教育と偶然性: 大学的な、あまりに大学的な

どうもどうも。
少しずつ秋の気配が漂いつつあるもののやっぱりまだまだクソ暑い東京から中継しておりますが皆さんいかがお過ごしでしょか。こないだ浅草行ったら暑くて死にそうでした。

さてさて、月一連載を公言するようになった当ブログ。
だいたいいつも記事が長すぎんだよもっと短くコンパクトにまとめて記事増やせよなという心ある忠告をこの間幾度も受けておりますが、しゃーないやんけワシ文章書き出したら無駄に長くなるんじゃい。ホント、メールとかでも。
孫正義やホリエモンみたいな人間からしたら全く非効率極まりない生き方をしているわけですがそもそも人間の「生」などほとんど無駄のカタマリのわけですから無駄を無駄として楽しめないなら早く死んでしまうのがもっとも効率的なわけでもあります(中二感)。

さて、そんな無駄について無駄な前書きをだらだら無駄に書いておるわけですが、実はこれが無駄ではない。

というのも、今日のテーマは「偶然」についてだからであります。
もっと言うと、日々の中で「偶然」出会う、様々な「無駄」についてこれから無駄に書いていく。

 

さて、この「コロナ禍(最近飽きられ始めたらしい)」の渦中においても、すでに公立私立の小中高の教育機関が通常の活動を、まあ多少制限されながらも無事行っておることは皆さんご存知の通り。
おかげさまで当方が運営しておるフリースクールのヒルネットも、今月から都心の方にもボチボチ出かけようかなと思っております。こないだ浅草行ったしね。

ところが、ここに一つ、頑として通常の活動を行わない教育機関がある。

そう。それが、大学。

いやーひどいね。ひどいね大学大学ひどい。
なんか後期もリモートだってよ。で、下手したら来年度もなんて噂も飛びかってやがるぜ。マジか。いやアホか。

いや、コロナに関するリスクはわかりますよ。
一箇所に集まる人数も桁違いだし、高校生なんかと違い、授業の帰りに呑んだりもするでしょう。同調圧力の強い日本で風評被害が起こるのも怖いかもね。

でもさ。じゃあ、学費返せよ。
あるいは、せめて休学者募って学費免除しろ。
4年間の維持費がどうとか研究機関として維持する必要がとかチマチマ言い訳してんじゃねーよ。
本当にそこに通ってる学生のこと考えてんのか?
必死に働いて子どもの学費なんとか稼いでる親がいることわかってんのか?
もう時代は昔のバブルじゃねーんだぜ? 学費自腹で払ってる学生だっていっぱいいるってわかってんの?
年間100万の重みは昔とは違うんだぜよ?
リモート授業で十分だと? お前ら戦後日本の大学が学生にとって「授業」を受けるだけの場所じゃなかったってこと一番よく知ってるよな!?

。。。などと興奮してはしたない言葉遣いでもって非中立的言辞を述べたてたことをここにお詫び申し上げます。
(ついでに言っておくと、実際にオンラインで授業をやっている先生方は被害者。非常勤だと一方的にお金切られたりもしているからね。ということで、以上はむしろ大学上層部にむけて)

ま、実際、私立大学も(あるいは国公立も)金儲けの機関ですからね。
特に、かつて研究機関に身をおいて内側から非常勤講師等の使い倒しを見てきた上、逆に学生を送り込む側の立場にも身をおいてきた自分からすると、まあこんなもんだよな、という突き放した気分にもなります。
営利企業としては、リモート授業等により「顧客=学生」の不利益を最小限にしつつ、「社員=教授・講師」の給与支払いおよび施設管理・維持を行い、その上で資本の再生産を可能にするギリギリの経営判断を行っているのでしょう。

(余談:ちなみに「教育」が、単なるサービス産業なのか、あるいは営利を超えたものであるべきなのか、という議論においては、もちろん本来的には後者の立場をとるべきである。しかし、義務教育機関が保守硬直化し、高等教育機関の監理化・資本主義化の進んだ日本において、純粋に「教育」が非資本的営為である余地はどんどん少なくなってきていると言えよう。
個人的には、税金や寄付で賄えない「教育事業」は、営利活動で構わないと思う。が、過剰に純利益を求めて子どもたちやその保護者を「だます」ようなやり口は、「教育」やそれに類する営為においては厳に慎まれるべきである。本来的に「教育」は、資本主義社会においても、少なくとも「理念」としては利他的なものでなければならない)

