろん商品がバンバン売れるなんてことはなかったですけど、ちゃんとお客さんがたくさん寄ってきてくれました。
こうなると、子どもたちも「商魂たくましく」盛り上がっていきます!

件の女子高生Mちゃんが高級百貨店売り子のように丁寧かつ断りきれない感ハンパない販促を行っているかと思うと、我らが少年エリート営業マン、サクチャンマンも負けていません。
「お、そこのお姉さん、この髪留め気に入っちゃった? さすがお目が高い。なんとこの商品、一個100円のところをなんとセット! 二つセットで100円にしちゃうよ」
「え? このお守り? このお守りみたいなやつは何だって? いや、これはおいらもカンニングペーパー見ながら言うわけなんだけどさ、これなんと、この世に二つとない、手作りのお守り。ゴッドアイってえインディアンのお守りなのさ。部屋に飾って良し。持ち歩いても良し。幸運をたった100円で買えるんだから、これを買わないって手はないですよ、お姉さん!」

と、実際、あまり誇張してないんじゃないかと言うぐらいの見事な営業トークでどんどん商品を売りまくっていました。
彼の話が面白くて「いい商売人になれるよ!」などと声もかけられるぐらい。マジですごいぜサクチャンマン。

 

一方、キャロムの方も途中からけっこう人が集まってくるようになり、繰り返しゲームに挑戦する子も。

お祭り用のゲームとしては、ストライカーを10回売って、どの色でもいいから3個入れられたら勝ち、というもの。

キャロム経験者からすると、「え?簡単じゃない?」と思う人もいるかもしれませんが、あにはからんや、けっこうムズイ。
特に未経験者には至難の技なのです。

それでも約2名がゲームに勝利して、レイ先生手作りの、キャロムのコマに革紐を通した特製ネックレスを奪って行きました。

それ以外にも、純粋にゲームを楽しんでくれた子どもたちもチラホラ。なかには僕たちとの対戦を希望する少年少女もおりました。

 

そして、あっという間に夕方の4時。
お祭りも終了です。

かなり多く用意したアクセサリー類も、けっこう少なくなっていました。
子どもたちもだいぶ疲れたご様子。
4時20分から撤収を開始し、5時に解散となりました。

 

いや、事前の心配はまったく杞憂で、チョー楽しい「体験」となりましたよ。

また、Mちゃんやサクチャンマンもそうですが、子どもたちがそれぞれの「個性」を発揮してくれたのもすごくよかった。
不器用ながらも一生懸命アクセサリーを作ってくれたコータ氏や、祭り直前に僕の「準備不足」を色々指摘してくれたエカチェさんも。
直前までアクセ作りを頑張ったエマさん、それに皆のお兄さん役をやってくれたI君。

また、これからヒルネットに参加してくれる予定の子どもたちがたくさん「応援」にやって来てくれたのも嬉しかった。
来年、また「すぎなみ舞祭り」に参加できたなら、今度は是非一緒に店をやりましょう!

最後に。
ヒルネットに直接関係なくとも、店に遊びに来てくれた、V-netの生徒それに保護者の皆さん。
本当にありがとうございました。
おかげで子どもたち皆、とても貴重で楽しい「体験」ができたと思います。

 

さてさて。
上にも書きましたが、来年。
これはなかなか癖になる「体験」だったので、また挑戦しちゃおうかな。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

学びは「体験」と「仕事」から

どうもどうも。
ようやっと秋が訪れるのか?という半信半疑な気分で過ごす10月第2週目の現在、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕はちょっと多忙すぎですどうしましょう(って知るかですよねハハハハハ……)。

さて、今日のお題は久しぶりに単純に「学ぶこと」について。

ところで、突然、宣伝ですが、僕が昼間にやっているヒルネットという「スクール」では、いわゆる「勉強」は強制しません。
かといってサドベリースクール的に、完全に「自由」というわけでもなく、いわば僕が「巻き込む」ような形で、色々な体験をしたり種々の物事を考えてもらったりはしてもらってます。
フィールドワークに行くことや、特定のテーマについて対話すること、「散歩」すること、そしてまた場合によっては「ヘイ!Kクン! 今日は日本の地理について学んでみようYO!」ってな感じで誘って「勉強」することもあります。