さてさて、それにしても僕は何をこんなに怒っているのでしょう。
それこそ大学生でも、その保護者でもないくせに。
それは現在の大学がーーオンラインの場のみに「閉じた」環境にある大学が、教育機関としては大切なはずの、「偶然性」と「無駄」の効用に対してあまりに無自覚であるように思われるからなのです。

 

ご存知の通り、って全然ご存知じゃないかもしれないんですが、僕がやってるヒルネットの活動では、毎週、木曜になると様々な場所に、「お出かけ探検活動」と称してブラブラ出かけております。
知らない街を散策することもあれば、山や川に遊びに出かけることもある。
あるいは、毎日、天気さえ許せば、お昼の時間、近所の善福寺公園や、時々足を伸ばして井の頭公園なんかに「散歩」にも出かけます。

特に「散歩」については、最近みたいに暑い中だと、けっこう子どもたちはブーブー。
公園でお弁当を食べることにしてるんですが、「教室で食べればええやんかいさ」と文句も言います。

だけど、僕としては、けっこうこの「散歩」が大事だと思ってるんですよね。
もちろん、木曜の「お出かけ探検」も大切。
それは歩くことで体力を付けてもらいたいってこともありますけど、やはり何より、教室にずっと閉じこもっていては得られない、様々な「偶然の出来事」に出会えるから。

川沿いをのんびり歩けば珍しい野鳥に出会うこともある。
なぜか渓谷を散策していたらウサギを拾うようなこともある(事実)。
天気だと思って山を歩けば突然の雨にも合うし、浅草の街で蒸し風呂のような暑さに苦しむことだってある。

良いこともあれば、悪いこともある。
当たり前のことですが、予定通り、計画通りに進むことなんてあまりない。
世界は偶然に満ちあふれているのです。

そして、実はこれは、教室での活動にだって言えることなのです。
絵画の話がアニメの話になってしまったり。論語を読むはずが孔子の悪口大会になってしまったり。逆に雑談のはずが意外と深い話になったりすることもある。
急に怒りだす奴がいるかと思えば、誰かと誰かがふとしたことで友達になることもある。
それは僕たちのような少人数のフリースクール以外の場所にも言えることでしょう。
人間が集まる場所には、何かしらの「偶然性」があふれている。常に何かハプニングがある。
教室の「外」、自然環境のなかに飛び出せば、それがより意識化されるということです。

大切なことは、こうした「偶然の出来事」の一つひとつは、一見たわいもないこと、「無駄」なことにも見えるということです。
渓谷にいってウサギを拾って帰ってどうする。
せっかく高尾山に登るのに雨なんてひどい。
でも、本当にそうでしょうか?

僕たちを成長させ、世界に、そして社会に向き合える人間へと成熟させてくれたものの中には、そうした一見「無駄」な、たわいもない出来事の累積があったとは言えないでしょうか?
他者への共感を育み、アクシデントへの適応力を育てるのは、そうした「偶然」=ハプニングや、「無駄」ともいえる失敗の積み重ねではないでしょうか?
真夏の暑さも知らずに育つことが、自然への感受性を育てるでしょうか?

僕が、人間の「学び」に、リアルに人間が集う「(居)場所」が必要だと思うのは、こうした理由からです。

オンラインでも勉強はできます。
実際、「講義」を聴いたり行ったり、純学問的な議論を行うだけなら、Zoomでやるのもけっこうでしょう。もちろん、それらも「生」であるに越したことはないにせよ。

ですが、総体としての「教育」、「学び」の環境としては、それは十分ではない。
そして大学は、研究機関でもありますが、多くの学生を「教育」する機関でもあるのです。

実際、一つ学問を学ぶにしろ、それは授業でのみ学ばれるわけではない。
授業の合間の昼食時に。あるいは、その帰路で。たわいもない会話を友人と交わす折々の中で。
ふと、さっきの授業についての話をする。
関連する本についての感想を言い合う。
あるいは気の合う仲間と、そのままカフェで話し込む。安い酒を酌み交わしながら議論する。
最初は教授の禿頭を笑う話だったかも。でも、いつの間にか、彼が授業の最後に語った政治観へと話が及ぶ。文学論への違和が口をついてでる。
授業やゼミでわざわざ発言するほどの意見じゃない。でも、それが一つのきっかけなって親しい者同士だから交わすことのできる議論が巻き起こる。