でも、やりたくない子はやらなくていい。
今日はちょっと気分が乗らないって日は、自分の好きなことをしていてもいい。
各自がその日のプログラムを自分で決めるのが「原則」です。

こういう形になっているのは、そりゃ古典最新の教育書を読んだり種々の施設を見学させてもらったりと色々準備段階で考えていたことも反映されてますが、結局は通ってくれている子どもたちの「個性」に合わせてつくりあげられていってる部分が大きい。
「アタマ」で考えていた通りにならないのが「人間」を相手にする教育ってもんなんですよね。良くも悪くも。

閑話休題。
でも、まあそういう「自由」な状況から、主体的な「学ぶ」姿勢、力みたいなものが生まれていくには、当然、時間がかかるわけです。
小・中学生ぐらいの年齢なら特にそう。

でも、実はこれって「ふつうの学校」に行っていたり、あるいはヨルネット(V-net個人レッスン)に通ってくれている子だって同じことなんですよね。
一日学校で教室に座っていたって、やる気のない授業、教科については、アタマの中で宇宙旅行に出かけていれば、何も入っていません。
「真面目」な子は、それでもテストや宿題を頑張るかもしれないけれど、そうでもない子は何にも「学んで」などいません。
酷い場合は、ただ「情報」を「苦痛」とともに受け取っているだけです。いや、情報すら入っていないケースが多いかも。。。。

個人レッスンの場合にだって、学ぶ気持ちゼロみたいなお子さんの場合は、大変タイヘン工夫が必要です。
そりゃ、学校やスクールと違って、一応「勉強」することを「目的」に通ってくれているわけだから、最初から「やる気ゼロ」みたいな子も珍しいわけですけど、それでも基本、小・中学生は親に言われてきてるわけです。場合によっては仕方なく。
だから、そんなに「主体的」なわけではやっぱり、ない。

そういう意味では、環境が「自由」であろうと、「強制」されていようと、主体的な「学ぶ力」みたいなものを養うのは、どうであれ難しいことに変わりはないわけなんですな。

だから、当然、子どもたち一人ひとりに合わせた工夫が必要なわけなんですが、そのケースバイケースを全部ここに書ききれるもんじゃない。
ただ、そのなかでもやっぱり核になるような大切なものがあるとは思います。

その一つが、やっぱり「体験」です。
例えば、地理や歴史はさっぱり覚えていないのに、植物や動物、果ては恐竜、古生物のことについては大人よりはるかにたくさんのことを知っている。
あるいは逆に、算数の計算は大っ嫌いだけど、歴史に関することを話すと目をキラキラさせて話に聞き入る子どももいる。

そうした子どもは、自然環境豊かなところで育ったのか。幼稚園のころ、たくさんお散歩に出かけたのか。昔、遊びにいった動物園がとっても楽しかったのか。
それとも歴史に関するマンガを読んで、実際、お城を見に出かけたのか。田舎のお祖父ちゃんの古い家に興味を持ったか。それとも、古い軍刀や日本刀を見たことがあったのかもしれない。

何がトリガーになっているのかは、はっきりはわかりません。
ひょっとすると、それは上記のような判りやすいものではなく、親も気づかないような些細なものかもしれない。
子ども同士の「遊び」のなかにあった小さな出来事かもしれない。

しかし、そうした幼少期、少年期の「遊び」の「体験」がきっかけとなって、またそれに関する書物等により「体験」が「追体験」される歓びを知ることによって、子どもたちはいつの間にか、ある特定に興味関心についての「博士」になっていくのだと思います。

主体的な「学び」とは、そういうものではないでしょうか。

そして、そういう「学び」を得た子どもたちは、長ずるにしたがい、「苦手」なジャンルのなかにも、関心の芽を育てる「力」を身につけていきます。
少なくとも、この二十年ほどの間、僕から見て「優秀」だと思える、今や立派な青年となった子どもたちは、皆そうでした。これは断言できることです。

そして、もう一つ。大切なこと。
それは「仕事」です。

「仕事」といっても、強制される「作業」じゃない。
だから、それは僕たち大人が(人によっては?)イメージする「仕事」とは別のものです。
例えば、英語の「Work」という言葉は、もちろん「作業する」という意味もありますが、もう少し広い意味で使われることも多い単語ですよね。
「作品」とか「研究」とか、「取り組み」みたいなニュアンスでも使います。

例えば、文章を書く練習をするのに、ただ「作文を書きましょう」と言ったって、やる気が起きるわけがない。
なぜって、そこには目的がないから。文章の先の読み手もいない。誰かを楽しませようという動機もない。
そんな文章、誰が書きます?