大学ってのは、そういう「場所」です。
いや、少なくとも、僕にとっては、そういう「場所」でした。

いや、そんな大学生活を送ったのはアンタだけだよと言われるかもしれません。
でも、何もそんな「マジメ」な学問の話でなくてもいいんです。
大学時代、友人と過ごした何気ない日々。日常のふとした思い出。くだらないけれど、とても幸せだったような、そんなちょっとした仲間との記憶。
そして、そんな日々が、やはり振り返っていると、いまや大人になった自分の大事な一部分を作っていることに気づくはずです。

そう。一見、「無駄」な、それらの記憶。
ですが繰り返せば、そうした様々な「偶然」と「無駄」が積み重なって、ヒトは人生の貴重な「学び」を得ていくものなのです。
そして、大学もまた、そうした「学び」を得るための場所の一つのはずなのです。

 

コロナ禍が今より騒がれていた5月ごろ。
ネットでは、盛んにオンラインによる学校教育の是非が議論されていました。
そうした議論を見ながらも、僕はどこかで違和感を感じずにはいられませんでした。
僕自身、Zoomで個人レッスンなどは行いつつも、それがコロナ禍の中での「教育」のモデルとみなされることには、ひどく居心地の悪い思いをしたものです。
確かに「勉強」は教えられる。それ自体は悪いことじゃない。
だけど、これがずっと続くっていうのは、やっぱり「教育」のありようとしてはディストピアなんじゃないのか?

いま、オンラインに「閉ざされた」大学の惨状を見て、そのときの違和感がやっと言葉になったという思いでいます。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

 

学校は全然アフターコロナとかじゃなかったって話

どうも、どうも。
今年もまた大嫌いな梅雨真っ最中、気圧変化のせいか僕は毎日体調がどんより優れぬウンザリな日々を送っておりますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。あー早く梅雨明けないかなー。。。

さてさて、このブログもすっかり月一連載みたいになってきております。
いや、まあ相変わらず言い訳するなら、忙しい。
ステイホームとかが終わってリアルにヒルネットや個人レッスンを再開したら、やっぱり忙しいんですよね、これが。
休日になかなかブログをアップしようって気になんない。
そうこうしてるウチに気がついたら一月経っちゃってたって感じなんですよね。いやマジで。

まあ、このブログを楽しみにしてくれている人がいるとしたら申し訳ないこってす(そんな人あんまりおらんでしょうが)。
今後もせめて月一連載のペースでは続けていこうと思うので何卒よろしく。。。

 

とまあ、さてさて本題。
ここ東京では、相変わらず実態的にも、経済的にも、心理的にも「コロナ禍」が梅雨の雨空のようにダラダラと続いておりますが、一方で皆ある程度ふつうに生活もしなきゃなんないということで、アフターコロナだとかニューノーマルだとか、いやさアフターコロニーだとか、いやそもそも宇宙世紀だとか、いろいろな言葉が女帝コイケ的にもてはやされておる日々です(もはや意味不明な文)。
と、そんな今日この頃の第三新東京市ですが、ここにちっとも新世紀になっていないものが一つある。

それが、学校。

いや、ね。
知ってましたよ。
前回の記事を見直してみたら、そんなこと自分でも匂わせていたような気もします。

それにしても、ね。
変わらんどころかヒドクなってるんじゃねーの?

いや、ほんと何でしょうか。
小学生に7時間授業とか。30分一コマにせよ1日8コマとか。
中学生なら土曜日なのに6時間。あと、めっちゃ多い宿題、課題。
私立公立関係なくひどい。

いやーしかしオンラインがどうとか9月入学がどうとか言ってて結局これかよ。
ふざけんなよ。
ちゃんと生きてる子どものこと見てんのかよ。数字だけでつじつま合わせよーとしてんじゃねーよ。

そう。
つじつま合わせ。
あるいは見えない「誰か」からのクレームへの「言い訳」としてやってるようにしか見えない。
事態に合わせて現状を変えることができない。
いや、もっと言えば、主観的には「中庸」な選択をしてるつもりで結局現状を追認し新たな解決策を何ら提案できない。
70年前と何も変わってねーじゃん。

いや、現場の先生たちは悪くないんすよ。ほんと。
いや、悪い先生も一部にはいるんでしょうが、それは現在の状況とはまた別の問題。
むしろ悪いのは、もっと上の奴。
学校長だったり教育委員会だったり。
そして、もちろんラスボスは文科省。文科省が結局、「ことなかれ」に走ったせいで、こうなった。