でも、そうじゃなくて、「小説」を書くのなら? ブログを更新するのなら?

このブログだってそうですが、どこかの誰かが読んでくれている、という確信があるから書いているわけです。休み潰して。
そんなに読者は多くなくとも、月に1000人くらいは読み手がいる。そう思うから書いています。

子どもだって同じでしょう。
誰かのための、不特定多数の読者のためのブログなら、書く気も起きるかもしれない。
小説は?
じゃあ、それをきちんとどこかの賞に応募するのが良いかもしれない。
今の時代なら、そういうサイトに投稿するのもいいかもしれない。

実は最近、ヒルネットでは、子どもたち、そして僕らスタッフ含めて、「坊ちゃん文学賞」というショートショートの文学賞に応募しました。
これも子どもたちと相談して決めたことですが、どうせ書くなら、確実に読んでもらえる文章を書こう。その点、賞なら下読みの人含めて、必ず誰かに読んでもらえるわけです。

しかも、これはほんとに「仕事」なんです。
この賞の賞金は大賞で50万円! これを獲ろう。獲って賞金で沖縄にみんなでフィールドワークに行こうじゃないか!というのが最初の企画でした。
もちろん、みんな本気で賞金が取れると思ってるわけじゃない(と思いますが。。)。
でも、そういう、なんというか明確な「ゴール」というか「目標」があるのが、「仕事」において重要な要素だと思います。

実際、これはヨルネットで教えている高校生の話ですが、彼は昨年、中学三年の折に、学校課題で出した松本清張の感想文が、なんと松本清張記念館主催の賞を受賞、賞金図書券3万円をゲットした上に家族博多旅行交通費を手に入れることになりました。
そのおかげで、今年の夏にはやはり松本清張の感想文を、今度は課題とは関係なく仕上げ、さらに別にショートショートの小説二本を、これまた学校の「強制」とは無関係に書き上げ応募しています。
この彼は、小学校時代、都立中高受験の作文が苦手だったために習いにきた生徒でした。
その彼が今では、まさに「主体的」に文章を書くまでになったのです。
それは、彼が文章を書くことを、作業ではなく「仕事Work」=「作品」に取り組むことだと理解してくれたからなのです。

また「仕事」には、個人ではなく、集団で行うものもあります。
これまたヒルネットの話で恐縮ですが、僕たちは、この10月の20日、杉並区が主催する「杉並舞祭り」というお祭りにキャロムを中心としたゲームとアクセサリー販売の屋台を出店する予定になっています。
これの企画、内容も皆である程度話し合って決めた(というか決めている途中)なのですが、やはり例えば、アクセサリーを作るのが苦手な子もいれば、そういう場所で赤の他人(しかも相手も子どもだったりする)と話し販売するのが苦手な子だっている。
でも、そんな子たちも、それが皆で決めた「仕事Work」=「務め、取り組み」ならば、なんとか自分なりに何か作ろうとするし実際、みな販売参加するのを楽しみにしています。
手前味噌な話ではありますが、家庭科の時間の裁縫のような強制された「作業」とは違う、「仕事」の喜び、協働することの「学び」が確かにここにはあると思います。

このように、目的のない強制された「勉強」とは違い、自分から何かしらの目的、目標を定めて行う「仕事」には、やはり何かしら主体性の芽を育む力がある。
それは文章を書くような、直接的な「勉強」にかかわるケースもあれば、お祭り出店のように、勉強というよりは、社会的な協働性のような、間接的な「学び」を得るものもあるでしょう。また「手作業」をすることによる創意工夫の「学び」でもあるでしょう。
しかし、そのいずれもが、現実にこの社会に出て生きていくために必要な「学び」だと思います。