前回のブログでも書きました。
学校の本来の役割は「勉強」にあるわけではない、と。
そういう意味では美術や音楽も、あるいは小学校なんかでは必要かもしれない(ただし中学校、お前はダメだ)。
でも、一日7時間にして宿題増やしてまでやることじゃないよね。
それで子どもたちにヨユーなくなったら本末転倒だよね。
アホか。

(※余談ではあるが、コロナ禍への対応については、正直、お金をたくさんとってるだけ一部私立小中高の方が、対応は最悪であるとも言えた。
とある名門私立高校ではなぜか1対200のZoom授業を強行し生徒の顰蹙を買っていた。いや、大学じゃないんだからムリよね。誰が考えたんだか。
またオンライン授業はしないのに、大量の課題を出して、その日の夕方にネットで提出させるというブラック企業的小中学校も散見された。
こういう私立小中高は学費を返納すべきだとけっこう本気で思う。「学歴」のためだけに金出してると思っとりゃせんか?
いやまあ、それを言うなら大学。ヒドイ酷すぎる。通信制でしか授業もゼミもできない上、施設に立ち入り制限するなら通信制大学並みの学費にするのが筋でしょう確信犯的詐欺行為か?)

で、こんなアフターセンチュリー以上にヒドイ現在の学校生活に対して、今まで以上に「耐えられない」と思う子どもたちだってたくさん出てくる。そりゃ、そうだよねえ。。。

この一ヶ月でもう何件もの不登校の相談を受けました。
年齢もバラバラ。
深刻度もいろいろ違う。

コロナ禍で家にいる期間、子どもによっては、その状況にうまく対応出来ていた。
皆が「不登校」の状態ゆえに特に自分の置かれた状態を気にすることなく自分の行いたいことができていた。
「非常時」が「常時」になったが故の「安心」があった。

しかし、それに「終わり」がやってくる。
家にいる期間の「安心」があったが故に、休校あけの学校に対するストレスは、当然大きなものだったはずです。
しかも、その学校はかつて以上に「ヨユー」のないものになっていたりもする。。。

この記事を今、読んでいる皆さんの中にも、お子さんのことで様々なお悩みを抱えている方がおられることでしょう。
今書いた通り、コロナ休校明けから学校に行けなくなった。あるいは「行き渋り」がひどくなった。そこまで行かずともストレスからか家庭での言動が荒れている等々。。。。

そういう場合、まずは彼・彼女が「エネルギー」を回復するのをゆっくり見守りたいところです。

これは現時点でお子さんが「学校」を明確に「拒否」している場合はもちろんですが、そこまでいかずとも、むしろ「何とか学校に行こうとしているのだけど行けない」、「学校の何がイヤというわけじゃなくても行けない」といった感じの場合にこそ重要でしょう。

 

お子さんが急に「不登校」になれば、親として心配になるのは当たり前。
何とか「解決」できないかと焦ります。誰だってそうでしょう。

ですが、その「不安」は必ずお子さんにも伝染します。

すでに本人だって悩んでいるのです。
急に「ふつう」じゃなくなった自分。どうして学校に行けないのか? このまま学校に行けず自分の人生どうなってしまうんだろう。。。
少なくとも小学校高学年以上の子どもならば、大人と違って視野も狭い分、誰だって悩みます。大人以上に悩んでいます(そして不登校の「理由」は、ここでも繰り返し書いてきたように、自分ではなかなか言語化できないものなのです)。
そうした素振りを「大人」である僕たちに見せてくれなかったとしても、です。

そこに「親」の「不安」が重なってくる。
これは、辛い。
自分で「不安」に思っていることを、どうやら「大人」である親も不安に思っている。ということは、やはり自分の状態は「とんでもなく心配な状況」なのではないか。。。
そんなふうに考えてしまい、それを解決しようと自分なりに焦り、でもどうしようもなく自己嫌悪が深まるばかり。。。そういう悪循環に突入してしまいます。

ですから、まずはゆっくり見守りましょう。
焦って「解決」しようと思うのはやめましょう。

「どうってことないよ。
学校なんて行こうが行くまいが何とかなるさ。
学力の遅れなんて心配するな。
お前が本気になれば、そんな遅れすぐに取り戻せるさ。
大丈夫。
どんな道を進んだって、お前ならきっとうまくやっていけるとも」