そのような「学び」を主体性をともなった形で得られるようにする、その一つのフレームが、この「仕事」という、これまた一つの「体験」なわけなんですね。

どうでしょうかね。
まあ、前回も書きましたが、私だってまだまだ修行中の身です。
今回は、「体験」と「仕事」という二つのフレームから書きましたが、もちろんこれら以外にも、子どもたちの主体的な「学び」を引き出す工夫はたくさんあると思います。
このブログでも、それこそ僕自身の「体験」のなかで、そういうものに気づいていけたなら、またご紹介しようと思います。

それでは、それでは。

 

発達「障がい」:変わるべきは彼なのか?

どうもどうも。

すっかり秋めいた日々、と思っていたら、急に短パンを履きたくなるような暑さが戻ってきたりと、よくわからん日々ですが。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。僕は最近忙しいのが嫌で山籠りがしたいです。

とはいえ嫌がってもいられない。
頑張りましょう(誰に言っとるのか)。

さて、今回のお題。
発達・学習「障がい」

うーん、やっぱり、この言葉、あんまり好きじゃない。障がいって一体なんなんだ。
いや、書きながら思ったんですが、文字にすると余計にキツイ。

そもそも今日のテーマに限らず、足が不自由だったり耳が不自由だったり、その色んなことを「障がい」と呼ぶ、そういう単語に括ってしまうのも何だかなあ。。じゃあ何て書き表わせばいいんだと言われると、またわからないんですが。。。

僕の妻は子どもの頃から関西で、とある先生について絵を学んでいたのですが、その先生は耳が不自由な方でした。
その先生や他の生徒と一緒にフランスへ旅行に行ったこともあるそうです。
僕はその先生と、結婚前に一度会っただけなんですが、その先生のことを話す妻や妻の家族は、先生のハンデのことなどまるでないかのように自然に話題にしておりましたよ。
その先生は、すでに鬼籍に入られております。
では、その先生の人生に「障がい」などあったのでしょうか?
何とも僕には言えませんが、でも「困難」はあったに違いないが、それは「障がい」ではなかったのでは? そして、「困難」は等しく誰の人生にも訪れるものです。

いや、わからない。
偉そうに書ける案件でない、ということだけしか、やはりわかりません。

閑話休題。
いずれにせよ、発達の「でこぼこ」具合もまた、通常の学校生活や、人や場合によっては社会生活上の「困難」ではあることでしょう。
特に学校にせよ職場にせよ、ある種の共同生活における集団性を強く要求される場であれば、彼・彼女が「生きづらさ」を感じるには十分です。

僕は過去、そして現在、いわゆるASD、ADHD、LD等と呼ばれる「個性」をもつ子どもたちと多く接してきました。
では、そういう子どもたちと学校とのマッチングはどうだったか。
その「でこぼこ」具合が深刻なほど、学校生活とは「客観的」には、あまりうまくいっていないように感じる子が多かったのですが、一方で、ある種「他人の意思や気分を読み取るのが苦手」なために、かえって「底抜けに明るく」過ごしている子どももおりました。
いや、まあ、総じて、そうしたマッチングも「運」であることが多いいようにも思います。

また、それぞれに深刻度もあります。
確かに、今、小学生の段階では、ある種の集団からはみ出がちなほど「落ち着きがない」様子だったり、「突拍子もない行動」に出たり、「終始喋りっぱなしで人の話をまるで聞かない」状況だったり、「自分のやり方に絶対的にこだわる」子どもだったり、「目の前の他人が何を考えてるかさっぱり判らない」様子だったりしたとしても。
成長とともに、良くも悪くも「落ち着いていく」「自分の個性を上手に扱えるようになる」子どももたくさんいます。
また逆に、ある種の外部のフォローがある程度、必要なお子さんも実際おられるでしょう。
僕たちのような学校外の「先生」含めて、そういうフォローがあったからこそ、「個性を上手に扱える」よう成長できたのだ、という見方もあるかもしれません。

いずれにせよ、この問題は、本当にケースバイケース、子どもそれぞれに対応が異なる。
いや、そもそも「不登校」の問題もそうであるように、一律な対応が可能な「教育」などあるはずがないのでしょう。

ともあれ。
では、そうした「でこぼこ」を抱えた彼や彼女が周囲の環境の中で「生きずらい」「しんどい」と感じたとき。
変える、変わるべきなのは、彼・彼女なのでしょうか?
それとも周囲・環境なのでしょうか?

こうしたことを書くのも、実は最近、とある相談を受けたからです。
詳しくは書きません。
が、とにかくも、やや感情のコントロールが苦手で「自分の方針」にこだわりを持つ僕の生徒。
彼が、どうやら学校に目をつけられている、という話です。
なんだかんだと親が呼び出され、「問題」を指摘され、婉曲的に手に負えないと言われる。
そして、「薬」をすすめられる。

確かに彼は変わっています。
ですが、「めちゃくちゃ変わってる」かというと、僕の実感では、そこまででもない。
もっと「めちゃくちゃ変わってる」子を知ってるからです。
また、一年半ほど見ているうちに、確かに随分成長した。
いろいろと我慢できるようになったし、意に沿わないことも、嫌々ながらするようになった。特に僕が怒ったりせずとも。つまり少しずつ少しずつですが、「個性」を自分なりに扱えるようになり始めていました。

にも関わらず、つい最近も、とある行事の際に、学校の先生は彼のプライドをひどく傷つけるようなことを言ったそうです。
その先生に「悪意」はなかったのかもしれない。それは、そうでしょう。
でも、その言葉は確かに、しばらくの間、彼を「荒れさせる」ほどにはキツイ言葉だったようです。

さて、もう一度聞きましょう。この場合。
変わるべきなのは、彼でしょうか?
それとも周囲の環境でしょうか?

つまり、彼が「薬」を飲んで、学校の先生方にとって「扱いやすい」子どもになるべきなのでしょうか?
それとも、逆でしょうか?

僕は逆だと思います。
順序が間違っていると思います。

僕は「薬」を飲むこと全てが悪いとは思いません。
何事も教育において原理的であることは、その原理的言動によって傷つくお母さんやお父さんがいると思うからです。
実際、極端に深刻なケースにおいて、一時的に薬を飲むことが効果を発揮するというケースもあると思いますし、実際に目にしたこともあります。

しかし、この場合は、どうか。
特に、少なくとも教育に携わる者が、簡単にそれを言うのか。
耳にした母親がどんな気持ちになるか、十分わかっているはずなのに。

繰り返せば、全てのケースに当てはまる解答はありません。

ですが、その子がまだ、まさに「発達」の途上にある場合。
その当人を周囲の環境に合わせて「変える」前に、周囲の環境をこそ「変える」べきなのでは、と僕はどうしても思ってしまいます。

いや、これは僕がヒルネットのようなフリースクールの活動を始めたから、そう思うのかもしれない。
実際、僕がヒルネットを始めたのは、そうした色々な「個性」を持つ子を受け入れられる「環境」を僕自身が作りたかったからです。
大人数を扱う「学校」に、環境の変化を求めるのは、そもそも難しいことなのかもしれません。

どうでしょう。
皆さんは、どう考えますか?
変わるべきなのは、「彼・彼女」なのか。「環境」なのか。

僕自身、また別の視点から、この問題を考えるため、来月にでも種々の「個性」からくる「困難」にぶち当たった子どもたちを教えている教室を見学に行く予定です。
そう。僕もまだまだ修行中なわけですね。

この問題については、また別の機会にも、「修行」の経過を書かせてもらおうとお思います。
それでは、それでは。

 

 

 

 

 

「無力」を自覚するということ

どうもどうも。
まだまだ暑いものの夕暮れ時も早くなり徐々に秋の訪れを感じないわけでもない今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて、本日のテーマ。
それは「無力」であるということについて。

これは最近、親として、また場合によっては「先生」などと呼ばれる立場にある人間として、つとに感じることなのです。
いろんなところに、そんなコメントを残したりしているので、知ってる人もいるかもしれませんが。