嘘でもいい。
演技でもいい。
まずは、そういうメッセージを子どもに送ってあげましょう。
態度でも。そして言葉でも。

もしお子さんが、まだ小学校中学年ぐらいの年齢なら、「エネルギー」が再び充填されたときに、ふと学校に通うようになるかもしれません。
コロナ休校あけの「ショック」が原因なら、とりわけそういうことも多くあるかと思います。

あるいはお子さんが中学生以上なら。
それはもう、彼・彼女自身が自分の「人生」を、「自分なりの生き方」を悩みつつ選び始めたということなのかもしれません。少なくとも、そう受け取ってあげるべきでしょう。
それは「ふつう」の道ではないかもしれない。
しかし、おそらく彼・彼女なりの「ベスト」な人生を歩むための第一歩ではあるはずです。

学校はアフターコロナになっても結局、何も変わりませんでした。
ですが、せめて僕たち親は、少しずつでもその価値観を変えていってもよいのではないでしょうか。

それでは、それでは。

 

 

 

 

 

 

疫病と流言蜚語:あるいは世間の「空気」と教育について

どうも、どうも。
皆さんどんな感じでお過ごしでしょうか。

珍しくもブログをまめに書いている。あ、さては例の「休校要請」によって暇になったんだな。
と思った貴方。
あにはからんや、僕はいつもと変わらず子どもたちと良くも悪くも忙しい「日常」を送っています。
つまるところ僕の運営する少人数フリースクール、ヒルネットもいつもと変わらず平常運転、「日常」の活動を粛々と続けております。

何ということだ、この国家の一大事にけしからん、とお怒りの方がもしいたら、こちらをお読みください。そうなった理由について書いてます。

で、ヒルネットのことは上で書いてしまったので、今日は共通するテーマを扱いつつも、もうちょっとだけ幅広いお話を。
いや、まあ、そんな大した話じゃないんですけどね。

 

つい先日、西荻窪の駅を降りると、目の前の薬局に長蛇の列ができておりました。
こりゃまたどうしたんだろうマスクの一斉入荷でもあったのかなと思い少しばかり観察を続けていると、どうやらそうではない。
皆、抱えているのはティッシュの箱にトイレットペーパー。
そう先日、話題になってた「ケツ拭き紙買い占め騒動」の一端に出くわしたわけだったんですね。

あれ? でも、ティッシュとかがなくなるとかって噂はデマだったんじゃなかったっけか?と思っておったら、その翌日か翌々日、奥さんから聞いたのは、スーパーに行ったら、米がなくなっていたという話。
さらにさらにその翌日には乾麺までなくなってるじゃあないか。

そこで僕は確信したわけです。
なるほど。新種の肺炎ウィルスが流行っていると聞いたけれど、これはどうやらそうではない。そうじゃなくてこれはマジやばいやつであれだ、感染ったらみんな気色悪いゾンビに変異して人の脳味噌とか食べたくなっちゃうやつなんだそうだそうに違いない、だからみんな家にこもってゾンビと戦うべく買いだめしてるんだな!

もちろん冗談です。
不謹慎? そうです、残念ながら僕は人が深刻そうに真面目な顔してると何だか笑いがこみ上げてきて仕方なくなり葬式中吹き出しそうになってしまったりする大変不謹慎な人間なんですね、どうも生まれてきてすみません。

 

まあそんな僕の歪んだ性格は別として、このパニックは何でしょう。

思い出したのは、およそ10年前の出来事でした。
デマの驚くべき拡散や、あるいはデマをデマと知りながらも自己防衛に走らざるをえない人々のありよう。そしてもちろんその原因となっている政府による情報の出し方の「細切れ感」。

そう、僕が思い出したのは、3.11のときのことです。

といっても、これは被災地である福島や、そこから遠く離れた名古屋や西日本の人々には当てはまらない。厳密にいって、311の折の東京周辺の人間、世論の反応です。

あの時、東京では、人々が「放射能汚染」を恐れ、外出を控え、子どもたちの姿は公園から消え失せ、インスタント食品は買い占められ、ガイガーカウンターが飛ぶように売れました。
「絆」とかいう軽薄な言葉を合言葉にやっぱり自粛自粛自粛と騒ぎ立てたのもあの時でした。

 

当時、僕は清水幾太郎という戦中戦後の社会学者の『流言蜚語』という本を、とある理由で読んでいました。
311の折の「流言」の拡散に嫌気がさしていたせいだったか、全く別の理由だったかは思い出せません。