といっても、別段ネガティブな意味で言っているわけではありません。
むしろ、その自覚がなければ、親としても、「先生」としても、馬鹿な間違いをやってしまうのではないか。そんなふうに思っています。

それは、たとえばこういうことです。
子を持つ親で、自分の子どもの幸福を願わない人などいないでしょう。
もちろん、その「幸福」の形は様々なのですが。
そして、その子が小さいうちは、「私こそがこの子を守ってあげなくてはならない」、こう思うことでしょう。

これは当たり前の感情です。

しかし、その子がもう自分である程度、自分の面倒をみられる年齢になったならば。
本来ならば、徐々にその手を離していかなければならない。
しかし親というものは、自分の子に関しては、なぜだかいつまでも「頼りない」「心配だ」と思ってしまうもの。まあ、それ自体は良いのです。親心とはそういうものでしょう。

ですが、だからこそ冒頭に述べたように、その「無力さ」についても自覚的でなければならない。
つまり、心配することは当然であっても、もう僕たちは、彼や彼女の全てを「守ってあげる」ことなど出来ないのです。
ましてや、自分の思う「幸福」を子に押しつけたりしてはいけない。

「頼りないから」といって子のスケジュールを勝手に決めたりしてはいけない。
「心配だから」といって子の習い事や塾を勝手に決めてはいけない。
「まだまだ子どもだから」といって子どもが決めた進路や、そして人生の行く道に過剰に口出ししてはいけない。

いえ、口を出しても「無駄」なのです。
もはや、彼・彼女は僕たちが思うようには動いてくれません。
スケジュールは勝手にサボります。塾には行きません。
そしてもちろん、彼も、彼女も、自分自身の人生を生きはじめているのです。自分なりの「幸福」を見つけようと彼らなりの努力を始めているのです。

そして、これは「先生」という立場でも言えることなんだろうと最近、よく思います。

もちろん、「勉強」を教えること自体は、ある意味で簡単です。
受験その他のゴールがあって、そこに向かって努力する子どもに、「学力的」な補佐を行うことも、経験のある教師ならば難しいことではない。
あるいは「精神的」な補佐を行うことも、簡単ではないが、「伴走者」の役割を果たすことくらいはできるでしょう。
でも、これはあくまで「勉強」の問題です。僕が言いたいのは、そういうことではありません。

本来的に「教育」には様々な理念や目的があります。
主体的な判断のできる人間に育ってほしい。
好奇心豊かな、幅広い知見をもつ人になってほしい。
独創性に富む、柔軟な思考を身につけてほしい。

ですが、それらは、「教え」られません。

折々の機会に、たとえば何一つ自分から挑戦しようとしない子どもを見て、何らかの「説得」をすることはできるかもしれない。人生の先輩として、「言葉」で何かを伝える努力をすることも、完全に「無駄」ではないかもしれない。
ですが、その「説得」が功を奏するときがくるとすれば、やはり彼自身が何らかの「体験」を経て、自分自身の力でそれを学んでいったときなのです。
そういうときが訪れて、初めて、「ああ、あのとき先生が言っていたのは、こういうことだったのか」となるわけです。

じゃあ、「先生」なんていらないじゃないか。
「親」が無力であるなら、何もしなくて良いの?

もちろん、そんなことはない。
僕たち「親」も「先生」も、子どもたちの「体験」の一つであり、相関的な「環境」でもあるわけです。
そうであれば、僕たち自身が子どもたちにとって「刺激的」な「環境」であるべきでしょう。
子どもを守ろうとしたり、何かを無理にさせようとするのではなく、まずは自分が「幸福」であることを目指し、自分が「おもしろい」と思うことを探求すべきです。

手前味噌な話で恐縮ですが、僕がやっているヒルネットの、フィールドワーク等のテーマ学習では、僕自身がよく知っていることをテーマにすることは殆どありません。
もちろん、子どもたちと話し合って最終決定するわけですが、それでもなるべく僕自身がよく知らないこと、僕自身が知って「おもろいなあ」と思えることをテーマにします。