清水はこの本の中で、「流言蜚語」が飛び交い、しかもそれが一定以上の力をもつ状況として、一般の人々が限定的にしか情報の与えられぬ事態に遭遇した場合を挙げています。
その上で、その限定的情報の中で、さらに一見すると辻褄の合わぬいくつかの情報が示されることにより、人々が情報と情報の間の「溝」ないし「矛盾」を、それぞれの「利害」に即応した想像によって埋めてしまう結果、「流言」が力をもつようになると述べています。

政府の出す情報への信頼が揺らぎ、一方のマスコミ報道も不安を煽るばかりで正確性に欠けるように見える。そして代わりに、人々はツイッター等のSNSで、断片的、かつ相互に「矛盾」するような情報を発信する。
それを受け取り読んだ人々は、それぞれが自分の「信じたい」ように「情報」を繋ぎ合わせ、また新たな「流言」としてそれを発信する。

311の折、清水の分析がまるで当時の状況について書いたもののように感じたことを覚えています。
そして、その感触は、今、奇妙な既視感とともに蘇ってきています。

 

しかし、重要なことは、清水幾太郎の分析内容自体ではない。
むしろ彼がそれを書いた時期こそが重要です。清水が「流言蜚語」に関する文章を最初に書いたのは、2.26事件の直後でありました。

2.26事件。
それは1936年に陸軍の皇道派と呼ばれた青年将校たちの起こしたクーデター未遂事件です。
この事件の翌年に日本は日中戦争を開戦、やがて太平洋戦争へといたる戦争の時代へと突入していきます。

クーデター未遂事件と、おそらくはその後に飛び交った「流言蜚語」。それを一つの契機として、一層、大衆の世論が、陰鬱かつ攻撃的なものへと深刻化していった時代。
つまるところ、清水の著作はそうした時代を撃つものでした。

では、そんな時代に書かれた本を読んで共感してしまう311後の東京とは、どんな場所だったのでしょう?
そして再び、その書を読み返すことになった今日の事態は?

 

念のために言っておくと、僕は人が未知のものに対して不安を感じること、それ自体を責めたいわけではありません。
当たり前ですが、置かれた状況いかんによっては、その「不安」は実体のあるものでもあるだろうからです。
今回のウィルスの件で言うなら、例えばもし自分が種々の基礎疾患をもつ家族を抱えていたならば。不安にならない人間などいるはずがないでしょう。

そして、また一定の条件下で「流言」が飛び交う事態も仕方がないことなのかもしれない。
実際、上記の清水の著作は、それが必然的に生じる状況について分析した本でした。

 

ですが、だからと言って、いやだからこそ、その結果、特定の誰かがどこかで音楽のライブを決行したからといって、それを過剰に責め立てるような「蜚語」を許してはならないと思います。
「身勝手な芸術家たち」が舞台に立ち続けられるよう願った演劇人を叩くことで「正義」の側に立ったかのような陶酔に浸るべきではないのです。

「蜚語」によりパニックを煽られた結果、「世間」なるものが同調圧力を強め、例えば過剰に「自粛」を求めるような「空気」を作り出してしまうこと。
その「空気」に反する行為をとるものを「非国民」「売国奴」などと罵る輩が出てきてしまうこと。
そのような動きに対しては、少なくとも僕自身は、やっぱり断固として抗う必要があると思っています。

なぜなら、そのような「空気」こそが、おそらくは1930年代の清水幾太郎が感じていた「空気」だからです。
その「空気」が、日本をかつてとんでもなく無謀な道へと走らせたからです。その「失策」は為政者が無能だったからだけでは決してない。

 

どうも最初に書こうと思っていたことから脱線して、妙に政治社会的な記事になってしまいました。
最初に書いたように、僕は葬式中に吹き出しそうなるような「不謹慎」極まる人間です。
「前ならえ」と言われたら、後ろを向く方が正しいんじゃないかなと思ってしまう捻くれ者です。
そんなだから学校のような集団行動にもついていけなかったのかもしれません。

でも、ひょっとすると。
本当にひょっとすると。
僕が、何の因果か、子どもたちの「教育」に少しく携わることになった理由。
それは「世間」の「空気」に抗うような、そんな「不謹慎」な人間を一人でも多く育てたかったからなのかもしれません。

それでは、それでは。