そうしないと僕が面白くないからです。
僕が面白くないことは、やる気も起きません。
そして「先生」が面白くないものを、子どもが面白いと思えるはずがありません。

だから、それは一見、無計画で無軌道な「学習」に見えるかもしれない。
しかし、計画的に一人の人間を「育てる」ことなどできるでしょうか?
ただ一人として同じ個性を持ってはいない子どもたちに、単一の「効果」を狙って、「主体性」を持たせたり、「好奇心豊かに」することなどできるでしょうか? できるはずがありません。

そうであれば、教師の役割は、より子どもたちが、刺激を受ける存在であろうとすること、自分自身が「おもしろい」と思える体験・環境に、子どもたちを巻き込んでいく存在であろうとすることのほかにはないと思います。
僕と対話し、僕とともに過ごし学んでいくその時間が、彼ら子どもたちにとって、より良き人生へとつながる「体験」となってくれるよう努めるしかありません。

僕が言う、教師や親が「無力」である、とはこういう意味です。
このことに無自覚であれば、己の「教育理念」に頑迷にしがみつく愚を犯しかねません。
子どもを「自己満足」のために「コントロール」しようとばかりしてしまうかもしれない。

いや、もちろん僕だって、特に「親」としては、まったく不完全な人間です。
ここに書いたように、子どもを「信頼」して接しているかと言われれば、反省すべき点ばかり見えてきます。
今日書いた記事は、だから自戒を込めたものでもあります。
ですが、だからこそ、今後も親として、そしてもちろん「先生」としても、自分の「無力」さを忘れずに、常に省みるようにしたいと思っています。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

「体験」が「学び」の種を作るということ

どうもどうも。
いよいよ夏休みが終わりましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

前回のブログでも書きましたが、新学期の始まりというのは、どんな子どもにとっても憂鬱なものです。
子どもから何らかの「サイン」があったならば、「傷が浅い」うちにそれを受け止めてあげられると良いですね。まあ、なかなか難しいのですが。

さて、僕の活動としても、明日からヒルネットの活動再開です。
ところで、このヒルネットですが、そもそもこの活動を行おうと思ったきっかけは、実は「不登校」の問題だけではなかったんですよね。

いや、もちろん、数年前からそういう相談が増え、またプライベートでも何件か「不登校」「まだら登校」の悩みについて聞かされるようになっていたのは事実です。
だから、直接の動機がそこにあったのは間違いないんですが、ただそれだけでもない。

実は、ある意味でもっと別の問題として、ここ数年、ある疑問がずっと頭の中にあったわけなんですな。
それは、「どうして、子どもは学校に通いだすと、こんなに〈勉強〉を嫌いだすのだろう?」という疑問でした。

まあ正確にいうと、「学校に通いだすと〜」なのかどうかは判らないんですが。
しかし、とにかく自分の子ども含め、幼稚園や小学校1年生くらいの子どもは、むしろ〈勉強〉が好きとさえ見えるくらいなのに、中高学年くらいになると、ほぼ完全に「面倒なもの」になっている。

「3足す4はね、7なんだよすごいでしょ!」「僕ね、自分の名前漢字で書けるんだよ!」「夏休み旅行したこと作文に書いたんだよ読んでみて!」
まだ小さい子どもたちが、こんなことを先生に、あるいは両親その他の大人たちに告げている図を誰だってみたことがあるはずです。

実際、子どもというのは、本当は学ぶことが好きです。
特に自分が興味を持ったことを学ぶことは大好きです。しかも大人では太刀打ちできないくらい、吸収も早い。
そして、この点については年齢が上がっても同じかもしれません。自分が好きで、関心を持てたことについては、彼らは自分でそれを調べ、自分でそれを学びます。
それは、人によっては「恐竜」のことかもしれないし、人によっては「鉱石」についてかもしれない。あるいは「電車」のことかもしれません。

ところが。
これが学校の〈勉強〉となると、途端に「重荷」以外の何ものでもないみたいになってしまう。

これは一体何でなのか?

「強制」の有無、ということが一つの原因であることは間違いないでしょう。
毎日の「宿題」、「受け身」の授業、気分が乗らないときでも机に座り続け目の前の計算ドリルはこなさなきゃならない。そういう「作業」をこなす毎日。
こういう強制された「作業」を面倒に感じるのは、大人だって同じでしょう。

では、一切の強制がなければ、いいのか?
何も強制されぬまま育てられた子どもは、幼少期の、ある種無邪気な知的好奇心を保持し続けられるのでしょうか?

これはある部分ではイエスと言えるし、またある部分ではノーとも言えます。
なぜなら知的関心の持続的な涵養は、その子どもの置かれた環境、即ちその環境から与えられる連続した体験のあり方によるからです。

難しい言い方をしちゃいました。
簡単に言えば、たとえば周囲に自然環境が溢れ、種々の生物・動物と触れ合う機会が多く、またそれらの生物、たとえば花の美しさや薬草の効用、動物の生態についてよく話されるような環境にいたなら。
その子は自然と、成長とともに自然科学への好奇心を深めて行くことになるでしょう。
逆に、ゲームやテレビといった間接的体験ばかりの環境に囲まれたまま少年期を過ごした場合。その子の関心は当然「メディア」に特化したものとなるでしょう。

誤解なく言っておけば、僕は後者が悪いとは思っていません。その「メディア」に特化した体験から、むしろ天才プログラマーが生まれないとも限りません。
単純に、体験のあり方が、その子の知的な関心のあり方を決めるというだけです。

さらに言っておくと、10代半ばの思春期少年と、10歳未満の子どもでは、環境の受け取り方、つまり体験の質も変わるに違いありません。
たとえば、それこそ不登校になって昼夜逆転し四六時中グロテスクなホラー映画をみている環境が良いはずはありませんが、十代の一時期には必要な場合もあります(はい、すみません、これは15歳時分の僕です)。

話がずれました。
要は強制があろうとなかろうと、知的関心を刺激する経験がある程度与えられているかどうか。
また、その経験が次の経験を呼び込むような形で、連関する形で与えられているかどうか。そういう環境があるか。

そうした理想的な条件が整う中で、少年期の学ぶことへの情熱は持続するのだと思います。
いや、いま「理想的」と言いました。
実際、普通のご家庭で、そんな環境を常に持続させることは難しいでしょう。
自然環境に恵まれた体験がたくさんあっても、今度は歴史や社会的な事象にまるで好奇心を持たないということだってありえます。

ただ、僕はある程度、そういう形でも良いと思っています。
何でも、オールジャンルにできる必要はない。
ただ、関心があまりに狭められていない限り、種々の体験からの刺激により、一つの関心がまた別の関心へと扉を開く、そういうことはあると思います。
現に僕は30代まで、理数系の学問には何ら関心を持っていませんでしたが、中年になってから、それこそ仕事含め色々な体験の結果、強く興味を持つようになりました。

いずれにせよ、椅子に縛り付けられたまま黙々と計算ドリルを解くような「作業」から、数学的な好奇心が生まれるとは思えない。
歴史の年号をただ暗記するところから、現実の日本社会への関心など生まれない。

そうではなく、実際にかつての遺跡を見て、変わってしまった町を歩き、現実の体験からから様々な空想をめぐらすなかで、知的な関心というものは生まれるのではないか。
そしてまた、その過程で生まれた疑問や関心について調べる中で、知性というものは育まれるのではないか。

僕がヒルネットを始めようと思ったとき、一方にあったのはそういう思いでした。
果たして自分が思い描いた通りに物事が進んでいるかはわかりません。
いえいえ、はっきり言って「理想」通りにはいつだっていきません。それが「現実」の「体験」なのです。

それでも、しんどいながらも毎週フィールドワークに子どもたちを連れて行きます。
今年の秋には「お祭り」の屋台を出して、子どもたちに実際に「仕事」をしてもらおうとも思っています。
教室のなかだけでは味わえない「体験」をたくさんしてもらおうと考えています。

それらのうちの一つでも、彼らに「学び」の芽をつくってくれたならば、それだけでもやって良かったと思えます。

それでは、それでは。

追伸
最近、というかついさっき、インスタグラムも始めてみました。
と、言いつつ、実はよくわかってません。
https://www.instagram.com/?hl=ja
気が向いたらフォローしてみてください。